第99話 模擬戦-エピローグ-

 全ての模擬戦のスケジュールが終了した。

 俺の戦績は5戦中2勝3敗。

 これは……妥当だと言えるのではないだろうか?

 まぁ、負けたのはすべて自身の油断が原因なので……なんとも言えないが。


『さて……これで模擬戦の全スケジュールが終了した。観客席の諸君、旭君の強さとその嫁達の強さを実際に見てどう思った?こんな実力を持った人間が私達の街で冒険者として永住してくれるらしい』


 ギルドマスターの発言に観客がざわめいた。

 ここまでの実力を持っている人間はいなかったから、そんな人間達がこの街に永住するという事実に驚いているのだろう。


『そこで……だ!今後、旭君達[ROY]のメンバーに対する性的ならびに敵対する行為の一切を禁止する!これはウダルの冒険者ギルド総意の意見である。嘘だと思うのであれば、コロシアムから出た後に確認してみて欲しい。私が言った言葉と同じ返答が返ってくるはずだ。模擬戦の途中で【冥府の神】たるハーデスも言っていたが、旭君達の実力は魔王ですら凌駕する。そんな人物を敵にまわすような愚かな民衆は……いないと信じたい!』


『『『『ウォォォォォォォォッッ!!!』』』』


「……ッ!!」


 ギルドマスターは高らかにそう宣言した。

 観客席からは同意だと言わんばかりに叫び声が上がっている。

 だが……その声を聞いたリーアはまた緊張してしまった。

 何事にも限度があるだろうに……観客を煽りすぎだと俺は思う。


『それでは……今回の模擬戦で実力を見せてくれた[ROY]の諸君に再度登場してもらうとしよう!』


「……とギルドマスターは言っているが……大丈夫か?」


 俺は入場を促してきたギルドマスターの言葉に呆れつつ、レーナ達5人に尋ねる。

 主に緊張してしまったリーアに対して……が正しいか。

 リーアは緊張してしまったから、俺1人で観客の前に姿を見せようと考えているのだが。


「お兄ちゃん……私はちょっと無理かも……。模擬戦が終わった後の……あの期待するような声に耐えられそうにないや……」


「リーアさん、大丈夫ですか?……旭さん、私はリーアさんの介抱してますね。」


「ルミア、申し訳ない……。本当は俺が側にいてあげればいいんだろうけど……」


「気にしないでください。旭さんは今回の模擬戦の主役なのですから。……さぁ、リーアさん。あちらに行きましょう。少し休めば良くなりますよ」


「……うん。……お兄ちゃん、本当にごめんね……」


 リーアは俺の体にぎゅっとしがみついて謝った後、ルミアと一緒に控え室に備えられたベッドの方へ歩いて行った。


「……ソフィア。あまりにもリーアが辛そうだったら、先に【長距離転移】で家の方に帰してやってくれないか?俺達がいつも寝ているベッドの方が安らぐだろうし。ソフィアならから外に出ることなんて簡単だろう?」


[Yes,My Master。リーアもその方が安心するでしょう。……ユミ、あなたはどうしますか?]


「んぅ〜 ……?ユミはまだおねむだからいっしょにかえるぅ……」


 俺はソフィアにもリーアの面倒を見てもらえるように頼んだ。

 控え室に備えられたベッドよりも、いつも寝ているベッドの方が安心すると思ったからだ。

 俺が家に帰った時には下着が1着なくなっているかもしれないが……。

 それでリーアが落ち着くなら、下着の1着や2着くらい安いものだろう。


 ちなみにソフィアに尋ねられたユミは眠そうな表情を浮かべていた。

 模擬戦が終了した後に【完全回復】をかけたが、疲労感で眠気が襲ってきたようだ。

 大きなあくびをしながら俺に抱きついてくる。


[じゃあ、ユミも一緒に帰りましょう。では、マスター。こちらのことはお任せください]


「あぁ、頼んだ。閉会式的なのが終わったらすぐに帰るよ」


 俺はソフィアに苦笑を浮かべつつ、寝ぼけながら俺に抱きついていたユミを預けた。

 ユミも特に抵抗することなく、ソフィアの大きな双丘に体を委ねる。

 ……正直ずるいと思ってしまったが、今は我慢する時だろう。


『そ、ソフィア殿?家に戻るのでしたら……我も解説席に戻ってもよろしいですかな……?先程の件については……それはもう反省しましたので……』


[なりません。あなたは冥王としての自覚が低すぎます。家に戻って、さらにその腐った性根を叩きなおさねばなりません]


