第155話 旭は王城の部屋を堪能する
「……まさかこんな立派な部屋に通されるとは……」
俺は部屋のベッドに腰掛けてそう呟く。
王城に着いた俺達は、クラシック服を着たメイドさんの案内で本日泊まる部屋に案内された。
『国王への謁見は翌日の9時以降なので本日はごゆるりとお過ごしください』とメイドさんから説明を受けた。
夕方に王城についたからその対応は問題はないと思う。
そこまではよかったんだ。
王城に泊まることになったといえども俺達はただの庶民。
正直そんなに大きくない部屋に通されるのだろうと思っていたのだが……。
「どう考えても偉い立場の人が泊まるような場所だろ……。なんで部屋がこんなに大きいんだ……?」
「パパ、いい部屋に泊まれるのはいいことじゃないの?」
[レーナの言う通りです。高級そうな部屋に泊めるということは、私達をしっかり評価していると考えてもいいでしょう。王城側の対応はベストなものといっても過言ではないですね]
俺のぼやきにレーナとソフィアが反応した。
レーナは俺の横でゴロゴロとベッドを転がっている。
ソフィアは……優雅に紅茶を嗜んでいるようだ。
ちなみにベッドも小さなものではなく、天蓋付きの巨大なベッドだった。
ラブホテルにあるベッドを3倍くらい大きくしたような感じ……といえば伝わるだろうか。
「いや、いい部屋に泊まれること自体はいいんだけど。そんなに待遇を厚くするような人間でもないだろ? 異世界から転移してきたのは事実だが、俺はごく普通の一般人だ。国王ともあろうものが一介の冒険者ごときに腰を低くしていいものなのか?」
俺の知っているラノベに出てくる王様というのは大概偉ぶっていることが多かった。
『勇者よ、死んでしまうなんて情けない』というのはよく聞く話だと思うが、王様といえばああいうタイプを思い浮かべる人がほとんどだと思う。
だから、俺は冒険者に対して腰の低い王なんて見たことがないし、そんな人間に市政が務まるとは思えない……というのが個人的な見解だ。
「いやいや、お兄ちゃん……。街一つ相手に喧嘩を売ったり、幻と呼ばれている神獣を召喚獣にしていたらそういう対応になっても仕方ないと思うんだけど」
「それだけではないですよ、リーアさん。旭さんはこの世界で今の所唯一のSSランク冒険者。下手なおもてなしをしたと発覚したら国民から大顰蹙だいひんしゅくを受けることでしょう」
俺の質問に答えたのはルミアとリーアだった。
2人はエプロンを外しながらこちらに向かってきている。
……どうやら部屋の中で料理をしていたようだ。
「2人の言うことももっともなんだけどな。でもやっぱり落ち着かないんだよ。日本にいた頃も良くてビジネスホテルまでしか泊まったことがない人間だからな、俺は」
[旭、そこはドヤ顔するところではありませんよ]
ソフィアが呆れたような表情を浮かべたが、そこは華麗にスルーする。
まぁ、そんなこと言っていても豪華な部屋に泊まっている現状は変えられない。
俺はひと呼吸して、改めて部屋の中を見渡す。
「巨大すぎる6人で寝ても余裕がある天蓋付きのベッド、とても広いダイニングキッチン、窓から視える綺麗な夜景、そして意味ありげに置いてある呼び鈴……。やっぱり落ち着かないわ! こんな豪華すぎる部屋!! ちょっと抗議しに行ってくる!!」
「落ち着いて、パパ! 下手に暴れたらここの人達に何言われるかわからない!!」
「レーナ、まずはお兄ちゃんを落ち着かせないと! 【狂愛ノ呪縛】!!」
「離すんだリーア!! 国王に言ってもっと普通の部屋に変えてもらうんだ!!」
俺が抗議に行こうとしたらレーナとリーアに止められてしまった。
しかも強化版の【狂愛ノ呪縛】を用いての足止めである。
落ち着かないから部屋を変えてもらうだけなのになんたる仕打ち。
「旭さん……今回は仕方ないかと。暴れ始めたら手がつけられないですからね……旭さんは」
[まぁ、レーナとリーアの作戦勝ちといったところですかねぇ。旭、ユミの教育にも悪いですから部屋の待遇の改善は諦めてください]
「ルミアとソフィアもそんなことを言うのか……。……わかったわかった!部屋については1日だけの辛抱だから我慢するよ!」
俺の言葉を聞いたレーナとリーアが【狂愛ノ呪縛】を解除した。
ふむぅ……久しぶりにレーナ達の魔法を受けたが、どんどん強力になっているようだ。
全力を出さなければ解除できなくなってきた気がする。
