Ep2.夏の朝ー後編
――告白したのは、もしかしたら、と思ったのだ。
ほとんど勢いで、口から滑り落ちたのだ。けれど、その瞬間、彼の顔が唖然として、それから真顔になって。
ああ、間違えた。
二度と、勘違いしない。もしかしたら、なんて思わない。
絶対に、自分を好いてくれるなんて、もう、勘違いしない。
***
カーテン越しの明るい光に目が覚めた。
慌てて目覚ましを探す、さまよう手が何かを振り落とす、同時に手にした端末が二時三十分を示していて、ぎょっとする。もう一度見ると、確かにPMの文字。
そして部屋に満ちるのは朝の光じゃない、午後の日差しだ。
「嘘っ」
慌てて布団を払い落として、それから気づく。
サイドテーブルには紙媒体のシフト表。リディアの勤務がペンで書き直されていて、今日から三日間は休みになっている。
その紙の重しになっているのは、スポーツドリンクのペットボトルとコップ。
口が空いているから飲んだのだろうか。
(……覚えていない)
頼りない足取りでベッドから足を下ろす。
その時落ちていた黒い上着に気づく。布団をはねのけたときに、落としたのだろう。
「……どうして」
拾い上げて、彼のそれを胸に抱きしめる。特殊防魔防弾仕様だし、男性用のそれはリディアにはずしりと重い。
意識を失う前に、
どうやってここまで連れてこられたのかは覚えていない。
布団がかけられていたのに、どうして上着が残されたのかもわからない。
トイレにむかう途中、しゃがんで冷蔵庫を開ける。
「……」
まるで病み上がりのように、足が衰えている。しゃがんだ姿勢で足がガクガク震えた。
あんなに望んだイオン系スポーツドリンク。間にりんごジュースとネクターが冷蔵庫には詰め込まれていた。
そして。
リディアは冷蔵庫の中に手をいれて、皿を取り出す。
お椀の中に、丁寧に櫛形切りに盛られたりんごがあった。
「……」
それをひとつとり、口先でかじる。シャリッと音がして、食欲がなかったはずなのに、それは素直に美味しいと思えた。
少しずつ残されたもの。意図を解くのはパズルのように難しい。
「……なんで……?」
つぶやいて、リディアはぺたんとお尻を床についた。
――今は、まだ。
耳朶に触れた声は、夢だろうか。
――謎は解けない。
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