第42話・パーン集落長ウェナティオ

 パーンの集落は今まで見たどの町や集落よりも変わっていた。

 まず、建物と呼ばれる建築物がない。あるのは大きな革製のテントで、集落と言うよりはキャンプと呼んだ方が正しいかも知れない。

 そして、頼みとなる家畜の存在だ。

 

「ランドタイガーにビッグバイソン、ミールボアにウィンドホース······どれも危険な魔獣じゃないか」

「わぁ、すごいわねぇ」


 両サイドを狩人に固められていたが、思わず声が出た。

 狩人は誇らしげに言う。


「彼らは私達パーンの狩人が使役するモンスターであり相棒だ。純粋な家畜もいるが、モンスターは主に乗り物や狩りのバディにするんだ」

「へぇ······」

「なーるほどね」


 よく見ると、小さな子供達も魔獣を連れている。

 赤ちゃん虎や牛、小さなポニーに跨ってる子供達だ。

 狩人は以外と親切に説明してくれる。


「ああやって子供の頃から魔獣と共に生活させる。そうすればどんな魔獣でも心を開いて家族のように接してくれるんだ」

「なるほど······それが魔獣を使役出来る理由なんですね」

「ああ。パーンの狩人と魔獣は切っても切れない関係なんだ」


 ここまで説明すると、狩人は俺たちに質問をしてきた。

 

「我々としては君たちの事が気になる。気象の荒いブラックシープをどうやって手懐けたんだ? こんなにも大人しく人間を背に乗せるブラックシープは初めて見たぞ。それにこの桃色の羊は何だ? 我々狩人も初めて見る魔獣だ」

「ええと······」


 ブラックシープの前をちょこちょこ歩くファウヌース。

 俺とアテナを乗せてのしのし歩くブラックシープ。

 傍から見ると変な組み合わせだよな。若い赤子連れの男女に黒と桃色の羊を連れた旅人なんてさ。


「まぁいい。話は長にしてくれ」

「は、はい」

「ねぇアロー、ルナにご飯あげなきゃ」

「そうだけど、少しだけ待っててくれ」

「あぅぅ、あう」


 おんぶ紐を前に掛け、ルナを優しく抱きしめる。

 ルナは嬉しそうにキャッキャ笑う。実に可愛らしい。

 すると、一軒のテント前で狩人が立ち止まる。

 

「到着だ。ここが長の家だ」

 

 魔獣の骨で入口が装飾されたテントだ。

 他のテントとは違い、大きさも他の倍はある。

 狩人の一人が中に入り、俺とアテナはブラックシープから降りて待つ。すると中から狩人が出てきた。


「入れ」

「······はい、失礼します」

「ファウヌース、シュバルツ、ノワール、ネロ、大人しく待っててね」

「は?······何だって? シュバルツ?」

「この子達の名前よ。いつまでもブラックシープじゃ見分けが付かないじゃない」

「·········まぁいいや」


 どうやらアテナは三匹のブラックシープに名前を付けていたようだ。

 まぁ別にいい。どれがシュバルツでノワールでネロなのか俺には区別が付かないが。


 とにかく、俺達はパーンの長のテントに入った。



********************



 テントの中は広い。椅子やテーブル、竈などの最低限の設備に、藁を敷いた簡易ベッドしかない。

 すると、カーテンで仕切られた奥から声が聞こえてきた。


「来たか、こっちへ来な」

「え、あ、はい」


 流石に驚いた。

 何故なら、聞こえてきたのが若い女性の声だったからだ。

 俺とアテナとルナは奥のカーテンを開けて中へ。


「初めまして。アタシがパーンの集落長ウェナティオだ。長いからウェナでいい」

「えと······初めまして、自分はアロー・マリウス。このマリウスの領主を任された者です」

「私はアテナ、こっちはルナよ。よろしくね」

「ルナ?······赤子か」

「は、はい」

 

 ウェナさんはぎりぎり二十代ほどだろうか、浅黒い肌にかなり鍛えられた肉体をしている。

 服装もかなりラフで、胸を覆うサラシに魔獣の革を加工して作ったようなズボンのみ。スタイルもかなりいいので目のやり場に困る。髪の色は真っ黒で長く、かなり乱雑に結ばれバンダナを巻いていた。

