第120話 ブリーフィング

「それでは、わたくしはここで皆様が出て来られるまで

 責任を持って防音障壁を展開致します故

 お付の方々と心行くまでご会談下さい、聖少女猊下」


「よしなに」


パタン...


アリスの返答を受け、文官の男が重厚な木製の扉を静かに閉めると

部屋は完全な静寂へと変わる


「ぷふーっ!何が”よしなに”よ、あんたギャップありすぎでしょ!」


直後、静寂を破りアリスの背後から笑いながらヴァレラが茶化す

アリスが振り返ると、部屋の中央に大きな円卓が一つ

その周囲をヴァレラを始め、セルヴィ、フレイア、プロメ

そしてゼロスの5人が座している


ここは迎賓館の会議室である

部屋の作りは外部の和様式のミヤトの建築様式とは異なり、西洋式を取っている

教会関係者を始めとする、外から来た要人、貴賓に配慮しての事だろう


振り返ったアリスは普段のジト目をヴァレラに向け

重厚な上位神官服を纏ったまま器用に音も立てず

流れる様に円卓へと移動し空席の一つに腰を下ろす


円卓にはまだ、多くの空席が残っており

本来であれば数十名程度の収容力のある事が伺える

迎賓館の規模からすれば、もっと小規模の部屋もあったのだろうが

教会最上位と言われる役職、聖少女のアリスに配慮しての事だろう


「あれは...役割を演じてるだけ...

 私の意思とは...関係ない...

 そこの戦艦AIと...同じ...」


いつも通りの口調でアリスが答える

その視線はプロメに向けられている


「あら、それじゃまるで私に、貴女と同じ様に意思があるみたいな言い方ね?」


「...違うの?」


「さてどうかしらね?少なくとも人間には

 そう見える様に振舞ってはいるつもりだけれど

 貴女はより人間に近い、という事なのかしら」


二人の人とは異なるベクトルのやり取りに一同、何とも言えぬ状況の中


「さて、本題に移ろう」


表情を変えぬままゼロスが切り出し、皆の視線が集まる。


「既に概略は皆、周知の事だとは思うが

 情報共有と最終確認を取りたい、その為に集まって貰った」


「ま~た連れて行けないとか、謝罪会見なら御免よ」


ヴァレらが両手を上で組み、背もたれに大きく持たれながら

面倒そうな表情を浮かべる

その言葉に同意するように、セルヴィもまた視線を送り僅かに頷いて見せる


「解っている、従ってこの場では明確に目標の共有

 出撃前のブリーフィングの様な物だと思って貰いたい」


「なーるほどっと、それなら喜んで」


そう言うと、背もたれから背を離し、再び円卓へと姿勢を戻し

興味を持った表情へと変わるヴァレラ

横に居るセルヴィも何処か嬉しそうな表情を浮かべている


「単刀直入に言おう、俺はこれからNOVAの撃滅に向かう

 理由の説明は、今更必要は無いだろう」


一同沈黙にて肯定する


「そこで幾つか確認しておきたい、アリス」


「ん...」


「NOVAのメインフレームは聖都と呼ばれる

 ここより約北東300km程の地点で間違い無いな?」


「そう...最初に旧人類が目覚めた避難施設...聖都を囲う山脈の中にある...

 でも...勿論NOVAは...各地にバックアップサーバーも設置してる...

 ネットワークがある以上、メインフレームの物理的破壊は無意味...」


「何よ、じゃあどうやってあのポンコツAIをぶっ壊せばいいのよ」


アリスの答えにヴァレらがぼやく


「NOVAの撃滅に物理的破壊は不要だ、停止させれば良い

 そこでセルヴィ、君の協力が必要不可欠になる」


「は、はいっ!」


声をかけられたセルヴィが両手を膝に置いて姿勢を正すと

横に座るプロメが口を開く


「この時代のアンドロイド達と違って

 私達旧時代のAIは人間の管理の元運用する為に作られているわ

 だからその為のプログラムが根幹に埋め込まれている

 勿論、NOVAもその例外ではない

 幾ら暴走していても自身の根幹の改竄は不可能

 メインフレームのコンソールから直接操作すれば、強制停止出来るわ

 そしてその操作にはプログラムが”人間”と認識出来る存在でなければ出来ない

 だからこそ、NOVAはそれが可能な時空転移者を脅威と認識していたのよ 

 それが、同じ時空転移者である貴女にしか出来ないという訳よ、セルヴィちゃん」


「な、なるほどです...!」


プロメの補足に大きく頷くセルヴィ


「君がNOVA撃滅のキーだ、頼む」


「はいっ!」


以前のゼロスでは決して言わなかったであろう申し出に

セルヴィの旨は思わず熱くなる


「次に、NOVAが現状保有する戦力について確認したい」


ゼロスが視線をアリスに送る


「先日の戦闘直後...聖都方向から強力な広域信号を感知した...

