第121話 道中馬車での日常

ダァアアアア―――ン...


「お見事!凄いです!」


耳を劈く様な轟音が馬車の荷台に響き渡る

セルヴィがゴーグルを帽子に戻しながら、感嘆の声を上げる


荷台腹ばいに寝そべっていたヴァレラが

後方に突き出した長銃の床尾を肩から外して起き上がると

ぐっ、と親指を立てて返す


「大したものね、照準の補正デバイスも無しに

 これだけの速度で移動しながら寸分違わず目標に命中させるなんて

 神業、と言える域の技術ね」


少し後ろで観測していたプロメが述べる

置かれた銃口の数百メートル先には

丸い岩の塊の様な物が数体、12.7mmの穴を空け転がっており

開けられた穴からは紫色の液体が滴り落ちている


その岩の正体はロックアルマジロと呼ばれる魔物だ

名の通り、背を岩石の甲羅に覆われた

体長4m程の巨大なネズミの様な外観をしており

アルマジロの様に丸まった直径は2m程の岩石その物だ


2mとは言っても、数百メートル離れてしまえば

最早それは米粒程の小さな点となる

それをまだ静止した環境で狙撃用の銃で狙うのであれば

多少訓練を受けた者であればそう難しくは無かっただろう


しかし今、彼女が射撃した環境は移動中の馬車の荷台からである

それもプロメの改造により、本来より遥かに速度の出ている中で

生身で正確に全弾命中させるヴァレラの腕前は、正に神業と呼べるだろう


「ニシシ、まぁ一応アカデミーの実技では学年一位だったからね」


鼻先を指で擦りながら、少し照れ臭そうにヴァレラは答える

アカデミーとはヴァレラの時代に於いて

軍隊組織にて特に優秀な人材を育成する機関との事だった


「確かに...生身の人間の技量としては驚嘆に値する...

 けれど照準補正装置があれば...事足りる...」


「何よ!あんたは一々一言よけいなのよ!

 どうせ私はアンタらの様に一瞬で照準するシステムなんて

 便利なもんもなけりゃ、手からビームも出ないわよ!」


アリスの言葉に憤慨するヴァレラ

どうもこの二人の相性は余り良くない様だ


「いいえ、それでもヴァレラちゃんの技量、と言うよりも

 センスというべきかしら?

 人間が持って居る直感、第六感とも呼ばれる感覚は時として

 私達機械の予測を上回るわ、例えばあの時も言ったけれど

 アリス、貴女がゼロスと戦闘した際

 貴女の照準は常に正確無比だった、しかしその攻撃は悉く回避されたわよね?」


「...」


プロメの指摘に押し黙るアリス


「あらぁ?都合の悪い話にはダンマリ?」


まさかの同じ機械である側のプロメの否定を

助け船に取ったヴァレラが反撃に移る


「確かに私達機械は寸分違わぬ計算を瞬時に行う事が出来る

 究極の【技術】を有して居ると言ってもいいわ

 だけど人間は時として、非合理であるが故に

 計算では決してたどり着けない答えを導き出す事があるわ

 しかし、多くの人間は答えを実行する技術が伴わない

 けれどその二つが合わさった時、機械を凌駕する場合もある

 私はその手助けをする為に存在している

 貴女の存在理由は違うかもしれないけれど

 もう敵対関係では無いのだから、もう少し見方を変えてもいいのではなくて?」


そうプロメに促された時、アリスは自分の口にした言葉が

相手に対して敵視した言葉であった事を理解した


「...確かに...その通り...

 私が言った言葉は...必然性に掛ける...

 態々...水を挿す必要は...無かった...謝罪する」


「な、何よ、随分と素直じゃない...」


「前にも言った...

 私達の思考概念は...人間とは異なる...

 過ちは過ちと認める...」


「ふんっ、機械は人間と違って正確無比なんでしょ?

 その割には随分と間違える事ばかりなのね」


「ま、まぁヴァレラさんもその辺にっ

 アリスさんだってこう謝ってるんですから」


更に追い打ちをかけるヴァレラにセルヴィが割って入り宥める


「ふふ、でもそうね、本当にアリスは私達よりずっと

 人間的だと思うわ、自覚は無いかも知れないけれど

 先程貴女が自分で言った通り、合理的に考えれば

 先の会話上、不必要と判断する言葉

 それを態々あなたは発した、

 それは人間の対抗心や嫉妬心、という感情から来る

 言動に酷似してるわね」


「私が...人間的...