 俺とアテナは椅子を勧められて座る。


「赤子連れの領主か。夫婦で使者とはな」

「いや、その、夫婦ではありません。アテナは護衛ですよ」

「そうよ。勘違いしないでよね」

「そうなのか? ではその赤子は······いやすまん、どうでもいい事だな。まずは要件を聞こうか」


 ウェナさんは、なぜかルナが気になるようだ。

 俺の胸の中でスヤスヤ眠るルナを抱きかかえつつ、俺はこかに来た理由を書状の中と照らし合わせながら説明する。

 ウェナさんは相槌を打ちながら、俺の顔と胸元のルナを見つつ聞いていた。


「······そこで、この集落の家畜を分けて頂けないでしょうか。もちろんお礼はします」

「なるほどねぇ······ニケの集落が壊滅、そしてお前の集落と合流か」

「はい。畑や水田を作るにも家畜がいるといないでは違います。まだ病み上がりのニケの集落の人達では作業はキツいだろうし」


 ニケの集落の家畜は全滅だった。

 集落の住人も一気に増えるし、馬や羊は確保しておきたい。

 するとウェナさんはニヤリと笑う。


「いいだろう。家畜を譲ってもいいが、条件がある」

「本当ですか‼·········条件?」

「ああ。大した事じゃない、アタシ達パーンの住人もお前の集落に迎えて欲しい」

「······え?」

 

 予想外の条件に俺は固まる。

 するとウェナさんは説明を続けた。


「集落を見て気付いたと思うが、アタシ達パーンの狩人は一箇所に留まらず住居を転々とする。魔獣の繁殖期に場所を変えて狩りをして食料を備蓄するんだ。来たるべき冬に備えてね」

「ええと、つまり?」

「実は、次の住居先に向かう道が崖崩れで通行出来なくなってね、遠回りするルートもあるが危険な道になるし、鍛えられた狩人ならともかく、鍛えてない女子供を連れて進むにはリスクがある。備蓄の食料だけじゃひと冬越すには厳しいし、どうしたもんかと悩んでたんだよ」

「なるほど。そこで俺達の集落に」

「ああ、ひと冬面倒を見てくれたら家畜はプレゼントしてやる。それに冬が来る間、周辺の魔獣退治をしてもいい。アタシ達は狩りは出来ても作物は育てられないからね、冬でも作れる野菜や果物もあるんだろう?」


 なるほど。

 これから冬になるし、特定の魔獣は冬眠に向けて動きが活発になる。つまり集落が襲われたりする可能性もあるって事だ。

 狩猟民族であるパーンの人達は知らないだろうが、冬に種を撒いて育てる作物もある。冬は雑草も生えないし手入れも楽だしな。

 かなりの好条件だ、これは受けてもいいだろう。

 集落の敷地はかなり広いし、パーンの狩人達はテント暮らしだ。家を建てる必要はないだろうしな。


「わかりました。その条件でお願いします」

「交渉成立だね」

 

 俺は立ち上がり、ウェナさんと握手した。

 これで家畜問題はクリア、また集落に住人が増えた。

 

「こっちも支度があるからね、出発は五日後だ。それまではアタシの家を好きに使っていい」

「はい。ありが」

「ふぇ······ふぇぇぇぇんっ‼」


 突然、ルナが泣き出した。

 俺は慌ててルナを抱っこして身体を揺らす。だが全く泣き止まない。


「ああもう、何してんのよアロー」

「わ、悪い。すみませんウェナさん」

「いや······」

「ほーらベロベロ〜」

「ふぇぇぇぇんっ‼」


 アテナのベロベロも効かず、肩に停まったミネルバの羽ばたきもまるで効果がない。

 すると、それを見かねたウェナさんが言う。


「全く。なってないね」

「え?」

「貸してみな」


 ウェナさんは俺からルナを取り上げる。

 ゆっくりと慣れた動きで身体を揺らすと、ルナは徐々に泣き止む。


「見てみな、抱き方が悪いからこの子はぐずったんだ。それにほら」

「あ」


 ウェナさんが人差し指をルナの口に持っていくと、ルナは指をチュパチュパと音を立てて吸い始める。


「お腹が空いたんだねぇ、ちょっと待ってな······」

「ぶっ⁉」

「え、ちょ、何してんのよあんた⁉」


 なんとウェナさんは、片方の乳房をサラシから出す。

 俺は慌てて視線を反らし、アテナは驚いてその光景を見ていた。  


「心配しなさんな、アタシも元子持ちだ。使い道のない母乳だし、この子にくれてやるよ」

「······元、子持ち?」

「ああ。ダンナと赤ん坊だった息子は一月前に魔獣に食われてね······」


 思わず俺は聞いてしまった。

 とても、寂しそうな声だった。

 それ以上、俺は何も言えなかった。

 

「ルナ、美味しい?」

「小さい赤ん坊は母乳で育てるのが一番いい。アタシので良かったら出なくなるまで毎日くれてやるよ」

「ホント? なんだ、あんた見た目は怖いけど良い奴ね。ありがとう」

「ハハハッ‼ 正直な小娘だね、気に入ったよ」

「よーし、今度は私達の食事よ‼ アロー、準備しなさい‼」

「ああ、食事は準備させてる。酒は呑めるかい?」

「お、いいわね」

「·········」


 俺は思いきりため息を吐いた。

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