第6章

第103話 旭に降りかかる新たな厄介事

 模擬戦が終わってから1週間が経った。

 あの模擬戦を行なったことにより、ウダルの街に以前からあった悪い噂がなくなった……と俺はギルドマスターから報告を受けた。

 ギルドマスター曰く、「あんな化け物みたいな強さの人間がいるのに悪さなんてできるか!」とのことらしい。

 まぁ、平和になったならそれが一番だろう。

 レーナとリーアのような被害者の増加を食い止められたのであれば、あの模擬戦をやった意味があるというものだ。


「パパ〜……?聞いてる〜?」


 俺がソファで考え事をしていると、レーナが上から覗き込む形で俺に問いかけてきた。

 何やら話しかけていたようだが、考え事をしていたせいで聞き逃してしまったようだ。


「ごめん、ちょっと考え事をしてたから聞いてなかった。もう一度お願いしてもいいか?」


「むぅ〜……。しょうがないなぁ……。これが最後だからね?」


 レーナはかわいらしく頬を膨らませながら、先ほど言ったことを繰り返してくれた。

 嬉しそうな目をしているから本当は構ってもらえて嬉しいといったところだろうな。


「模擬戦が終わって1週間が過ぎたし、そろそろ依頼を受けたいなぁって思って。前はリーアと2人で依頼を受けたけど、みんなで行けば高ランクの依頼でも問題なく達成できそうだし」


 レーナとリーアがブラックドラゴンの討伐依頼を達成したのは……伊吹姫の一件以来か。

 前は2人での討伐だったが、俺達全員で依頼を受けるのであれば国家級のものでも達成できるだろう。

 ……そんな依頼はないと思うが。


「そうだなぁ……。俺自身あまり依頼を達成していないし、たまにはいいかもしれないな。他の皆もそれで問題ないか?」


「お兄ちゃん、私は問題ないよ。できたら手応えのあるモンスターだといいなぁ」


「私も問題はありませんね。小旅行気分で行ければ道中も楽しそうですし」


[ふむ……。ここらでモンスター討伐にもお役に立てることを証明するのもいいかもしれませんね……。旭、是非とも依頼を受けましょう]


「むずかしいことはわからないけど……ユミはにぃにについていくよ!」


 俺はレーナ以外の4人に問いかけたのだが、4人とも依頼を受けることについて反対はないようだった。

 そうと決まれば冒険者ギルドに行くべきだろう。


「じゃあ、満場一致ということで。着替えたら冒険者ギルドに行くとしようか」


「「「「[はーい]」」」」


 俺は5人の元気のいい返事を聞きながら、外出する用の服に着替え始めた。

 いい依頼があればいいんだが。


 ▼


 準備を終えた俺たちは【長距離転移】で冒険者ギルドにやってきた。

 俺達が冒険者ギルドに転移してきても、他の冒険者が気にした様子は見られない。

 最初は転移してくる俺達をみて驚いている冒険者が多かったのだが、今では慣れたみたいだ。

 ……ただし、この日は若干空気が違った。

 主にギルド職員の表情が……であるが。


「……!?旭さんのパーティが転移してきました!そこの貴女!今すぐギルドマスターを呼んできて頂戴!!」


「は、はいっ!わかりました!」


 なにやら受付のお姉さんが慌てた様子で別の職員に指示を飛ばしている。

 ……なんだ?