『……え?ち、ちょっと待ってくだされ……!?ソフィア殿!わかりました!命に従いますので……首根っこを掴むのだけはご容赦ください!!……あ、あ゛ぁ゛ぁ゛ァ……ァァ……ァ……』


「……ユミをバカにしたようなことをいうからいけないんだよっ」


 ハーデスは解説席に戻りたかったようだが……ソフィアはまだ許していなかったようだ。

 ソフィアはハーデスの首をムンズと掴み、そのまま引きずっていった。

 引きずられるハーデスをとても楽しそうな表情で見ていたユミが衝撃的だったが。


「じゃあ、レーナ。一緒にコロシアムまで行こうか。……というか、レーナは帰らなくてもよかったのか?」


「わたしはリーアみたいに人混みが苦手なわけじゃないからね。それに皆が帰るならパパを独り占めできるじゃない!?」


 レーナはそう言うと、俺の腰のあたりに抱きついてきた。

 9歳の柔らかくも高い体温を強く感じる。

 あぁ、もう!

 なんでレーナやリーア達はこんなにも柔らかい身体をしているんだ!


「ご、ゴホン!と、とりあえずコロシアムに行こうか。歩きづらいから抱っこにしような」


「あー、パパ照れてる〜。じゃあじゃあ、お姫様抱っこでお願い!」


「畏まりました、姫さま」


 俺は敢えて畏まった風に言うと、軽いレーナを抱き上げた。

 抱き上げられたレーナはきゃ〜と言いながら嬉しそうな表情を浮かべる。

 ……レーナと完全な2人きりってダマスク戦以来だな……。

 あの頃と違い、レーナは心身ともに強くなった。

 その事実に嬉しくなりながら、俺とレーナはコロシアムに向かうのだった。


 ▼


『おっと……ようやく登場かい?……ん?他の女性達はどうしたんだ?』


 俺とレーナがコロシアムに現れたのを見たギルドマスターは首を傾げた。

 進行役としては全員に出てきて欲しかったのだろう。


「全員で出てくるつもりだったんだがな……。どっかのギルドマスターが観客を煽ったせいでリーアが緊張してしまったんだよ。だからレーナ以外の4人は先に家に帰ってもらった」


 俺はため息をついて、ギルドマスターに説明する。

 あの煽りさえなければ、リーアもあそこまで緊張することはなかっただろう。


『それは……すまない。司会として場を盛り上げるための演出だったんだが……。後でリーア君に菓子折りを用意するとしよう。……さ、さて!気を取り直して、今回の模擬戦を開いてくれた旭君とレーナ君の登場だ!』


 ーーーーパチパチパチパチパチパチ!!!


