phase3「常識外!宇宙生物」
宇宙船のリビング内。その中央には、いつもかすかな機械音を唸らせる孵化器が鎮座していた。この6月の間、ほぼずっとその中には青白く輝く卵が収められていたのだが。
「ピイ!」
その卵から生まれた生物、もといプレアデスクラスターが誕生したことにより、しばらく定番となっていたその光景は、無くなった。
孵化器のドーム状の部分とわずかな機械部分だけを残して、そうじゃない部分は取り外されていた。
「現在内蔵されているのは温度調節機能だけだ。今この場所は、プレアデスクラスターの巣穴代わりとなっている」
新しく敷き詰められた毛布はやや乱れている。その犯人であろう主は、部屋の中を文字通り縦横無尽に歩き回っていた。
床の至る所を、まるで犬のように、飽きる様子も見せず嗅いでいる。ことに美月や穹、未來、ハルの足の傍に行くと、更に鼻を動かす。
すっかり元気を通り越し、やんちゃな男の子となっている。
「よかった。この子、もうすっかり元気だね」
「あれから2、3日しか経ってないのに、凄いなあ……」
屈み込んでプレアデスクラスターの目線に近づく美月と、同じく座ってはいるが少しだけ距離を取っている穹だったが、両者感慨深げであることに変わりは無かった。
未來は無言でデジタルカメラを構え、先程から何度もパシャパシャとシャッターを切る音を鳴らしている。
ココロは「あー! あー!」と手を伸ばして訴えるも、ハルから「君はあまりむやみに近づくな」とたしなめられていた。
「一日で目を覚まし、一日で歩けるようになり、そして今日はこの調子だ。これがプレアデスクラスターの生命力か……。興味深い。データをアップデートしなくては……」
「ねえ、この子って何を食べるの? 地球のものは食べても平気?」
「ここ最近での観察結果だが、基本何でも食べるようだ。地球の食材も食して大丈夫そうだが、ミヅキ、それがどうした?」
「これを持ってきたんだよ!」
ミヅキは手にさげていた黄色いお弁当袋を見せた。チャックを開け、中からタッパーを取り出す。大きな透明のプラスチックケースの中には、複数のコロッケやエビフライ、野菜のグラッセやコーンのバターソテー、小さく握られたお握りが詰められていた。
「お父さんやお母さんにだと怪しまれそうなのでおじいちゃんに頼んで作ってもらった、ミーティアのメニュー色々です! お握りは私が。あ、それとこっちはハルのね。良かったら食べて。保冷剤入れてたせいで冷えてるけど、それでも美味しいもの選んだから!」
タッパーとは別にお弁当箱を差し出すと、ハルは「ありがとう」と礼儀正しくお辞儀した。
「うわ~、美味しそう!」
タッパーの中を覗き込んだ未來が、歓喜の声を上げた。もちろん出来たてには劣るが、それでも充分すぎるほど食欲をそそられる見た目と匂いだった。カメラを向ける未來に、美月はふっふっふと腰に手を当てた。
「気になるならぜひ未來も食べに来て! あ、友達だからって割引にはしないからね。ちゃんと正規の価格だからね」
「はい、わかってます!」
未來の返事に笑って返しながらタッパーの蓋を開けると、プレアデスクラスターは近づいてきた。匂いに釣られたのだろうか。くんくんと鼻をひくつかせながら一歩一歩、ゆっくりと歩いてくる。
タッパーの中に鼻を入れて一回嗅ぐと、「ピュッ?!」と甲高い声を出して飛び退いた。だが少しすると、また恐る恐る、未知なるものに近寄っていく。
怖い。でも、気になる。
プレアデスクラスターの葛藤が目に見えるようで、待っている美月も傍で見守る穹と未來も、微笑ましい眼差しで眺めていた。
うろうろとその場をぐるぐる回ってはほんのちょっとだけ嗅ぐを繰り返していたが、その時は突然訪れた。突然、顔全部をタッパーの中に入れたのだ。
空腹状態だったのか。好奇心が恐怖に勝ったのか。それとも両方か。
一旦コロッケを小さな口に入れ、もぐもぐと小さく動かす。たくさん噛んでから飲み込むと、ぱあっと緑の目の宝石のようなが輝きが増した。
「うわわっ?!」
「す、凄い……」
「わあ、とても良い食べっぷりだね!」
その後の勢いは凄まじかった。一度坂を転がり出したかのように、ばくばくと食事を体内に収め始めた。
「ピューイ!」
時折とても嬉しそうに高く鳴くので、少なくともお気に召してくれたようだ。美月はほっとした。
こうしてちゃんと息をして、瞬きをして、歩いて、果てには自分の用意したごはんまで食べてくれる。
この前、もう孵化しないかもと焦りと不安で出来た檻に囚われていた時や、卵を間一髪でキャッチしたときの身体も心も凍てついたような気持ちを感じた時とは、全く正反対の気分だった。
小さな口を本人の精一杯であろう最大限まで開いて、目についた食事を片っ端から食べていっている。
掃除機のような吸引力で、タッパーの中はあっという間に空っぽになった。