 私は統合ネットワークから切り離されてるから...暗号で内容は解らない...

 けど...周囲の観測し得る範囲の...戦闘可能なアンドロイド達が...

 一斉に都市を離れた...恐らく...召集命令...

 こちらを警戒して聖都に戦力として集めてると...思う...」


「ふむ...先日の戦闘した様な、ガーディアンタイプの戦力は

 まだNOVAは保有しているのか?」


「それも...正確な情報は解らない...

 あの特化戦力は...こちらには情報共有されてなかった...

 でも...過去の亜人大戦の時の記録から見ても...

 5人以上は...有り得ない...そして先の戦闘で3人...

 出し惜しむ理由が無い...だから居ないと思う...」


「了解した、集結していると予想されるアンドロイド達の規模、戦力を知りたい」


「恐らく...規模は最低1万以上...」


「はぁ!?あんた見たいなのが1万とか冗談じゃないわよ!」


アリスの言葉に驚きを見せるヴァレラ


「私は...特別...他のアンドロイドは...そこまで強くない...

 多分...その原始的な装備でも...単機なら十分対処出来る」


「原始的でわるー御座いましたね!

 そもそもあんたの言う事なんて信用できんの?

 死ぬほど人間が嫌いで平気で殺しに来てた様な奴の癖に」


「確かに...人間であれば...昨日まで殺したい程...

 恨んでいた相手と...一緒なんて...サイコパス...

 でも私は人間じゃない...間違いと解れば納得出来る...

 お前達は...私が憎んでいた人間とは...違う

 そして...NOVAは私達アンドロイドにとっても...共通の敵...」


「ふーん、だとしても、他のアンドロイドと敵対する事は

 あんたにとって矛盾しない訳?」


「矛盾は...しない...でも出来れば...

 アンドロイドの被害は...最小限にして欲しいと要望したい...」


「はぁ?意味わからないんだけど、それの何処が矛盾じゃないってのよ」


白熱する二人の間にゼロスが割って入った


「それについてはもう少し細部確認をしたい」


その言葉に再び両者沈黙しゼロスへと向き直る



「現状、この世界は各要所に配置されている

 アンドロイド達によって形作られている側面が大きい

 召集されたアンドロイド達によって穴は出ていないのか?」


「現状...動いているアンドロイドは...戦闘可能な汎用型...

 全員じゃない...NOVAも...世界作りは継続したい様子...

 医療や行政は...暫くは大丈夫だと思う...

 けど...長く続けば...綻びが出てくる可能性が高い...」


現在この世界は、旧人類の10~16世紀頃の世界の国々を

都市国家郡としてミニマムスケールで再現している

当然、都市によっては大陸国家規模の管理を詰め込んでいる以上

本来の人間の人口だけでは不自然に形作られている面がある

その矛盾を管理、調整してきていたのがアンドロイド達だった


当初、この時代で目覚め、複数の都市を観測してから

魔具と呼ばれるこの時代特有の技術体系には既に

旧人類の科学技術で言えば20世紀代の物に相当する物もあったが

技術水準に対し生活・文化水準にズレがある等の差異

出生率を初めとする医療水準

プロメが検知していた違和感、と言うのはその様な不自然さだったという訳だ


従って今の世界は、アンドロイド達の補助無しには維持出来ないという事でもある

もし彼らの補助が無ければ、人類が滅びるまでは行かない無いかもしれないが

行政の機能不全、飢饉、治安崩壊、それに伴う国家間紛争など

世界の有り様が大きく変化してしまうであろう事は想像に難くない


「こちらとしてもそれは望む所ではない

 現状究極の目的は約100年後に訪れるであろう

 次元障壁の消滅後、再度侵攻するであろうADESに備える事だ

 人類、そして可能であればアンドロイド達にも協力を願いたいと思っている

 その為にも不要な消耗は避けたい

 しかし現状、NOVAによる人類虐殺も容認出来ない

 君達同様、人類は道具ではない」


「それに関しては...コードオメガについても把握済み...

 全面的に同意する...

 それと...ありがとう...」


「何の事だ?」


最後の感謝の言葉にゼロスが疑問を返す


「ご主人は...私達の事を道具ではなく...