 ギルドマスターの説明と同時に、会場から割れんばかりの拍手が巻き起こった。

 それにしても……気持ちの切り替えが早いな。

 ギルドマスターたるもの、気持ちの切り替えが早くできないと仕事が務まらないのかもしれない。


「うわぁ……。パパ、リーアを先に帰しておいてよかったね。こんな状況……リーアは絶対に耐えられないよ……」


「うん、それは俺も思った。模擬戦の時は観客が見えないようにしたが……今は普通に見えてるしな。あの時の判断は間違っていなかったみたいで安心したよ」


 俺とレーナは顔を見合わせて、どちらともなくプッと笑い出した。

 2人して同じことを考えていたことに吹き出してしまったのだ。

 変なところでも気持ちがシンクロしているらしい。


『さて、今回の主役でもある旭君から一言いただきたいと思う。申し訳ないが、こちらの解説席までマイクを取りにきてくれないか?』


「いや、その必要はない。……ただ今回はざわめきも大きいからな。……【クリエイト:マイク】」


 俺はギルドマスターからの誘いを断り、その場でマイクを創造する。

 ギルドマスターが使っているマイクも俺が創造したものだしな。

 取りに行くくらいなら創造したほうが早いということだ。


「さて……観客席の諸君!本日は俺とその嫁達による模擬戦を観に来てくれてありがとう!……ところで、何かおかしいとは思わなかったか?」


『おかしい……?おい、何かおかしいところはあったか?』


『いや、旭達の規格外の力以外おかしなところはなかったと思うが……』


『そういえば、模擬戦は5回連続でやっていたな。今何時なんだ?』


 俺の質問に観客は口々にどこがおかしかったのかを確認し始めた。

 近いところまで気づいている者もいるみたいだが……正解には辿り着けなかったようだ。


「どこがおかしかったかわからないか?……では、答え合わせをするとしよう!諸君、このコロシアムに入ったのは午前10時30分だ。……では、時計の針を確認してほしい」


「あー……そう言うことかぁ。パパ……いつの間に魔法を発動していたんだろう……?」


 レーナは俺の言いたいことに気がついたようだ。

 この場所は空しか見えない。

 そしてそれが意味するところは……。


『『『『…………時間が止まっているだと!!?』』』』


『ど、どういうことなんだ!?絶対に5時間くらいは経っているはずだろう!?』


『なんで1分も動いてないんだよ!?』


『まさか……旭は時をも操れるのか……!?』


 時計を見た観客達の戸惑う声が聞こえてきた。

 そう。俺はコロシアムに観客が入りきった頃を見計らって、【神威解放】を使用した後に、【遅延空間】を展開した。

 神格が付与された【遅延空間】は、普段の空間よりも時の流れが遅くなる効果があるらしい。

 なので、模擬戦を5連続で行なった今も、現実世界の時間は進んでいないのである。


「この魔法は時空間魔法だ。まぁ、時を操る魔法で相違ないな。なので、コロシアムから出ても日常に影響はないというわけだ。……俺からのささやかなサプライズだと思っていただけると幸いだ」


『『『『全然ささやかじゃない……ッ!!!』』』』


 会場はそんなどよめきの声が上がった。

 ……おい、ギルドマスターもなに唖然としているんだ。

 コロシアムの開催前に話しただろうが。


「さて、俺からは以上だが……レーナ。何か話したいことはあるか?」


「んー……そうだねぇ……。あっ……!」


 俺はレーナにマイクを手渡す。

 マイクを受け取ったレーナは……【狂愛】のオーラを全開にした。

 ……あ、これ宣戦布告するつもりだな?


「……わたしはコロシアムに来ている女の人に言います。わたし達のパパを誘惑とかしたら……ユルサナイカラ……」


『『『『…………こわい……ッ』』』』


 レーナの言葉に観客席は静まり返ってしまった。

 まぁ……レーナ達の【狂愛】は殺意も混ざるから……静まり返ってしまうのも分かる気がする。

 さりげなく風俗に行くことも禁じられたような気もしなくはないが、もとより行くつもりはないから……問題はないな。


「まぁまぁ、落ち着けレーナ。俺がレーナ達以外に靡くわけがないだろう?」


「うぅ……。パパはそう言うけど……。万が一があるでしょ?そんな人間は殺さなイト……」


 俺はそんなことを呟いているレーナを肩車する。

 レーナはいきなり肩車をされたレーナは驚いていたが、気持ちの昂りは落ち着いたようだ。


『さ、さて!レーナ君の忠告も身に沁みたことだろう!それでは、これにて模擬戦を終了する!諸君、ハイエンジェルと冒険者ギルド職員の誘導に従い、安全にコロシアムから出るように!』


 ギルドマスターの言葉と同時に観客が移動を始めた。

 ……これで本当に模擬戦が終了したんだなと実感する。


「パパ!わたし達もそろそろ帰ろう?リーア達が待ってるし!」


「……そうだな。【遅延空間】の解除を最期の観客がコロシアムから出た後に設定。……四神達も今回はありがとう。立っているだけだから暇だったかもしれないが、またよろしく頼むな」


『『『『ご主人の力の強さを改めて思い知ったぞ。次も我らに任せるがいい』』』』


 四神達はそう言って送還されていった。

 ……じゃあ、俺も帰るとしようか。


「【長距離転移】」


 俺はレーナを抱きしめ直して、リーア達が待つ我が家に転移したのだった。

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