2人ならまだいいが、全員でかかられた時は1人の力では解除できなくなる未来もそう遠くはないかもしれない。
「にぃに! 大きなお風呂があったよ! 早く入ろう!!」
俺が体を伸ばしていると、ユミがとてててーと走ってきた。
その言葉にリーアがポンと手を叩く。
どうやらユミの言葉を聞いて何かを思い出したようだ。
「そういえば、この部屋のお風呂はかなり大きかったね。多分、お兄ちゃんなら喜ぶんじゃないかな」
「俺が喜ぶ風呂……? ラブホみたいなジャグラー付きのお風呂か何かなのか?」
[旭、さすがにその例えはどうかと思いますが……]
ソフィアの冷静なツッコミが聞こえてきたが、俺がそう例えるのも仕方ないと思うんだ。
普通のホテルについているお風呂はごく一般な家庭にある浴槽であることが多い。
格安のホテルだとトイレと一緒のユニットバスだったりする。
場所によっては檜を使った家族風呂もついているようだが、そんな浴槽が付いているの旅館レベルだろう。
……なので、俺が喜ぶ風呂ときいてラブホの浴槽を思い浮かべるのは特に変なことではないと思う。
「パパ、とりあえずそのお風呂に行ってみようよ。わたしもお風呂は見てこなかったからちょっと楽しみなんだよね」
「それもそうか……。ユミ、そのお風呂に案内してくれるか?」
「わかったーー!こっちだよ!!」
ユミは俺の手を取って早く早くと急かしてきた。
そんなユミをレーナとリーアが微笑ましい表情で見守っている。
ユミに引っ張られること5分(この時点でどのくらい部屋が広いか理解していただけるだろうか)……。
「……ナンダコレ」
俺は浴槽を見て思わず呟いてしまった。
いや、俺でなくても同じ感想を抱くだろう。
そう断言しても問題ないと思われる光景が目の前に広がっていた。
[室内風呂というよりはスーパー銭湯みたいですね。……なるほど、空間魔法を使って本来の部屋よりも大きくしているのですか。この使い方は参考にできそうですね。……隔離空間を用いればこれ以上の施設を作ることもできますが……どう維持するかが問d]
浴槽を見たソフィアはなにやらブツブツと呟き始めたが、俺が驚いた理由を説明してくれた。
ソフィアが言っていたが、ホテルに併設されている室内風呂ではなく、大きめなスーパー銭湯も顔負けの浴室が眼前に広がっていたのである。
「おいおい……。高濃度酸素風呂に二酸化炭素風呂、サウナまでついているのか……。これは確かに俺が喜びそうな風呂だわ……」
「ね? 私が言った通りだったでしょ?」
俺のぼやきにリーアが成長途中の胸を大きくそらしてドヤ顔を浮かべた。
……意外と成長してきているんだなってそんなことを思っている場合ではない。
こんな立派な銭湯があるなら入らなければ!
「ルミア。夕飯の前にお風呂に入ってもいいか?」
「んー……。大丈夫でしょう。料理自体は温め直せば問題ないですし。それにそんなキラキラした目をした旭さんとユミを目の前にしてお風呂に入ってはいけないだなんて言えませんよ」
「にぃに、やったね! 早く入ろっ!」
ルミアの言葉に服を脱ぎ始めるユミ。
俺も早くこのお風呂に入りたい気持ちは一緒だが、ユミの方が気持ちが勝っていたようだ。
あっという間に生まれた姿になったユミは俺のズボンを……ってやめて! 自分で脱げるから!
[ルミア、レーナ、リーア。ユミも脱ぎ始めてしまいましたし、私達もお風呂に入るとしましょうか。別にみんなで入ることに抵抗はないのでしょう?]
「……まさかユミがこんなに素早くお風呂に向かうとは思ってはいませんでしたが。まぁ、みんなで入る分には異論はないのでいきましょうか」
「ねぇ、リーア。ユミちゃんがパパのズボンを脱がしにかかってるよ? わたし達も参加しなくちゃ!」
「ま、まってレーナ。それは別にいまでなくてもいいんじゃ……あぁ、もう! お兄ちゃん! 覚悟してよね! お兄ちゃんの服は私達が全部脱がすんだから!!」
俺がユミとズボンの攻防を繰り広げていると、レーナとリーアが混ざってきた。
ソフィアとルミアも一緒に入るつもりのようだ。
それはいいんだが、目の前で裸になられたら俺の愚息が目覚めてしまう。
俺のプライドのためにもなんとかして自分で服を脱ぐように仕向けなければ。
「3人がかりだろうと俺の服は脱がさせはせんぞ! かかって来いやぁぁぁぁ!」
そんな俺と幼女組3人との攻防が幕を切って落とされた。
俺は絶対に屈しない!
