第3話 名前

ふと、時計を見るとここに来てから1時間以上の時間が過ぎ去っていることに気づいた。


「もう、こんなに時間が経っていたのか、そろそろおいとまさせて頂くよ。」


「ちょっと待って、私まだあなたの名前を聞いてないわ。」


「ロン ローズ。ロンって呼んでくれ。」


「私は、カタクリって言うの。」


「素敵な名前だ。」


「ねぇもう行ってしまうの?」すがるような声で言った。


「また、会いに来るよ。」


「絶対よ?じゃないと私は退屈で死んじゃう!」冗談めかしてカタクリは言った。


「あぁ、絶対だよ、1ヶ月後またここに姿を現すよ。」そう言って笑うと、じゃーなと言い残して去っていった。


「ぜったいよーー!」

カタクリの声はロンの背中へと一直線に向かった。


「もちろんだよー、カタクリー!」

扉にろ過されてしまった声が微かに彼女の耳へ入っていった。


再び誰の声もしなくなった部屋に、寂しさと退屈さが再開し憂鬱をくすぐる。時折鳴くカラスの声はより一層孤独感を助長する。


彼女は古びた本を取り出してそれを静かに読み始めた。


ーーーー三日後ーーーーー


いつも通り、扉にもたれてうたた寝をしていると。誰かが扉にもたれかかる感覚があった。


「ロン?」


「わぁ!」

扉の向こうで飛び上がる音がした。


「違うみたいね。」

カタクリは残念そうにそう言った。


「誰かそこにいるのでありますか!」

若い男の声が森に響く。


「そんなに大きな声で叫ばなくても聞こえてるわよ。」

微笑を含んだ声で男にそう諭した。


「それは、失礼したであります。自分はチャーリー ウォル バイオレット と申します。」

男は扉と向かい合わせになるように胡座をかいて座った。


「私の名前はカタクリよ、ねぇ、こんな森の奥地になんの用で来たの?」


「それは…」

少しの沈黙の後チャーリーは口を開いた。


「恥ずかしながら、隣国への出兵中に仲間とはぐれてしまい、この森に迷い込んだのであります。仲間を探すためにその辺を走り回ったがゆえヘトヘトでありまして。少し休憩をしようともたれかかったのが偶然こちらの扉だったのであります。」

大袈裟な程の強弱を付けながら話してくれた。


「兵隊さん…本当に居るんだ!」


「はぁ…」

チャーリーあっけに取られような声を漏らす。


「本の世界での話かと思ったわ。隣の国にはなんの用事で行くの?」

好奇心旺盛のカタクリはチャーリーを質問攻めにする。


「隣国のウルヤサロ国が、イロニゴヌン国と冷戦状態でありまして、万が一戦争が始まっても対処できるように我々が応援に向かっていたのであります。」


「戦争が始まってしまうの?戦争は多数の犠牲と引き換えに少数の人間の利を獲得するものだと書物に書いてあったけど本当なの?」

チャーリーは困った顔をした。彼は初めてそんなことを問われたからだ。


「自分は昔から、国のために尽くせと言われて来たであります、戦争は正しいのだと。なのでそのようなことを問われてもとしか言えないのであります。」

チャーリーは少し悲しそうにそう言った。


「少し、自分の話をしても良いでありますか。」


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