1-7

「……なぜだ! なぜ聖蓮を殺した!」

 修は怒りを再燃させる。水の中で目を痛いほど開く。海水は涙と同じように塩辛いはずなのに沁みる。先ほど機神に感じていた憤りなどものの数ではなかった。悲嘆や憂鬱の下に眠っていた怒りが、その抑制を奪われて噴出する。海から飛び上がった修は覆いかぶさっていた機神に頭突きする。不意打ちをくらった白い甲冑は崩れる。機神は再び跳躍するが、修は落下地点を予測して蹴り上げる。思わぬ反撃に白い影は逃れようと建物を盾にしようとするが、修はそれをものともせず、建物もろとも崩し去ろうとする。機神は逃れ、機人は追う。辺りのビルは修の怒りに震える。最短距離を取るためなら、ビルを突っ切っていくこともいとわない。修の通り抜けた後のビルは数えきれない破片となって地上に降り注ぐ。

 目の前には、桜木町を象徴するビル。修はそこに機神を何度も打ち付ける。きらきらと舞っているのはガラスだろうか。爪の先にかゆみを感じたが、そんなものは以前から挟まっている土砂と比べればなんでもない。

落下物の下敷きになり、機神は身動きが取れない。大地に磔にされたみたいだ。修はそこにあらゆる否定的な感情を叩きこむ。敵の装甲はがたがたになり、棘は折れ、抗う力も弱まっていく。

「シーシュポス活動時間、残り十五秒」

感情の赴くままに、機神の装甲を一枚ずつはぎ取っていく。ねばねばした黄金色と赤色の体液が流れる。神の血だ。破片は木の板のように砕ける。棘もへし折る。柔らかな組織がむき出しになる。呼吸をしているかのようにゆっくりと膨らんでは縮んでいる。あるいは、心臓の鼓動に合わせて脈動している。その柔らかな組織に姉を返せと訴える、相手の棘が自分の手に刺さりそうになっても、ひたすら殴り続ける。折れた棘を心臓のあるべき位置に何度も突き刺す。それでも曲りなりに神であるためか、抵抗することはやめない。先ほど修が溺れたときのように機神は腕を振り回し、もがく。徐々に修の肉体に重さが加わる。

「シーシュポス、活動限界です」

 もはやこれまでか、これ以上の怒りを振るうことはできないのか。悔しさに支配されそうになる。

 だが、そこで塔は臨界点を超え、折れて機神の上に崩れ落ちた。瓦礫に完全に生き埋めにされると同時に機神は脱力し、沈黙した。同時に、修の怒りが、静かに引いていった。自分の足が機神の体液の中に浸っているのを感じる。それが奇妙に生暖かくて眠気を誘う。

「目標、完全に停止。神経塊に活動は一切見られません」

「作戦終了。シーシュポス、帰還体制へ移行。搭乗者は疑似瞑想へ」

「了解。神経接続解除、よし」

 終わった、僕のなすべきことは済んだ。だが、どうやってこの機人を回収するのだろう。それに、タカマガハラ族からどうやって隠れればいいのだろう。そんな疑問を検討する間もなく、修の意識は途絶えた。

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