phase4.1

 一音一音、丁寧に発音された。美月も、一音一音丁寧に、その言葉を反芻した。

まるで聞いたことのない、馴染みのなの字もない名前だった。


「この地球に不時着したとき。衝撃に衝撃が重なった結果、タンクが割れ、パルサーが溢れだした。今、この宇宙船のどこにも、パルサーはない。おまけに予備もあったが、それももちろん零れ出て、消えた」


 最初に初めて見たときの、宇宙船の損傷具合。それを思い出した。確かにあれでは、そんな事態になってしまっても無理はないだろう。


「なんとかパルサーに代用できる物質が地球にないものかと、調べて探した。地球に今まで来たことはないから、もしかしたらと。だが、見つからなかった。地球に、パルサーの代わりにエンジンを動かせる物質は存在しない」

「……なんかごめん」


 肩身が狭くなっていくような思いがして、つい謝った美月に、違うんだ、とハルは首を振った。


「パルサーは宇宙空間のどこかに現れては消えるを繰り返す物質なんだ。特定のものを使わないと、その場にとどめておくことはできない。なので、パルサーを発見し、捕まえて売る専用の組織が存在する。パルサーがなくなったら、そこに頼んで運んできてもらえばすむ話だ。通常ならば。ところが」


 はあ、とため息が一つ漏れ出た。


「その組織は、ダークマターが指揮する、子会社のようなもの。意味がわかるか?」


美月達は頷いた。嫌でもわかる。もし運んできてもらうよう頼んだら、その瞬間に確定する。来るのはパルサーではなく、ダークマターだ。


「再度言うが、パルサーは宇宙空間に現れては消えるを繰り返しており、惑星内に出現したことはただの一度も無いようだ。でも、先程も述べたように、不時着時、パルサーが流れ出した。流れ出たパルサーは一つに纏まり、消えた。この地球内で。今も、パルサーは、現れては消えている。この星の、地球内のどこかを」


美月は目を見開き、周りを見回した。周囲にあるのは宇宙船のリビングのみで、パルサーはいない。だがここの外、地球のどこかにその地球には本来無い物質がいるのかと考えると、ほんの少しだけ気が遠くなった。


「気づいたのは、五日前だった。強いエネルギー反応を確認し、見に行ったら、パルサーがあったのだ。捕まえる間も無く消えたが。パルサーを検知する機械を作ろうと徹夜を続けていたら、今回のことになった。キャパオーバーを迎えたのは、そういう原因もある」


 ハルに電話をかけたとき、いつもよりも更に拍車をかけて塩っ気の強い対応をしてきたが、それも原因の一つだったのかもしれない。

 思い返していると、ハルがまたもや、頭を下げてきた。


「どうか、パルサーを捕まえるのに、手を貸してはくれないだろうか? 私一人でやるよりも、ここにいる全員の力を使った方が、パルサーの捕獲率が上がることは間違いない」

「いいよ」


 一秒と置かずに答えたせいか、さすがのハルも面食らったようだ。頼んできたのは無効なのに、「そんなに簡単に引き受けて良いのか?」と聞いてきた。


「うん、いいよ!」

「確かに姉ちゃんの即答はどうかと思いますが……。僕も同じ意見です」

「私もです!」


 ハルは、三者の反応を噛みしめるかのように何度も浅く頷いていた。一度上げた頭を、また下げてきた。


「本当にありがとう」

「頭ね、いちいち下げなくていいから!」


 外見は、頭部のテレビ以外は人間の大人なハルが、子供に向かって頭を下げてくるのはどうも違和感が拭えない。律儀といえば、聞こえはいいが。


「でもハルさん、これから忙しくなってくるのでは?」

「そうだな。でも平気だ。これからは、しっかり休息をとるように心がけるよ」


 大丈夫だ、と穹に対してハルは微笑んだ。しかし、本当に大丈夫なのだろうか。穹は不安げな表情をしているが、美月も不安に思った。


作業量が今までと比べてぐんと増えるのはさすがに察せられる。今までやっていた家事や育児、ダークマター対策に加え、パルサー探しまで加わるのだ。せめて5割とはいかずとも、4、3割くらいは背負ってくれる人がいればいいが、あいにくとそんな存在はいない。