もう固体のごはんは残っていないのに、こびりついた油やソースすらも残さぬようにと、ぺろぺろと舐め続けている。
「いっぱい食べて大きくなってね! 好き嫌いが無いのは良いよ! にしてもちょっと予想以上だったな……。絶対自分の胃よりも多い量だよね、これ……」
「餌を体内に入れると、エネルギーに変換されると聞く。変換したエネルギーは、主にスターバーストの力に利用される。スターバーストは一回放つだけでもエネルギーを恐ろしく消費するから、それを補うために、彼らは大量に餌を必要とするし、食したほとんどの物質をエネルギーに変換できる」
「スターバースト?」
「ビーナスに向かって放ったという光線の名前だ。生まれたてだったから土がもげる程度で終わったが、もしもっと成長していたら……」
「あ、いい。言わないで。考えたくない」
自分の住む町を中心に破壊される地球の姿など、想像もしたくない。美月はぶるっと身体を震わせ、穹は青ざめた。未來はどういうわけだか、おお~と感心深げにしている。
その時だった。バリッという音が、手元から聞こえてきた。美月の下に向けた目が、魚のようにまん丸く見開かれた。
プレアデスクラスターが、タッパーをかじっていた。
あむ、と口に含んでいる。そして、確かに口を上下に動かしている。耳を澄ますと、小さく飲み込む音も聞こえてくる。かじった跡には、プレアデスクラスターのものと思われる歯形がくっきりと残っている。
ばり、がり、ばりとさながら煎餅でも食しているように、何の躊躇いも見せずにタッパーを食べている。表情を見る限り、味に不満は無いようだ。
美月の持ってきた弁当は、入れ物ごと綺麗に残さず食べられた。
「もしかして、この穴って……」
美月の見る先には、壁に開いた小さな穴があった。ちょうど、このプレアデスクラスターと同じようなサイズの。穴の中を覗くと、リビングの向こうにある廊下の景色が見えた。
「昨日の夜、この辺りをずっと歩き回っていたかと考えたら、突然食べ始めた。表情を見るに、あまり好きな味ではなかったようだが。空腹状態が激しかったようだ」
「すご~い!」
感心しているのは未來だけだった。
「ココロも真似して壁を舐めようとしていたし、大変というに相応しい状況だった。宇宙食どころか緊急用の非常食もパックごとほとんど食べられた」
「……ある意味凄いね」
事務報告をするような物言いに、美月も大袈裟な態度をとる気が起きなかった。話の内容と、口のまわりを舐めて満足げに瞳を輝かせるプレアデスクラスターとが一致しない。
「だからこのお弁当は有り難い。ありがとう、ミヅキ」
「良ければまた持ってくるよ。っていうか、なるべくしょっちゅう持ってきたほうがいいかな、うん」
あとで食べるからしまってくるよと、ハルは弁当箱を持ったまま台所のある部屋に向かった。戻ってきたとき、何かを思い出したようにテレビ画面に映る口が半分開いた。
「そういえば以前私にかじりついてきたことがあったのだが、あの行動の意味がよくわからない」
「それハルがエサに見えてるんだよ!」
「美味しくなかったのか、顔をしかめてそれっきりだが」
「味あるんだ……」
足の辺りを指さし、食べられても直せるがと言うハルだが、足が無くなってそこだけ歯形がついている姿など見たくない。
これはちゃんとしっかり言って聞かせないといけない。決意する美月の横で、穹はプレアデスクラスターに差し伸べていた手を引っ込ませた。
「あれ、美月。このプレなんとかさんの様子が変だよ?」
未來に言われてみてみると、確かに妙な動きをしていた。床に鼻を近づけては動かし、きょろきょろと頭を動かしている。
「餌を探しているとみられる。まだ空腹のようだな」
「まだ食べるの?!」
美月と穹の声と、未來のうわ~という声が重なった。
しかし空腹にしてはどうもおかしい。本当にお腹が空いているのなら手当たり次第に色々なものに食いついてもいいものを、そうせずにずっと鼻を動かしている。その様は、まるで何か特定のものを探しているように見えた。
と。プレアデスクラスター自身が開けた壁の穴に突進していった。ぐりぐりと強引に身体をねじ込ませ、その穴の中に消えた。急いで全員が追いかけると、宇宙船の出入り口の扉の前にいた。かりかりと手で扉を引っ掻いている。
「姉ちゃん、ハルさん。この子もしかして外に出たいんじゃないかな?」
「何かあるのかも! 行ってみようよ!」
穹と未來に促され、プレアデスクラスター本人からきらきらとした目で見つめられては否とは言えないし、もとより言うつもりもない。
「そうだね、行ってみよう!」
美月はプレアデスクラスターを抱き上げた。
初めての、全員での散歩。わくわくした感情が、自然と沸いて上がってきた。
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