 冒険者ギルドにはまだ着いたばかりだし、最近は家に引きこもっていたから何もしていないはずだが……。


「……ねぇ、パパ。なーんか嫌な予感がするのはわたしだけ?」


「……奇遇だなレーナ。俺もさっきから嫌な予感しかしない」


 俺とレーナがそう呟き、ユミ以外の3人がうんうんと頷いた。

 ユミはのんびりジュースを飲んでいる。

 ……今度はどんな厄介事が起きたというのか……。

 そう考えていると、奥からギルドマスターが慌てて俺達の方にやってきた。


「旭君!それに……ルミア君もいるな。と、とにかく今すぐギルドマスター室にきてくれないか!?」


「俺はいつも通りだからわかるが……どうしてルミア?」


「さぁ……?私にもさっぱりですね……。旭さん、とりあえずギルドマスター室に向かうとしましょう」


 俺はルミアの言葉に頷き、ギルドマスター室に向かって歩き始めた。

 ……本当に何があったんだか……。

 女神の時みたいに面倒な案件じゃなければいいんだが……。


 ▼


「それで?俺が呼ばれるのは理解できるが、なんでルミアも対象なんだ?」


 俺はギルドマスター室に着くなり、ギルドマスターに質問した。

 俺を探していたのならまだわかるんだが、なぜルミアも一緒に探していたのか検討がつかないんだよ。

 ギルドマスターは俺の言葉に無言で一枚の紙を取り出した。


 《通告》

−ウダルの冒険者ギルドマスター殿と響谷旭殿御一行−

 この度、我が冒険者ギルドのAランク冒険者[マスターガーディアン]より、ルミア殿の冒険者ギルド退職の件についての報告がありました。

 しかし、ルミア殿はダスクの冒険者ギルドのギルドマスター補佐。

 他所の街で退職手続きというのは到底認められるものではありません。

 よって、早急にダスクの冒険者ギルドまで向かっていただくよう説明をお願いしたく存じます。

 また、噂によるとルミア殿は響谷旭殿の妻になったとのこと……。

 2人の結婚に伴い、響谷旭殿にもダスクに居住を構えていただく必要があるのではないかとダスクの冒険者ギルドでは考えております。


 ……なお、この通告をお聞き頂けない場合は強硬手段を取らせていただくこともありますので、何卒ご理解ください。

 ダスク冒険者ギルド ギルドマスターアーガス

 《敬具》


「…………は?」


 俺は言葉を失った。

 ルミアがダスクの冒険者ギルドの職員だからウダルでの退職手続きは認められない……?

 しかも言うに事欠いて、俺の妻になったから俺もダスクに永住しろ……?


「旭君!落ち着いてくれたまえ!殺気が溢れ出しているぞ!?」


「……殺気も溢れ出すだろうよ……。それほどまでに酷い内容だぞ……。これが送られてきたのはいつなんだ?」


 俺はギルドマスターの言葉に殺気を若干抑えて質問した。

 1週間前にはこんな文面はなかったはずだが……。


「この文章が送られてきたのは3日前だな。ダスクのギルドマスターはどうしようもないやつだとは思っていたがここまでとは……。ちなみにルミア君の冒険者ギルドの退職については、王都にある冒険者ギルド本部からも許可も得ている。アーガスのこの要求は通るはずがないんだが……」


 ギルドマスターは疲れたようにため息をついた。

 王都の冒険者ギルド本部ですらルミアの退職を許可したのに、ダスクでは受け入れられないとか……。

 どうせあれだろ?

 ルミアがいないと仕事が回らないからとかそんなしょうもない理由なんだろ?


「旭さん……どうしますか?私としてはダスクの冒険者ギルドに戻るつもりも、ダスクに永住するつもりもないのですけれども……」


「当たり前だろう?ルミアはもうギルドマスター補佐ではなく、一介の冒険者なんだ。誰になんと言われようともルミアは渡さない。それにダスクに永住するってことは丹奈と鉢合わせる可能性が高いってことだろ?そんなのは御免被りたいね」


 ルミアはダスクの冒険者ギルドに戻るつもりはないようだ。

 ……まぁ、あそこのギルドマスターをボロクソ言っていたし、その気持ちはわかる。

 だが、ダスクに永住しろという要求はふざけてる。

 俺が丹奈とあまり会いたくないのをわかって言っているのだとしたら、脳神経外科の受診を勧めたいくらいだ。


「お兄ちゃん、ルミアさんを渡さないにしてもどうするの?強硬手段を取ってくる可能性もあるんでしょ?」


 俺とルミアが話しているとリーアが会話に参加してきた。

 リーアとしては冒険者ギルドの強硬手段が気になるようだ。

 だが、正直それについては心配はしていない。


「強硬手段ってことは冒険者を仕掛けてきたりするんだろうけど……。ダスクからウダルまでは距離もあるし、まず俺達が負けるとは思えない。それにダスクのギルドマスターはユミとソフィアの実力を知らない。強硬手段が成功する可能性は低いよ」


