後編





 言われるがままに歩いて行くと、辿り着いたのは駅前にあるショッピングモールだった。どうやら西谷は六階にある映画館の大スクリーンで映画を観たいらしい。しかも、こってこての恋愛もの。……マジかよ。


 他の映画じゃダメなのかと聞けば、私の未練をはらす手伝いなんだからこれじゃないとダメだと論破された。……確かに。


 受け付けでチケットを二枚と言うと、担当の女性が不思議そうな顔をしたので慌てて一枚と言い直す。……やっぱり西谷の姿は他の人には見えていないのか。アイツが幽霊だっていう信じがたい現実を、改めて突き付けられた気がした。


 男一人、映画館でラブストーリーの鑑賞ほどキツイものはない。西谷は隣でスクリーンに釘付けになっているのだが、周りから見れば俺はぼっちの痛くて寂しいオッサンだ。館内にいる女性たちの視線が次々と心に突き刺さる。


 拷問のような二時間半を終えると、今度は施設内のカフェに入った。恋愛映画の次はお洒落なカフェに男一人。公開処刑かよ。


「わぁ! 美味しそうなメニューがいっぱい! どれにしようか迷うなぁ〜!」


 西谷の目はキラキラと輝いていた。


「ていうかお前食べれんの? 食べれるとしてもどうやって食べんの?」

「気合いでなんとか!!」

「……あっそ」


 その言葉を信じて二人分を注文すると、やっぱり店員に不思議そうな顔をされた。運ばれてきたパンケーキはいかにも女子が好きそうな可愛らしいもので、俺のライフは順調に削られていった。


 その後はカラオケ、ハンバーガーショップ、クレープ屋、雑貨屋、ゲーセンの順に回り歩く。西谷の行きたい所は、まるで高校生のデートコースのような所ばかりだった。


「翔ちゃん! プリクラ撮ろう! プリクラ!」

「無理だな。あの張り紙見てみろよ。プリクラコーナーは男だけじゃ入れないらしい」

「え〜〜〜〜」

「店が決めたルールなんだから仕方ないだろ? 諦めろ」


 西谷は不満をあらわにする。そんな顔したって無理なもんは無理だ。なんたって紙が貼ってあるんだからな! ははは! ……正直、男だけでプリクラコーナーに入るのは禁止というルール、おそらく悪戯防止のためだろうが、それを作ってくれた店側に今ばかりは感謝である。


「……私がいるのにな」


 張り紙を見ながらさみしそうに呟いた彼女の声にハッとする。が、西谷はすぐに笑顔になり、俺に向かって命令するように言った。


「仕方ない。プリクラがダメならsmowスモーで撮ろう! ほら、スマホ出して!」

「……残念ながら俺のスマホにそんなアプリは入ってません」

「じゃあアプリ入れてよ! 早く!」

「はぁ? つーかお前写んの?」

「気合いで写るから大丈夫!」


 定番のようなやり取りの後、俺は渋々ながらアプリをインストールした。……ったく。何が悲しくて男一人で自撮りなんかしなきゃなんねーんだよ。


 西谷は、デフォルテされたウサギの耳が頭に生える可愛らしい顔認証スタンプを選択した。ところで、幽霊の顔認証なんて出来るのだろうか。無駄な心配をしながらスマホのカメラを向けると、俺の頭にぴょこんとピンクのウサ耳が生えた。うわぁ、キツイ。


「あ、うっすら私写ってる! しかもちゃんとウサ耳生えてるよ! 最近のアプリの性能ってすごいねぇ。心霊写真ゲットだよ!」


 笑えないジョークである。


 何枚か撮って写真を保存し、ゆっくりと歩き出す。時刻はあっという間に夜の七時を回っていた。昼に比べたら暑さはだいぶ和らいではいるが、冷房がないとやはりキツイ。家に帰る途中、公園に寄りたいと西谷が言ったので、俺たちは休憩がてらベンチに並んで座った。