「私もなるべく手伝う!」

「私もです!」


 ならば、自分達がその役目を担えばいい。美月と未來が声高らかに言うと、ハルは優しげな声を出した。


「ありがとう。だが、ミヅキ達は、そこまで気負わなくていいんだ。他に優先すべきことがあるだろう。学問とかな」


 忘れかけていた絶望が蘇り、美月はぐっと息を飲んで黙り込んだ。




『手が十本くらいに増えて、全部に武器持てるようになってる! 走ったらスピードがマッハ100ぐらいまで出る! 山100個持ち上げられるぐらいパワーが強くなっている! 巨大隕石100個当たっても傷一つつかないくらい防御が凄い!!!』

「100好きだな」


 広い会議室内には、傍にじっと佇む少女、プルート以外、誰もいない。世は休日だが、彼にはまるで関係無い。


 サターンは会議室にて、ホログラム画像と向き合っていた。画像に映されているのは、一人の地球人が何やら騒いでいる映像だった。


 彼女が抱いている赤ん坊と、奥で引いた顔つきをした少年が抱いているプレアデスクラスターも、つられたのか一緒になってやいのやいの騒いでいる。


『跳び箱1000段跳べる、逆上がり10000時間できる、えーとあとは縄跳び100000回できる、えーそれと……』


 そこで突として、今まで一切聞こえてこなかったノイズで音が埋め尽くされ、画面が砂嵐に染まった。


「1と0好きだな」

「音声は、ここで途切れています。最後に送られてきた信号から、何者かに破壊されたものと考えられます」


 だろうなと、サターンは腕を組んだ。今画像に映っていた者こそ、まさに頭を悩ませている、目の上のたんこぶな存在だ。映ってはいなかったが、あともう一人いる。そいつが、偵察ロボットを壊した張本人だろう。


 プルートは手にした端末を見ながら、「いかが致しましょうか」と平坦な声で尋ねた。


「この方の発した台詞の真偽の程を、確かめますか」

「いや、いい」


 片手を上げ、静止の意を送る。


「あいつが物理的な強さを手にするなど、まず有り得ないことだ。それに、鑑定せずとも嘘だとわかる」


 送られてきた画像や音声からして、嘘八百並べてこちらを怯えさせようと、いわゆるはったりをかましているのはすぐにわかる。こんなのに騙される者はまずいないだろう。


 そこまで考えた所で、いや違うなと顔をしかめた。マーズなら、まず間違いなく騙される。


「どうして今期のセプテット・スターは揃いも揃って協調性の欠片もないやつばかりなんだ……」

「疲労度が上昇しておりますね。休息をとったほうが宜しいかと考えられます」


 いい、と首を振った。ただでさえ、マーズが単身地球に乗り込み、勝手に戦闘を行っただけでなく、敗北して帰還してきたことは記憶に新しい。疲労度が上がっていることは分析せずともわかるし、ちっとも消化がされていないことも実感できる。が、今休むわけにはいかない。一秒たりとも。


 プルートはホログラム画像を消すと、「次の報告です」と端末をスライドした。


「研究所〈バルジ〉のパルサー捜索部門から一件です。エネルギー反応から、サターンさんの予測通り、HALの宇宙船に使われていたパルサーは漏れ出ており、それが段々と集まっていき、一つの大きなパルサーに変化しつつあるとのことです」


サターンは続けてくれと頷いた。あのロボットのことだから、予備も充分に用意していたはずだ。それが全て一つ残らず流出したとは、敵ながら同情せざるをえない。


 だが、奴の首の皮一枚は、まだ繋がっている。

パルサーは地球にとどまり続け、現れては消えるを繰り返している。

まるで、再び奴の宇宙船に、戻りたがっているように……。


 溢れ出た当初のパルサー一つ一つは、小さくて何の力にもならないエネルギー。そのせいで、気づくのに手間取ってしまった。宇宙船が不時着された時点で予想を立てておくべきだったが、出来なかった。今こちらがその事実に気づいたということは、向こうも既に気づいているはずだ。