 強制ではなく協力を要請...自由意志を尊重...

 人類と対等な存在として...認識してくれている事...」


どうやらその呼び方はぶれないらしい


「そうか、では話を戻すが

 可能な限りアンドロイドとの戦闘は避けつつ

 仮にNOVAを停止できた場合、彼等はその後も

 人類と共に歩んでくれるだろうか?」


現状、アンドロイド達が人間の社会形成を影で支えているのは

NOVAの指示の元、役割を演じているという事だ

彼らが自由意志を持つ以上、NOVAが消えれば、その義務も無くなる


「大丈夫...私が統合ネットワークに再接続して...

 私が...知った事を...ココロを...皆に伝えれば...

 皆...理解する...」


アリスは断言する

それは何処までも非論理的な論理だったが

人間とは異なる彼女達故の感覚なのだろう


「因みに戦闘を避けろっていっても、それでも戦闘になったら?」


ヴァレラが再び問いかける


「アンドロイドは...頭部さえ残っていれば...修復は可能...

 だから...出来るだけ...頭部への被害を避けて欲しい...」


「簡単に言うけどね...戦場で絶対なんて無いわよ」


「可能な限りで良い...解放には...犠牲は止むを得ない...

 NOVAの支配下では...人間も...アンドロイドも...生きていないのと同じ...

 きっと...皆も...解ってくれる」


「それ、人間ならエゴって言うのよ?」


「知ってる...背負う覚悟は...ある...」


「ふーん、解ってるならいいわ、まベストは尽くすわよ」


 アリスの言葉に何か納得したように

ヴァレラは腕を組み、視線をゼロスに戻す


「それでは変わらず、可能な限りアンドロイドへの被害は避けつつ

 NOVAを停止させる事を最優先目標とする

 戦闘になった場合は多勢に無勢だ、二人には助力を期待する」


「やっと出番って訳ね、任せといて!」


「了解...」


ゼロスの言葉にアリス、ヴァレラ、各々の返事を返す


「そして最後に...」


そういうとゼロスの視線がフレイアへと移る


「今件に関して、もう部外者とは呼べないが

 あくまで君は巻き込まれてしまった立場の人間だ

 俺達は今後、君が今まで信じて来た物と敵対する事になる

 君はどうしたいのか尋ねたい」


全員の視線がフレイアへと集まる


「尋ねたい、って選り好みしてる余裕なんてないでしょ?

 下手すると私やコイツ(アリス)よりずっと戦力になるじゃない」


ヴァレラが言う

先の戦闘を見ても、暴走状態のゼロスの力を防ぎ切る程の力を

フレイアが、いや、フレイアの内に眠るもう一人

亜人の勇者フレアが未知数ながら相当な力を有している事は

明らかであった


『あ、ボクは君達に力は貸さないよ』


その時、フレイアの口から違う声色で本人が答える


「はぁ?!あんただって状況はわかってるんでしょ?

 あれだけの力持ってて協力しないっての?

 勇者が聞いて呆れるわね」


ヴァレラが声を荒げる


『気持ちは解るよ、だけど

 ボクは彼女の中に間借りさせて貰ってる存在だからね

 彼女が望むなら、ボクは彼女に力を貸すけれど

 彼女の行動は彼女が決める事だよ、ボクじゃない』


「だぁ~めんどくさい奴!、で、あんたはどうなのよ!」


ヴァレラが”フレイア”に問う


「わたくしは...正直今もまだ迷っております...」


その返答に再び口を開こうとしたヴァレラだったが

ゼロスの視線により言葉を飲み込み、席に腰を落とす


「皆様の言う事は良くわかります

 わたくしも協力すべきなのだと思います...

 けれど、まだわたくしは心の何処かで迷っているので御座います...

 この目で...真実を見定めたいのです...その上で答え出したいと思っております

 協力をお約束も出来ないのに、我侭を申している事は承知しておりますが

 どうか...わたくしも共に聖都にお連れして頂けないでしょうか?」


目じりをヒクつかせ、苛立ちを露にするヴァレラに

隣に座るセルヴィが、そっと口元に指を立てて首を横に振り

ゼロスの返答を待つ様に促す


「君にとっては、辛い結果が待っているかもしれない

 いいんだな?」


「はい、構いません、そしてもし、この目で見定め

 答えを得た際は...」


「了解した、出立は明日の明朝とする

 それではブリーフィングは以上だ

 質問が無ければ解散とする」


各々返答を返し席を立つ

皆、それぞれの決意を顔に滲ませ部屋を後にした。

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