第11話 結婚相手は未来の帝 其の九

 夕暮れ時、雲雀は煮えくりかえったはらわたを抱えたまま、牛車を走らせた。

「有宗!」

 やってきたのは、有宗が数名の家来とともにしばらく住み着くと言っていた、都の端に建つ屋敷である。

「なんだ、雲雀様ですか。こんな夜分遅くにどうしたんです」

 長旅の疲れで早寝していたのか、け眼で現れた有宗。

「話が違うっちゃ!」

 雲雀はその襟首をひっつかみ、手加減なしで振り回す。

「ぐええ。とりあえず落ち着いてください」

 屋敷のなかに入った雲雀は、今日あったことを余すところなく伝えた。

 東宮が暮明ではなく、幼い鈴鳴であったこと。

 女房に鬼が取りき、陰陽師の風御門雅親が対処したこと。

 暮明がすでに妻帯者で、その妻である鎬雨から宣戦布告まがいの挑発をされたこと。

 全て話し終わると、有宗はやれやれと耳をほじった。

「誰も、暮明親王が貴女の夫だとは言っていないでしょう」

「有宗……、きさん知っていたんね」

 雲雀にとってはどれもこれもひっくり返るほどの衝撃だったのに、話の最中も有宗はふてぶてしく、欠伸あくびをしながら聞くものだから怒りは一層高まっていた。

「頭領──貴女の父上から伝言を預かっていますが、聞きたいですか」

「聞きたくないが、言え」

「伝え終わったあとに斬らないでくださいよ。私だって、損な役回りなんですから」

 殺気を放つ雲雀に忠告したあと、顔をしかめつつ有宗は続ける。

「『武家と、我々双方が望んだのは一時的な休戦であって停戦ではない。跳ねっ返りの性格を撫子なでしこに作り直すには、八雲京はうってつけだろう』だ、そうです」

「…………要するに、この婚姻は」

「はい。ただの時間稼ぎです。三年も戦が続いたことで、武家の財政はひつぱくしています。とてもこれ以上、戦を長引かせられる余力はない。一方で、公家も兵の多くを失い、帝の病も重い。このままでは、いずれかが勝利したとしても、第三勢力が疲弊しきった勝者から全ての利を奪い取りかねません」

 第三勢力とは、公家、武家、どちらにも属さない地方豪族である。ひとつの勢力では武公に及ぶベくもないが、束になれば相当の脅威だ。

「そこで、妥協したわけです。一年ほど、休みにしようと。雲雀様の婚姻は、地方豪族達の目を欺くために仕組まれました。武公は争いをやめたのだ、二大勢力は盤石だ、そう思わせられれば良し、といったところですかね」

「元々、父者にはうちに家督を継がせるつもりはなかったんね……」

 武家は男がべるべきだ。父の側近の中では、そう考える者が多数を占めている。

 彼らの助言を真に受けて『たとえ雲雀が武士の中で最強だとしても、周囲が彼女による統治を認めはしない』と、父は考えたのだ。

 家督を継がせないと決めれば、雲雀を雄成岳においておくのは不都合でしかあるまい。

 下手をすれば、武家を二つに割ることにつながりかねないのだから。

「頭領にとっても大変な決断だったと思いますよ。雲雀様を愛しておられましたから」

「……どうだか」

 本当に一年後、再び開戦し、武家が公家に勝利したとしても、経緯を考えるに、雄成岳に雲雀が帰る場所は残っていないだろう。まして頭領の座は到底争えない。

 出家して、尼にでもなるしか道はない。

「これが犠牲、ということか」

 雲雀は、はめられたのだ。公家からだけではなく、身内からも裏切られて。

「犠牲と言えば、貴女あなたが結婚する東宮もあわれなものですね。彼が東宮でいられるのも、その一年だけと聞きました。そのあと、東宮は正式に暮明に引き継がれるそうですよ」

「それは……、そうやろうね」

 納得の筋書きだった。

 でなければ、仮初めの平和のためだけに、東宮の正妻、のちの中宮の座など差し出したりはしないだろう。鈴鳴は、公家にとって雲雀に当たる存在なのだ。

「結婚相手はどうでした? 少しは貴女を満足させられる男でしたか」

 落ち込んだ雲雀を珍しく思ったのか、妙に楽しげに訊ねてくる有宗。普段はいじめられる立場なものだから、調子に乗っているのだ。

「どうもこうも、しょうもない男たい」

「いいんじゃないですか。強くない男との付き合い方を学ぶにはもってこいでしょう」

 そんな無礼なことを言う男を斬る気力すら、もはや雲雀には残っていなかった。

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