3-17


 夜遅く、修は学院に戻った。学院近くのタルタロスの施設が使い物にならなくなっていたので、離れたところから地上に出て歩かざるを得なかった。先ほどまでの高揚が落ち着いてくると、まるで皮膚に無数の擦り傷ができたみたいにちくちくと痛んだ。足の裏もまだ熱い。

 破壊の跡は凄惨で、修は機神への怒りを新たにする。住民のことを考えず、都市の破壊をやめないタカマガハラ族の身勝手さへの憤りも湧いた。道中、諸隈から心配するメールに気づいたので、返信する。

 まだ校庭に残っていた人々の話を聞くと、やはり酸欠と寒さで体調を崩す人も多かったらしい。そんな人たちはまだ体育館や仮設の避難所で休んでいる。だが、建物そのものに被害はなく、端末に来た連絡によれば、期末試験は数日の休みを挟んで通常どおりあるらしかった。

 これで大丈夫だ、と修は思う。聖蓮の思い出は守られた。そして、あれさえあれば修は戦える。たとえ今日よりもきつい事態になっても耐えられるだろう。

 寮の自室に戻ると、そこでほたるが待っていた。膝を抱えて眠そうだが、それは不安を覆い隠そうとするしぐさだった。修の気配に顔をあげ、飛びかかるように駆け寄った。

「どこに行ってたの? 心配してたんだから」

 修はその勢いに戸惑いながら、彼女を安堵させる言葉をつぶやく。

「ごめん。……海原がちょっと足をくじいてて、そばにいただけ。戦いも激しかったし、あまり動くと危なかったから。もう大丈夫」

「そう……」

 突然、ほたるは修の腕にしがみついてきた。修はそれを拒まない。

「怖かった」

「わかるよ」

「世界が終わってしまうかと思った」

 あんな巨大な力がぶつかり合うところなんて見たことはないだろう。第一位格を見上げたとき、修もそう感じた。人間には到底制御できるとは思えない諸力が争っていたのだ。ましてや、その力が三体戦っているときには、どれほど恐ろしかったことだろう。

 けれど、ほたるは親元に帰ってきた子供のように微笑む。

「でも、あの赤っぽい人間の形をしたロボットがこっちに向かって手を振ってくれた」

 それとも、この笑みは珍しい蝶を捕まえた少女に例えられるだろうか。自分だけの秘密をそっと見せてくれるのにも似ている。修は彼女の頭を撫でる。それは、自分こそがシーシュポスに他ならないという事実を悟られないためでもあった。

「きっと、あれが私たちを守ってくれるんだって思った。気持ちの悪いやつが私たちを助けてくれるなんて思えないし。私、今度またロボットが出てきたら、あの赤いほうを応援する。……緑のも赤いの味方なのかな」

「そうだと思う」

「じゃあ、味方が増えて安心だね」

 修は、彼女を落ち着かせることができて自尊心をくすぐられた。本当はほたるに自慢してやりたかった。学院を救ったのは僕だ。君の居場所を守ったのは僕だ、と。さらに、彼女の中にタカマガハラ族やこの世界に反逆する心を植え付けたくなった。

 そのためになら、自分と機人の関係について打ち明けてしまいたかった。あるいは、自分と海原のつながりについても。けれども、ほたるに感じている親しさはあくまで黒江のものとは異なっている。それは、妹に頼られる兄のような感情だ。慕ってもらってうれしい、何かしてやって嬉しいというもので、彼女から何かを受け取ろうという気持ちではなかった。

 やがて彼女は、疲れから眠ってしまう。この状態をみられたら、ほたるはふしだらだと言われてしまうかもしれない。それを恐れて、修は彼女を持ち上げて女子寮のほうに運んでいく。運びながら、よく考えればこのほうが目立ってしまってまずかったのではないか、と気づいたが、幸いなことに男子寮の者とはすれ違わなかった。女子寮の管理人に事情を話し、彼女をベッドに横たえてから修はその場を後にした。

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