▼
他の人から見たらくだらないと言われそうだが、俺に取っては聖戦にも等しい攻防を終えてから20分後。
「「「「はぁふぅぅぅぅぅ……」」」」
俺とレーナ、リーア、ユミは浴槽の中で一斉に大きく息を吐いていた。
レーナ達とのやりとりはどうなったのかだって?
……屈しないというセリフを吐いた人間がどうなるかといえば、すぐにわかると思う。
ちなみに現在入っているのは高濃度酸素風呂だ。
乳白色だから浴槽の中は見えないが、きめ細かい酸素が肌に浸透していくのを感じる。
湯温も43度と若干熱めなのがさらに良い。
「にぃに……このお風呂気持ちいいねー……」
「だなぁ……。酸素風呂に入ったのは松本のおぶ〜以来だけど、やっぱり気持ちがいいわ……」
ユミのとろけきった感想に同意しつつ酸素風呂を堪能する。
実家の長野で暮らしていた時はわざわざ車を運転して入りに行ったものだ。
埼玉に引っ越してからは行けなくなってしまったが。
「パパ、日本にもこんなお風呂があるの?」
「こんなお風呂が日本にもあるだなんて……。お兄ちゃん、日本にいた頃もよく温泉にはいっていたの?」
レーナとリーアが俺の腕に抱きついてそんなことを聞いてきた。
気持ちのいいお風呂に入って賢者モードになっている俺は、そんな2人の頭をゆっくりと撫でる。
「そうだなぁ。二酸化炭素風呂はよく見かけたけど、高濃度酸素風呂は実家の長野以外では見たことなかったな。温泉巡りは好きだったから旅行に行った時とかは温泉巡りとかもよくやったよその地方ごとに温泉の質が違うから結構楽しかったのは覚えてる」
(神奈川に越してからは1つの銭湯しか行けなかったけどな)
最後の言葉を心の中で呟いて、ぼんやりと天井を見上げる。
俺の温泉の話も色々あった。
楽しい思い出から苦い思い出まであるが……それについては語るのはやめておこう。
他の人が聞いても楽しいとは思えないからな。
「そうなんだ……。でも、これからは大丈夫だね!」
俺の腕から上半身に抱きついてきたレーナはそう言って満面の笑みを浮かべた。
その横でリーアとユミもウンウンと頷いている。
……これからは大丈夫?
今の話を聞いて何が大丈夫なのだろうか?
「レーナ、これからは大丈夫ってどういう意味だ?」
「それはね……ソフィアお姉ちゃんを見ればわかると思うよ」
「ソフィアを?」
レーナの視線を追うようにミルキーバスに入っているソフィアを見る。
ルミアも一緒に入っているようだが……。
[ルミア、この温泉設備を自宅に展開するにあたって、どのようにしましょうか]
「そうですね……。温泉は魔法で作り上げるとして、浴槽の管理をしっかりするべきかと。ですが、それに関してはハイエンジェルで問題ないでしょう。この高濃度酸素風呂を再現するための研究はした方がいいかもしれません」
[でしたらそれは私の方で研究するとしましょう。その他の浴槽についてですが、岩盤浴を追加するのはどうですか? サウナよりも入りやすいですし、レーナ達のような幼い子でも入ることができます]
「岩盤浴ですか……? 旭さんから存在は聞いていますが、いまいちどのような設備なのかわからないので上がったら検索しておきますね」
視線の先には寝そべるタイプのお風呂に浸かりながら色々と検討しているソフィアとルミアの姿があった。
どうやら俺の家にも温泉施設を建設する予定のようだ。
「あぁ、これは確かに大丈夫かもしれないな」
「ルミアさんもソフィアさんもやると決めたらとことん追求するからねぇ……。多分このお風呂よりも壮大なものになるんじゃないかな」
俺の言葉にリーアが賛同する。
この後日リーアが言ったような設備が家に追加されるのだが、それはまた別のお話。
今後のお風呂について語り合うソフィアとルミアを横目に俺はのんびりとお風呂に浸かるのだった。
ユミが俺の愚息を弄っているが、どうにかしてスルーする。
こんな浴槽でおいたはしてはいけません。
そして……俺達は国王に謁見する当日の朝を迎えるのであった。
幼女エルフと始める異世界生活 朝倉翔 @Asakura138
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