「ふむ……たしかに旭君達の実力であれば問題はないだろう。だが、ダスクの冒険者ギルドが貴族に話を通して戦争を仕掛けてくる可能性もある。そうなったらウダルの街では対処が厳しくなるだろう」


 俺の言葉にギルドマスターは渋い顔でそう呟いた。

 というか、戦争に発展する可能性があるのかよ……。

 異世界怖いな。


「戦争か……。なぁ、ギルドマスター。向こうが戦争を仕掛けてくる可能性があるなら……こちらから仕掛けるのはありか?」


「……旭君、君は何を……ってまさか……!?」


「あぁ……。もしダスクの冒険者ギルドが戦争を起こしてでもルミアを取り戻そうとするのであれば……先制攻撃を加える」


 俺は静かにギルドマスターへ告げる。

 戦争になったとしても俺達は問題ないだろう。

 しかし、ウダルの民が傷つく可能性があるのは看過できない。

 それならこちらから攻撃を開始した方がいいというものだろう。


「……それなら問題はないかもしれないが……。大丈夫なのか?……街1つを敵に回すということだぞ?」


「俺達の実力ならそれでも足りないくらいじゃないか?……正直、攻撃しないで済むならそれに越したことはないんだけどな」


 俺はそうため息をついた。

 人殺しがしたいわけではないんだよ。


[…………!旭、緊急事態です!ウダルの街に向かっている複数の人間の気配を探知しました!先頭には丹奈の姿も見えます!]


 そんなことを話していたら、ソフィアから警告が発せられた。

 先ほどの紙にあった強硬手段……タイムリーな複数の人間が一斉にウダルの街に向かっている……。

 ……ダスクのギルドマスターは文章を送った時点で、強硬手段を取るつもりでいたらしい。


「ソフィア、人数がどれくらいかわかるか?」


[もちろんです。……ざっと500人といったところでしょうか。半分はフルプレートに包まれていますね]


 500人か……結構な人員を割いてきたな……。


「……まさか本当に貴族に話を通してくるとはね……。フルプレートを着込んでいる人間はダスクの国家騎士だろう。冒険者Aランク相当の実力があるはずだ」


「まぁ、丹奈と同じ時点でお察しだけどな。ソフィア、その人間達がウダルの街に着くのはいつ頃になりそうだ?」


[現在の位置とウダルの距離を測定……おそらく明日のお昼には到着するものと思われます]


 明日の昼か……それならば問題はないな。

 俺はレーナ達の顔を見た。


「皆、話は聞いていたな?これよりルミアをダスクの冒険者ギルドの魔の手から守るため、攻勢に転じる!ただし、今回はまだ敵対してくるかわからない。敵対してくるまでは攻撃は控えるように!」


「「「「[はい!!]」」」」


 俺の言葉に元気のいい返事が響き渡る。

 さて……どうするかな……。

 追い返すべきか……半分ほど数を減らすか。

 その辺は実際に現場に行ってみて判断するとしよう。


「行動を移すのは夜にしようと思う!それに伴って……今から仮眠をとるぞ。じゃあ、ギルドマスター。また何かあったら家まで来てくれ。……【長距離転移】」


「……ダスクも旭君を敵に回すとは……バカな選択をしたもんだよ……」


 俺は【長距離転移】で家に転移した。

 転移前にギルドマスターの呆れた声が聞こえてきたが……悪いのはルミアの退職の事実を認められないダスクの冒険者ギルドだ。

 ダスクの冒険者ギルドには……お灸を据えてやらねばなるまい。

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