Ep2.夏の朝(16歳)―前編

「熱い……」


 びっしょりとかいた汗が冷たくて目が覚めた。もそもそと上半身だけ起こして時計を見たら、午前二時。リディアは呻いてまた頭を枕に戻す。


 傍らの体温計を舌下に突っ込んで目を閉じる。

 しばし、意識が遠のくがピピッという電子音にゆっくりと目を開ける。

 表示は三十八度六分。ギュッと目をつぶる。


(しまった)


 ……熱が、全然下がらない。

 朦朧とした頭で、どうしてこうなったのかを何を考える。

 任務が終了して、寒気を覚えていたのにシャワーを浴びたのが悪かったのか。かろうじて身体と頭を拭いて、ひどくなった寒気から逃れるようにベッドに潜り込んだのは三日前。布団の中で寒気がおさまった代わりに、夜更けからは体温が上がり続け、ずっと身体が熱い、汗が引かない。


(あと四時間後は、任務だ)


 起きてブリーフィングに参加しなきゃいけないのに。

 呻いて布団から抜け出して、ふらふら頭が揺れるままに任せながら、引き出しを漁る。


「解熱剤……あったかなあ」


 意識も手つきもおぼつかなくて、全然見つけられない。というよりも恐らく在庫はない。

 三連休だったから、寝ていれば次の任務までは治るだろうって思っていた。

 なのに、この三日間で熱は下がらなかった。何度熱を測っても、三十九度と三十八度の間。


 薬は苦手だ。リディアの魔力の特性上、合わない薬は余計に苦しくなる。

 それに熱というのは、何らかの病原菌に対して身体が防御反応で免疫機能を高めるために、血液の温度が高く設定されたことによるものだ。

 すなわち、身体が戦っている。原因が除去されていないのに、解熱剤で無理に熱を下げてしまうと、その効果が切れた時に熱が再び再上昇することになりかねない。

 

リディアは、無理に熱を下げる必要がないときは、薬を飲まずに寝ることにしている。

 だから寝ていた。


 ――そして、今も熱が下がっていない。


(……任務、でなきゃいけないのに)


 もうタイムリミットだ。熱を下げて勤務にでなきゃいけない。

 しばし、ボーッと考える。

 メディカルラボにはリディアのデーターがあって自分でも飲める解熱剤を処方してもらう事ができるが、今は時間外。もちろん当直者がいて緊急事態には対応しているが、たかが熱だ。この程度のことで乗り込むわけにはいかない。


(……ろくじに……おねがいしてみるか)


 おそらくラボの当直者は仮眠からは起きているだろうから。

 六時に解熱剤を貰う。三十分ほどで効いてくるだろう。


 今回は、戦闘支援ではなく、治癒魔法師としての参加だ。多少、思考が鈍くても問題ない。ただ問題なのは今回のチームではリディア以外に蘇生魔法どころか、治癒魔法も使える魔法師がいないのだ。

 ――代わりがいない。


 なんとかベッドから出る。ふわふわとした身体を持て余し気味にゆらゆら揺れながら、タオルで背中の汗をふいて、水道をひねって水を飲む。


 一気にコップの水を飲む。甘露とはこのことか、と思う。


(……脱水、かも……)


 そういえば、水分を全然とっていない。だから熱が下がらない。


 リディアは無駄と知りつつ、冷蔵庫を開けて……呻く。

 任務後に買い出しにいこうと思っていたのだ、見事に何もない。


(こういうときは……スポーツドリンク?)


 飲む習慣がないから買い置きがないが、こういう時に必要なのだろう。

 寮の入り口には自販機があったはずだ、たぶんそこまで行けば手に入るだろう。


「よい、しょ……」


 リディアは立ち上がり、端末を持つ。わずかに自分の格好を見下ろす。


 夏だ。

 そして寝ていたというのもあって、キャミソールにハーフパンツ、以上。当然ブラジャーもしていない。


 部屋の中も外も静まり返っているのは、朝の二時という時間だから。


(……こんな時間だし)


 誰もいないし。


 ……普段ならば、絶対にこんな格好で出歩いたりはしない。


 でも、いいか。

 リディアはドアを閉じて壁に手を付き、フラフラと身体を揺らしながら、寮の廊下へと歩きだした。

 

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