第113話 旭は戦闘の後始末を行う

「なんなんだよ……あの攻撃は……。あんなの……防ぎようがないじゃないか……」


 ダスク冒険者ギルドのギルドマスターは未だに呆然としている。

 俺が近づいているというのに、こちらには見向きもしない。

 俺とリーアはそんなギルドマスターの前にたどり着いた。

 もちろん、リーアはお姫様抱っこしたままだ。


「これで誰に喧嘩を売ったか理解したか?俺は言ったはずだぞ?『こちらの砲撃は威嚇射撃である。そちらが俺達に向けて攻撃をした場合、敵対行為とみなすものとする』……とな」


「……あの威圧感のすごい魔力が威嚇射撃だなんて思うわけがないだろう!?……それで何をしにきた。俺を殺す気か?」


 俺の言葉にギルドマスターがバッと顔を上げる。

 しかし、俺の方をみたギルドマスターは不穏なことを呟いて下を向いてしまった。

 どうやら俺に殺されるものだと考えているらしい。


「何を勘違いしているのか知らんが……。俺は別にあんたを殺す気はないぞ?っていうか、騎士や冒険者達も殺してはいないからな。冒険者達は……ほら、あそこにいるぞ?そろそろ意識も戻る頃合いじゃないか?」


「あそこって空中……?な……ッ!?なんであんなところに冒険者達が!?」


「……うぅ?ここは一体……ッ!?お、おいお前ら!起きろ!俺達、空中で磔にされているぞ!?だれか解除の魔法を持っていないか!?」


「馬鹿を言うな!こんなところで魔法を解除したら地面に落下するだろうが!」


「その前にこの魔法ビクともしねぇぞ!?どうなっていやがる!」


 ギルドマスターは俺の指先を追うように空中を見上げて驚きの声を上げた。

 そこには気絶から回復した冒険者達が空中で磔にされた状態でワーワーギャーギャーと騒いでいる。

 どうやら解除を試みたようだが、それが無駄だとすぐに理解したようだ。

 あれは【神威解放】した俺が使用した【空間固定】。

 磔にしている部分には【魔法吸収】を付与したから、あの程度の魔力でどうにかできるはずがない。


「……旭、騎士達はどこにいる?あれは貴族様からお借りした軍だ。生きていると言うならその姿を見せてもらえないか」


 冒険者達の方を見たギルドマスターは、声を絞り出すように俺に尋ねてきた。

 ……冒険者達はスルーしてるみたいだが、冒険者ギルドのギルドマスターがそんな態度でいいのか?

 ……と俺は思ったのだが、アイツらがリーアを犯そうとしていたのは知っているだろうし、まずは騎士達が優先だと考えたのだろう。


「リーア。ギルドマスターはこう言っているようだが、アイツらを地上に出しても大丈夫か?」


「ん〜……。まだ反省してるようには見えないんだよねぇ……。お兄ちゃん、は地上に出したら解除されちゃう?」


 俺の質問にリーアがかわいらしく首を傾げて逆に質問してきた。

 その様子にギルドマスターは『ヒッ……!』とか抜かしている。

 リーアに対して悲鳴をあげるなんて失礼じゃないか?

 今は何もしていないと言うのに。

 俺はそんなギルドマスターをひと睨みしてからリーアの質問に答える。


「あの空間自体はこの時空と隔離してあるから出しても解除はされないよ。ただの箱として地上に出てくる」


「そっか。それなら大丈夫かな?ギルドマスター含めて反省してないみたいだから、誰に喧嘩を売ったのかしっかり分からせないと。お兄ちゃん、そういうことだったら地上に出してもいいよ」


「ん、了解した」


「時空から隔離……?何を……な、なんだこの地響きは!?」


 リーアから許可を得た俺は地面に手を置いた。

 ギルドマスターがなにやら慌てているようだが、あえてそれはスルーする。

 いちいち突っ込んでいたら話が進まないしな。


 ……えっと、たしかあの空間はここら辺にあったな。

 よし、俺の予想は当たったようだ。

 俺は地面に置いた手を少しずつ上に上げていく。


 ーーーーゴゴゴゴゴゴゴ!


 俺が手をあげると同時に地面から地響きが響き渡る。

 ふむ……さすがに騎士を2000人隔離した空間は大きいな。

 しょうがない。【身体強化】と【狂愛】でバフをかけて……。

 フンヌゥゥゥゥン!!


 ーーーーボコォッ!


 俺が心の中で叫んだと同時に、巨大な物体が地下から出現した。

 この物体こそ俺がリーアの魔法のために使用した隔離空間だ。

 とは言っても、この大きさだと持っているのが辛いので俺の後ろに放り投げる。


 ーーーーズドォォォン!