「ああ! 超楽しかった!!」

「……そりゃよかったな」

「翔ちゃんってばテンション低いなぁ! 歳のせい?」

「精神的に疲れてんだよ。あーあ。今ごろSNSに〝今日一人で恋愛ものの映画観に来てたオッサンいたんだけどマジキモい〟とか〝ゲーセンの前で自撮りしてるオッサンいるんだけどマジヤバい〟とか書き込まれてるんだろーなぁ」

「あはは何それ! 気にしすぎだっ……あははっ! やばっ、ツボに入った!」

「……お前なぁ」


 西谷はひとしきり笑ったあと「……ごめんね翔ちゃん。私のせいで」と急に声のトーンを落とした。


「別に。俺も結構楽しかったし」

「……今日行った所ね、私が高校生の時、好きな人と行きたかった場所なの」

「……ふーん」

「だからね、今日それが叶って、私本当に嬉しい」

「え?」


 パッと横を向くと、西谷が目にうっすらと涙を浮かべて微笑んでいた。その体は最初に会った時よりも明らかに薄く、透明になっている。じわり。背中に汗が滲んだ。



「平井翔太くん」



 西谷は俺の名前をしっかりと呼んだ。


「高校生の頃からずっと好きでした。最期の最後にあなたに会えて……自分の気持ちを伝えることが出来て本当に良かった。これでもう未練はないわ」

「待てよ西谷、まさか、」

「うん。もう時間みたい」

「……行くな」

「それはちょっと無理かな。自分じゃどうしようも出来ないからさ」

「……行くなよ」

「ありがとうね、翔ちゃん。本当に大好きだったよ。私の分まで幸せになって」

「っ! 亜希っ!!」


 俺は彼女の腕を掴もうと手を伸ばす。だが、その手はただ虚しく空を切るだけだった。西谷は驚いたように一瞬目を見開くと、優しい笑みを浮かべながら煙のように消えてしまった。


 公園に残されたのは俺一人だけ。


 ……なんだよ、今の。ふざけんなよ。言い逃げとかさぁ……そんなんマジでズリーだろ。俺だって、俺だってずっと、お前のことが──



 プルルルルルル!!



 ポケットに入れていたスマホが空気を読まずに大きく鳴り響く。こんな時に誰だよ……と思いながら表示された名前を確認すると、相手は篠田だった。出るか出ないか少し迷って、俺は小さく鼻をすする。


「もしも、」

「西谷が月森病院に入院してるって!!」

「……は?」


 耳に飛び込んで来たのは、篠田の焦ったような声だった。


「一昨日の夜交通事故にあったらしくて、病院に搬送されたんだって! だったんだけど、さっき意識取り戻したって! ちょっと前に母さんからアンタの同級生じゃないかって、家族の居場所知ってたら教えろって連絡きて。ほら、うちの母さん月森病院の看護師だから」

「何号室だ!?」

「えっ?」

「西谷の入院してる病室!!」

「……東棟三階の二○三号室。でも、今から行っても会えないと思うぞ? 目が覚めたばっかりだから検査とかも色々、」

「サンキュ!」

「は? おい翔太!」


 気付けば俺は走り出していた。今まで生きてきた中で、こんなに必死に走ったことはない。手足が千切れそうなほど痛いけど、そんなのどうでもいい。


 は、は、と肩で息をしながらなんとか病院に駆け込んだ。


「す、すみません! あの、に、西谷……いや、二○三号室はどこですか!!」

「あの、申し訳ありませんがご家族以外の面会は、」

「……こっちよ」

「か、看護師長!」


 眉尻を下げて申し訳なさそうな表情を浮かべる看護師の言葉を遮ったのは、近くにいた別の看護師だった。彼女は俺に歩み寄ると、周りに聞こえないよう小さな声で言った。


「……平井翔太くんでしょう? 息子から話は聞いてるわ」

「えっ?」

「目を覚ました彼女、あなたの大事な人なんですってね。だから、今回だけ特別よ」


〝篠田〟


 胸ポケットにあるネームプレートの名字を見てハッとする。


 そうか。俺が西谷と面会出来るよう、篠田が母親に連絡しておいてくれたのか。さすが、持つべきものは親友である。篠田のお母さんは足早に歩き出し、俺を病室へと案内してくれた。