「パルサーは、早ければ1秒未満の頻度で、地球のどこかに現れては消えています」

「あのロボットの手に渡らせてはいけない。ようやくここまで追い詰めることができたのに、また振り出しに戻る羽目になる」


 口には出したが、大がかりな捜索隊を出すわけには、いかない。なぜならば。

 プルートも同じタイミングで、「ですが」と無機的な藍色の瞳を向けてきた。


「星一つとはいえ広い地球の、どこに出現するかもどのくらいの時間出現しているかもわからないパルサーを探すには、大量のロボットや人員を割かなくてはいけません。しかし、そこまですると地球人にばれ、大事になる可能性が見込めます。ついては、我が社の看板に傷がつく事態にもなりかねません」


サターンは、意図せず舌を打ちそうになった。

 奴がつくづく運が良いと感じるところ、それが不時着した先の星にある。

あの地球という星は、他の星との交流が全く無い。もちろん、この会社ダークマターのことも知らない。そのせいで、大きな作戦を立てることも、実行に移すこともできないままでいる。


 今時そのような星など、探そうとしてもなかなか探し出せない。せめて他の、ダークマターを知っている星であったなら、もっと早く、不時着をしたその時点で、捕獲することが出来たであろうに。


「やむをえない。奴らの行動可能範囲まで出現地点と出現時間を予測し、絞り込むことにしよう」

「はい。そのように通達を出しておきます」

「他に報告は? どんな些細なことでも構わない」


 先のプレアデスクラスターの一件で、みすみす相手に戦力を分け与えることを許してしまった。もうこれ以上の失態を、犯すわけにはいかない。


「はい。天の川銀河近辺を、乗り合い宇宙船が走行中とのことです。確認をとりましたが、地球への停車予定はありません」


 乗り合い宇宙船か、と顎に手を添えた。同時に、肩を落としそうにもなった。


「乗員乗客の名簿を確認なさいますか?」

「いや、いい。パルサーの件、すぐにバルジと、社内にも伝えておいてくれ」


 承知致しました、とプルートは一礼し、足音立てずに部屋を出て行った。


 乗り合い宇宙船一つにそこまで警戒心を持つ必要もないだろう。おまけに地球に上陸する予定もないのだ。関係がないと判断した。


 しかし、本当にそうなのだろうか。決めた後になって、胸の内に、もやもやとした灰色の何かが沸き起こってくるのを感じた。


 どん、とその辺りを拳で叩いた。

自分を信じるのだ。信じるしかない。出来る。やれる。自分の力なら、必ず。


 サターンは顔を上げた。目線の先にあるのは、壁に大きく描かれた、このダークマターの紋章だ。


 七芒星の中に、二重のハート。内側のハートの中に、クリスタルが一つ。星の両側には、大きな羽根。


 過去幾度となく、デザインの変更に対する案が出された。けれどもその度に、最終的に、変更無しという結論に辿り着く。それは恐らく、この紋章に秘められたメッセージ性が原因だろう。その意味で、この紋章を超えられるデザインは、無い。


 先程の音声の中に混じっていた一つの台詞が、脳内に蘇った。


『今ハルに敵う者はこの宇宙で一人もいない!!!』


「ハルに敵う者はこの宇宙で一人も、か。あながち、間違ってはいないかもしれないな」


 物理的な強さはほぼ持っていない。けれども奴には、それを補い余るほどの学がある。知がある。好奇心がある。


 科学の叡智の結晶であり、今も学習を重ねて進化を遂げ続けている、あのロボット。


 この世界にいる人間の誰も、あれには敵わないだろう。

だからこそ、このダークマターが全勢力を上げて捜索に乗り出しても、今だ捕まえられていないのだ。


 サターンは紋章から視線を外し、窓の向こうを見た。

眼下にビル群が建ち並ぶ。その中に、数え切れないほどの生活が、命が、存在する。上空には、見守るようにして光り輝く太陽が、この星を照らしている。


 ここだけではない。観測不可能な遠い遠い宇宙も含める、全ての宇宙のために。

奴は、ハルだけは、なんとしてでも捕らえなくてはいけないのだ。


 セプテット・スターが、ダークマターが、この宇宙を導くのだ。社章の示すように。

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