 放り投げた物体は大きな音を立てて地面に着地した。

 着地した衝撃で地面が揺れ、一部にヒビが入ったようだ。

 まぁ、死にはしないだろうし大丈夫だろう。


「……まさかその中に騎士達がいるのか?」


「そうだ。リーアが使用した【黒闇地獄】はこの中に展開されている。普通に影に連れ込んだところで窒息死する可能性もあるからな。この隔離空間ならその心配はないというわけだ」


「空間の中でなら死にはしないけど、精神的には病んでるかもね。2000人もの人間が真っ暗闇の空間に押し込められているわけだし。それに【黒闇地獄】は自分がやったことに対して幻想が襲ってくる魔法。騎士達がお兄ちゃんを攻撃したことを反省しない限りは永遠に幻想から逃れられないだろうね」


 ギルドマスターの疑問に俺とリーアが答えた。

 というか、あの魔法にはそんな効果があったのか。

 幻想が襲ってくる条件が俺に敵対したことというのが実にリーアらしいが。


「……責任は俺が持つから彼らを解放してやってくれないか……?」


「ギルドマスター、俺達は放置か!?騎士様達の解放と同時に俺達の解放も頼み込んでくれよ!」


「……お前達はリーアちゃんを襲おうとしただろうが。冒険者は山賊やゴブリンじゃないんだ。それをしっかりわきまえろ」


「「「「……クソッ」」」」


 リーアの言葉にギルドマスターは土下座をして重々しくそう呟いた。

 冒険者達はまだ騒いでいるようだったが、ギルドマスターの言う通り冒険者達の言動は山賊まがいのものだった。

 簡単に許してやるほど俺は甘くはない。


「そこまで言うなら騎士達は解放するが……次に攻撃してきたら砲撃を仕掛けるからな?……ソフィア、今の話を聞いていたな?念のため【魔道砲】の魔力を充填してくれ。戦闘になることはないと思うからユミの【神威覚醒】が解除されても問題はない」


 ーーーー『わかりました。【魔道砲】の魔力充填を開始します。』


「じゃあ、解放してやるか。……【空間隔離】及び【黒闇地獄】を解除」


 俺はソフィアに命令を出してから魔法を解除した。

 解除した瞬間、隔離されていた騎士達がドサドサと地上に現れていく。

 なにが起こるかわからないので、念のため騎士達の周りには強化した【聖域】を展開する。

 ……俺の嫌な予感は的中したみたいだ。


「……痛い痛い痛い痛い……!!誰か……助けてくれぇッ!!」


「来るな……来るな……クルナクルナクルナァッ……!!」


「あ……あぁ……!ゾンビが……ゾンビが迫ってくる!!」


「早く……早くこの傷を治してくれ!!……嫌だ、もう体を切り刻まないでくれぇッ!!」


「なんだよ……なんなんだよこいつは!!俺の体を飲み込むな……ッ!」


 隔離空間に展開された【黒闇地獄】から解放された騎士達は、地面を這いずり回りながら口々に騒いでいる。

 武器を手にする余裕もないのか、ただひたすらに悲鳴をあげながら逃げ惑っているようだ。

 ちなみにリーアが幻想と言ったように、騎士達には傷ひとつ付いていない。

 全て幻想によるものなのだが……なかなかにエグいな。


「リーア……なんか騎士達がゾンビみたいになっているんだが……。あれはどうなっているんだ?」


「さっきも言ったけど、【黒闇地獄】は指定した条件で幻想が襲ってくる魔法なの。今回私が指定した条件はお兄ちゃんに攻撃したことへの償い。それに対して反省しない限りはずっと幻想に苦しめられるの。……そしてそれは【黒闇地獄】を解除した後も続いていくんだよ」


 俺の質問にリーアは淡々と答えた。

 リーアは俺に喧嘩を売った人間がそれ相応の痛みを負うべきと考えているようだ。

 その証拠にもがき苦しむ騎士達を冷めた視線でみつめている。


「…………頼む。騎士達の幻想を解除してやってくれないか?あんな姿……痛々しくて見ていられない」


「……しょうがないなぁ。でも、攻撃的な反応示したら……それこそ終わりだと思ってね?ほら、もう【魔道砲】の充填も終わったみたいだし」


「……おい、やめろ……!それはシャレにならない!!」


 リーアの言葉にギルドマスターが上空を見上げる。

 そして悲痛な叫び声をあげた。

 そこには空中で磔にされた冒険者達に向けて『大和』の砲塔が向かれており、その先端からはいつでも砲撃できることを表していた。


 ーーーーキュイィィィィィィィ!!


