第11話シャンプーと席替え
ローファーの底が校門にはね返されるように鳴る。
正門の鉄柵はギラリと朝日を返して、にぶく生徒を睨んでいるようにも見えた。
その生徒たちは昨日の入学式よりも多く、二年生や三年生の中に新しくまぶしい制服の一年生を浮かばせている。
「――では、下校時間まで待機していますので」
「あ、ええ。そうして」
――昨日よりも緊張している。
リスティは、友だちとの会話の方法がわからずにいた。
昨日、別れた続きになるのだろうか。
それとも、またリセットされたように出会うのだろうか。
そしたらまた、話しかけてくれるだろうか。
もし声をかけられなかったら、声をかけても返してくれなかったら――。
少し怖くなって後ろを振り返ると、
まだ新鮮に映るはずのキャンパスが、遠いものに感じる。
せまくも思ったはずの学園が、前にそびえ建つように見える。
周りの生徒の声々はぼやけて、余計に孤独を感じさせた。
リスティは、通学鞄をにぎりしめて校舎へと向かった。
「おはよ、リスティ!」
教室に入ってすぐに、その声は明るかった。
少しぶっきらぼうに、でもどこかかまって欲しそうに、バーシアは昨日と同じような笑顔だった。
――昨日のようなまぶしさ……!
リスティの悩みは吹き飛んだ。気がした。
ヴァネッサの言った通りに、深く考えることもないのかもしれない。
「ああ……ごきげんようバーシア、なんて素敵な笑顔……!
「おはよう、リスティ。あはは、ごきげんよう!」
「おはようございます、リスティさん」
あいさつの後は、なにか口上でも始めるものだろうかと待ったが、その気配もなくバーシアたちは話し始めている。
そういうのは貴族的なことで、一般ですることではないのだとリスティはなんとなく察した。
相手がどんな家柄や地位であるとかを、特に気にしないものなのだろうか。
それは一般のお忍びだから、そうしているのだろうか、と勘ぐりながら通学鞄を机に置く。
昨日と変わるはずもなく、硬くみすぼらしい自分の椅子にリスティは腰を下ろした。
「――ねえ、リスティはニュース見た?」
隣の席の
カバンに付けられたネズミのアクセサリーが、持ち主を表しているように小さく揺れる。
ビーズステッチが可愛らしく、キラリと光っていた。
「いえ、なにかおもしろいニュースがあって?」
バーシアとアリィとで、その話題をしていたようだ。
「昨日のことがさ、今朝のテレビで流れていたんだよ」
「新聞にも載っていました」
「まあ……! ――今朝は庭に動物園を作るかでもめて……。そんなことをしていたら時間だ時間だとうるさくて、忙しくしていたの」
「あはは、おもしろい家族だね。それであの魔物、どうなったと思う? ――消えたんだって! 別のトラックに運ばれて、どこかに連れて行かれちゃったの」
「それで、その退治したのが、あそこにいた男……ってことになったんだよ」
「本人も気づかない間に相打ち……ということらしいです」
「まあ、そうなの……そうだったかしら……」
リスティはすっかり忘れていた。
みんなとのおしゃべりや食事会のほうが記憶に強く残り、魔物程度のことなど気にも留めていなかった。
ましてやあの男のことと言われても、もともと眼中にすらない。
思い出そうとして人差し指を下唇に当てようとすると、アリィが言う。
「あの方はインタビューにそう答えていましたけど、リスティさんの活躍あってこそなので。……正直、それで良いのかと首をひねっていたんです」
「あの男、得意気に答えてたな。一方的にやられてたのによ。アリィと
「どうであれ、リスティが主役なのに。あのニュースだとなんかずるいなって思うの」
「あー……いや、あのあとアタシが逃げようと言ったのもあるか。わるいな」
バーシアが頭をかきながらうつむいた。
たくさんの花のような香りがする。
後ろの席からの、シャンプーのほのかな香りに向けるようにリスティは言う。
「ねえバーシア。正解だったのよ、それは。私は退治屋ではないから、いろいろと厄介な取り調べを受けるって聞いたわ。バーシアのおかげで助かったのよ」
昨夜、
「……そうですね、私も
アリィは考えを巡らせるように、色白のほっぺたに片手を寄せて言った。
バーシアも頬に手をやり、こちらは机に片肘をついて身を寄せる。
「うーん、実はアタシが倒したってことにすれば……って思ったんだけどさ、それこそあのお調子者の男みたいじゃん? リスティの手柄をかすめ取るみたいでさ」
少しテンポを置いて、
「あーあ。わたしも、リスティみたいに強くなりたいなー……」
「
「あ、そうだ。リスティ、あの武器どうやって出したの? 水音もさ、あのカードってアルカナ――」
ガラガラと教室の扉が音を鳴らす。
担任の教師が入ってきて、生徒たちはそれぞれの席に着いた。
クラスでは、さっそくリスティたちのように、近くの席のものと仲良くなって、グループができていたようだった。
そのにぎやかだった教室が、担任の入室で静かに変わっていく。
「――じゃあ、あとでな」
声を潜めるバーシアに、リスティは尋ねた。
「どうしたの? いまおっしゃったらよろしいのに」
「いや、ホームルームが始まるだろ……」
「待たせたらいいわ」
「いや、先生ももう来てるし……」
「先生がジャマなら出ていかせたらいいわ。私はおしゃべりをしたいの」
「無茶言うなよ……」
「ルージュ、グレイス、静かに。出席を取るぞ――」
なんて無礼な、と言いかけて、リスティは言葉を飲んだ。
――先生の言うことは聞かなければならない。
王女という身位を隠しているからには、この破廉恥な輩にも従わなければならないのだと、尊大な心を持つことにした。
そして正面を向いて、はっとした。
このような、ひじ掛けもない粗末な椅子に座る機会がなかったので知らなかった。
この無慈悲なほどに硬い椅子は、横を向くと脚を出せて、隣の友だちに向き合えるのだ。
友だちと向き合って会話を楽しむことが、できるのだ。
友だちに向き合うということは、幸せに向き合うということなのだ。
――そこまで考えて作られていたなんて……!
「……この席は素晴らしいわ!」
リスティは、感動のあまりに立ち上がってしまった。
「ルージュ、点呼は返事だけでいいぞ、あと立ち上がらなくてもいいからな。――じゃあ、まあ……席替えはせずに、このままでいくか」
教室中から、拍手が起こった。
仲の良いものたちが、隣同士の席を引き離されずに済んだのだ。
「ありがとう、ルージュさん!」
「さすがルージュさん!」
「花係にも立候補したし、みんなのことを考えているんだな!」
リスティはよくわからないながらも、とりあえず王室の一般参賀を思い出して、にこやかに手を振って応えた。
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