 創造主と...プロトタイプが築いた関係、感情を知りたいとは思う...

 でも...別に私は人間になりたい訳じゃない...」


「けれど、それを知る為には必要なプロセスだと思うわよ?

 結果的に貴女の求める答えに近付いている」


「...分かった」


アリス側もプロメの提言により収束出来た様である


「いづれにせよ、ヴァレラさんの行いは素晴らしい善行ですわ

 あの魔物は馬車等大きな移動物を見ると、構わず突進する習性を持っております

 全力で走れば、馬車が追い付かれる事は、まずございませんが

 稀に溝に車輪を取られた馬車が被害に遭う事が有るので御座います」


「しかしその、らいふる?という魔具武装、凄い威力ですね!

 ストーンアルマジロの殻はスチームガンですら弾く硬度なんですが...」


両者落ち着いた所で、フレイアがセルヴィが話題を変える

純粋に機械に興味がある彼女にとって

その意図は無かったのかもしれないが

結果的に先程の馬車内を包んでいた空気は無くなっていた


「スチームガンって...ああ、良く街の衛兵や冒険者が持ってる大筒?

 前に訓練場で使ってるとこ見たけど、多分純粋な運動エネルギーは

 この対物狙撃銃より高いと思うわよ?」


「へ?そうなのですか...?」


納得がいかないという風に不思議そうな顔をするセルヴィ


「そうね、普通の大型の獣タイプの魔獣...もとい魔物なら

 あっちの方が殺傷力は上だと思うわ

 この銃は固い物をつらぬく、貫通力に特化した武器なのよ」


そう言うと、ヴァレラは長銃の底部から弾倉を外し

その中から先端が円錐状の弾丸を一つ取り出し

セルヴィに渡す


「うわぁ...凄く先が鋭いですね...でもこんなに鋭いと

 弾丸の強度的に潰れたりしないのですか?」


受け取った弾丸の先端を、マジマジと見つめながらセルヴィが疑問を口にする

以前、テストラの工房で働いて居た際、多くのスチームガンを扱ってきた

現在の技術はヴァレラ達の時代より大きく劣っており

魔術回路を除けば、純粋な機械工学としての構造は数世紀の開きがあった


「この弾丸は徹甲弾と呼ばれる物でね

 中には高質量・高硬度の特殊合金の芯が入ってるのよ」


「はぇー…凄いですねぇ、でもそんなに凄い物じゃ

 今の時代では補充は難しそうですね...」


「まぁね、でも取り合えず中隊規模の武器弾薬のストックが

 丸々残ってるから、何時かは使い続ければ尽きるだろうけど

 私一人で使う分には全力で使っても当面は大丈夫よ」


胸元の異次元収納のペンダントに指を当てながらヴァレラが答える


「あ、あの、もし宜しければ、その魔具兵装の整備

 私にやらせて頂けないでしょうか?」


「え?...んー、まいっか、じゃあお願いしようかな?

 じゃあまず簡単に分解からやってみせるから、こっち来て」


ヴァレラが少し間を開けた後、セルヴィを横に座らせ、長銃に手を掛ける

普通、兵士は自分の命を預ける携行装備を、他人に扱わせる事を嫌うが

了承したのは彼女がセルヴィを技術者として信頼している証だろう


そんなやり取りを背部で受けながら、ゼロスは黙って先頭の御者席に座り

形だけ動力魔具の手綱を握っていた


プロメの改造を施しているこの馬車は、本来操縦手など必要とはしていない

しかし無人のまま走らせていては、すれ違う者に不審がられる為

パフォーマンスである


やがて日が沈み、辺りを闇が包み始め

荷台の賑やかさも静かになり

馬車は僅かな振動と、動力の駆動音のみ


それが本能的に心地よいのか、人間組は静かに寝息を立てている

それにつられる様に、いつの間にかゼロスもまた

体そのままに意識は眠りへと落ちて行った

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