 ギルドマスターの悲痛な叫びとは裏腹に砲塔に魔力が光を帯び始める。

 騎士達の幻想を解除した後、攻撃的な態度を示した瞬間に250人もの冒険者は塵と化すだろう。

 冒険者を人質とした一種のネゴシエーションというわけだな。

 それをされた方はたまったもんじゃないかもしれないが、それはそれだ。


「冒険者達が死ぬかどうかはこの後の展開次第……ってね。お兄ちゃん、幻想の解除をお願い」


「ったく、リーアも過激だよなぁ。人のことは言えないけど。対象を広範囲に設定……【完全範囲回復パーフェクトエリアヒール】」


 俺はリーアの言葉に苦笑いを浮かべて、回復魔法を騎士達に放った。

 今回はなったのは【完全回復】の広範囲版だが、幻想にも効き目はあるはずだ。


「……ここは一体……?……おい!傷が付いていないぞ!?」


「ゾンビが…………?ぞ、ゾンビはどこ行った……!?」


 回復魔法によって幻想が消えた騎士達は混乱しているようだ。

 そんな騎士達を見たギルドマスターは安堵のため息をついたが、すぐに真剣な表情を浮かべる。

 騎士達の方に歩いて行き、騎士達に向かって声を張り上げた。


「騎士の諸君、聞いてくれ!我々は1人の女の子にやられた!……だが、どうか敵対しないでほしい!君達が敵対したが最後……このダスクの街は崩壊する!」


「「「「「…………!?」」」」」


 ギルドマスターの言葉に武器を持ちかけていた騎士達の手が止まる。

 どうやら幻想が解除されたと同時に反撃しようとしていたみたいだ。


「ギルドマスターの言う通りだ。お前達がまだ俺達に敵対すると言うのであれば……冒険者とダスクの街を消滅させる。……あれを見ろ」


 俺は騎士達にそう言い放った。

 それと同時に『大和』の方を指差し、その方角を見るように騎士達を促す。

 騎士達は俺が指差した方角を見て、一様に絶望の表情を浮かべた。


「……おいおいおい。マジかよ……あんなのが街に放たれたらひとたまりもないぞ……!?」


「隊長!ここは旭の言う通りにしたほうがいいのでは!?このままでは守るべき貴族様を見殺しすることになります!!」


「……クッ!まさか街を人質にするとはな……!全軍、武器を捨てて投降せよ!……我らは……負けたのだ……!」


 ーーーーガランガラン。


 騎士隊長の言葉を聞いた騎士達は、一斉に持ち直そうとした武器を手放した。

 完全に戦意を喪失したようだ。

 俺は満足げに騎士達を見ていたが、空中から叫び声が聞こえてきた。


「騎士様!街もそうだが俺達も人質にされているんだ!騎士様からも俺達を解放するように言ってくれよ!!」


「お前らは女の子を犯そうとしただろうが。ダスクの冒険者ともあろうものが山賊まがいのことをするとは嘆かわしい。降伏した今、山賊まがいのことをしでかしたお前らを擁護する筋合いはない」


「……なんだと!?」


 冒険者達は自分達も解放して欲しかったみたいだが、騎士はその要望を突っぱねた。

 というか、騎士ですら山賊まがいの言動をしていると思ったんだな。

 まぁ、それも仕方ないと思うが。

 憤慨している冒険者達に向かって、俺は転移で近づく。


「……俺の女を狙ったことは万死に値する。……だが、そこまで俺も鬼ではない。この拘束を解除してほしいか?」


「お前の女を犯すと言ったことは謝る!だから、この拘束を解除してくれ!なんでもするから!!」


 俺の問いかけに冒険者達は涙目でそう訴えてきた。

 冒険者達は涙目を浮かべて、反省しているように振舞っているがあれは演技だな。

 それがわからないほど俺は馬鹿ではない。

 だが……。


「そうかそうか。するか。……じゃあ、その粗末なモノはいらないな?……【全除精】!」


「「「「「「アッーーーーー!!!」」」」」」


 俺の魔法が発動したと同時に250人もの悲鳴が上がった。

 うんうん、これで俺の女を犯すなんて馬鹿なことは言わないだろう。

 これにめげず新たな人生を送ってもらいたいものだ。


「……リーアちゃんの【黒闇地獄】もエグかったが……あれが一番怖いな……」


「「「「…………(コクコク)」」」」


 冒険者達の悲鳴を聞いた騎士達とギルドマスターは股間を抑えてそう呟いた。

 ……最初からこの魔法を使用しなかったから優しい方だと思うんだけどな。

 俺はそんなことを思いながら、地上に残してきたリーアを迎えにいくのだった。

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