「先生の診察が終わったからこの後検査に移るんだけど、今は準備の真っ最中なの。ご家族の到着はまだみたいだし、会うなら今がチャンスよ。頑張って」


 コンコンと二回ノックして、篠田さんは扉を開く。俺が中に入ったのを確認すると、自分はその場から動かず静かに扉を閉めた。


 白いベッドの上には、病院服を着た華奢な女性が横になっていた。うっすらと開いた瞳と目が合い、俺はヒュッと息を呑む。


 彼女の頭にはぐるぐると包帯が巻かれ、白い肌は赤黒く腫れ上がり、所々傷が付いていた。今回の事故の大きさが伺えるようで、胸が痛んだ。顔に目立つ傷があまりないのが不幸中の幸いだろうか。つーか、今更になって不安になってきたんだけど。西谷は俺のことを……いや、今日一日の出来事を、ちゃんと覚えているのだろうか。見つめ合ったまま、どのくらいの時間が経ったのだろう。西谷の薄い唇が、小さく動いた。



「……翔ちゃん」



 掠れたその声にぐっと胸が詰まった。ああ、彼女は……西谷は俺のこと、覚えてる。俺は溢れそうな涙を誤魔化すように息を吸った。


「……お前、死んだんじゃなかったのかよ」

「ちょっと! 第一声がそれってひどくない?」


 西谷が小さく笑った。俺の声が震えていたのに、気付いたのかもしれない。


「死んだと思ってたんだけどね。私、けっこう丈夫だったみたい」


 ボロボロの体で、西谷はまた笑った。


「婚約者と別れた夜だったの。事故にあったのは」

「……え?」

「あっ、でも勘違いしないでね。親が勝手に決めた結婚だったから、元々お互い乗り気じゃなかったの。だから話し合い自体はとっても円満な婚約破棄だったのよ。でも、親不孝者ってバチが当たったのかな? その夜、歩いて帰ってたら車に轢かれちゃった。横断歩道はちゃんと青信号だったのに、車がすごい勢いで突っ込んできたの。全身痛くて、動けなくて。ああ、私死ぬんだなって本気で思った。死ぬんだって思ったらね……平井くんの顔が頭に浮かんだの。会いたいなって。最期にもう一度だけ、ずっと好きだった平井くんに会いたいなって強く思った。そしたら本当に平井くんに会えたんだもん、びっくりしちゃった。神様って本当にいるんだね。高校生の時は恥ずかしくて全然話しかけられなかったからさ、今回はすごく頑張ったんだよ? 後悔を残さないように、平井くんと楽しく過ごしたいなって、思って……」


 西谷はそこで言葉を切ると、一度目を閉じた。


「……覚えてるよ。平井くんと一緒に出掛けたこと。平井くんと話したこと、全部、ぜーんぶ。……ありがとう。私のお願い叶えてくれて。平井くんはやっぱり昔と変わらず優しいね」


 そう言って目を開く。俺を見て、ニッコリと笑った。


「……なぁ。もう〝翔ちゃん〟って呼んでくんないの?」


 驚いている西谷を見つめながら、俺は続けた。


「退院したら、映画観ておしゃれなカフェでパンケーキ食って、ゲーセン行ってプリクラ撮ろう」

「え?」

「SNSにぼっちの可哀想なオッサンって書かれないように、今度は全部、ちゃんと二人で」

「……うん」


 西谷の細くて小さな手を、包み込むようにギュッと握った。当たり前だけど、ちゃんと温かい。


 ああ、生きている。西谷はちゃんと生きてるんだ。



「西谷亜希さん。俺も、高校の時からお前の事が──」



 俺たち二人の関係は、今、ここから新しく始まるのだ。





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僕らの恋はここから始まる 百川 凛 @momo16

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