(6)11月23日10時36分

 …やってしまった。

 いや、やらかした、と言った方が正しいか。

 逃げられてしまった。

 眉をしかめてひどく怯えたような顔で、何も言わずに。

 少し、思い上がっていたのかも知れない。自分が告白すれば、断られたりなんてしない、と。でも、あのの態度は至ってまともだ。よく知りもしないクラスメイトに、不用意に近付かれたら、そりゃあ逃げるに決まっている。完全に失敗した。

 先ほどからスマホが絶え間なく震えている。

 電話か、メールか、その両方が、きっと何件も。相手は分かっている。休みの日はいつも買い物だ何だと連れ回されているのだ。わざわざ約束していなくても、彼女を優先させるのが当たり前の今までだった。

(……まだ別れてもないのに、付き合おう、なんて)

 逃げられたのは、その不誠実さへの、当然の罰のようにも思えた。

 ベッドに寝転んだまま、スマホに目をやる。

 履歴は無視して、例の動画をタップした。

『やぁやぁ! の山羊座の運勢はねぇ! 諦めちゃ駄目! 決断するなら今! グイ~ンと、下降からの急上昇! ラッキープレイスは公・園!』

「……」

 溜息を吐いて、スマホを握った手ごと、枕もとに投げ出した。

 その間にも2度、スマホが震える。

(決断……)

 このまま彼女と付き合い続ける事は、もう、出来そうにもない。素でいられない苦痛を思うだけで辛くなるし、何より、まかりなりにも彼女以外の人間に告白したのは事実だ。その答えが何であれ。

 もう1度スマホを持ち上げ、短くメールを打った。

 …公園か。

 行ってみるか。

 起き上がり、立ち上がる。

 軽く身支度をして玄関を出ると、今まさにインターホンを押すところだった彼女が、目の前にいた。

 今にも泣き出しそうだったその顔が、取り繕うように強気になる。

「メール。どういう事?」

 無視して歩き出した。

 この強気に飲まれて、いつも、言いたい事を引っ込めてしまうのだ。

 対峙したら、いつも通り、言いくるめられてしまう。

 押し切られてしまう。

 いつもいつも、その繰り返しだった。

「ちょっと! 話も出来ないワケ!?」

 後ろから声がついてくる。

 歩幅が違うから、彼女は少し小走りだ。すぐに呼吸が荒くなる。それきり言葉はなく、やがて公園に着いてしまった。

 呼吸を整えながら、彼女が回り込んできた。

「で? またなの? 何か嫌な事があるとすぐ『別れよう』って。悠くん、昔からそうよね」

「……」

「嫌な事があるなら言えばいいじゃない。いっつも人の顔色ばっかり伺って、我慢してるのが自分だけだとでも思ってるの?」

「……」

「ほら、まただんまり。言わなきゃ分からないわよ。エスパーじゃないのよ。何も言わないで分かって欲しいだなんて我が儘……」

「うんざりなんだよ」

 やっと、言葉が出た。

 間髪入れずにさっきの倍はきつい言葉が投げ付けられるかと思ったが、覚悟や恐怖とは裏腹に、彼女の口は半開きのままだった。

「そんな言い方」

 彼女もまた、それだけ言うと、

 きびすを返していった。

 望んだ通りの事なのに、そこには罪悪感しかなかった。でももう限界だった。先延ばしにしていただけだ。疲弊し切っていた。どちらも悪くない。筈、なのに。

 溜息なんかでは到底吐き出せないほど、胸の奥がどろどろしたもので膨らんでいく。ひ弱な心は、簡単に押し潰されてしまいそうだった。どうやってさらけ出すんだっけ、どうやって、誰に、何と言えば、

 誰か、誰か、誰か…!

「あ」

 彼女と入れ違いに公園の入口からひょっこりと顔を覗かせたのは、

「……椎名、さん」

 名前を呼ぶと、彼女はまたしても逃げ出してしまった。

「待って!」

 弾かれたように、追い掛ける。

 待って、逃げないで、怖がらないで、置いていかないで、

「わ……っ」

 追い付くのは簡単で、すぐにその腕を掴まえる事が出来た。

 互いに浅く呼吸を繰り返す、無音の間。

「こ、こないだは、いきなりごめん!」

 彼女は何も言わない。

「でも、冗談とかじゃ、ないから」

 彼女は何も言わない。

「前からずっと気になってて、それで」

 彼女が、おもむろにこちらを見た。

 恐る恐るといった様子で、

 しかし、真っ直ぐな目で。

「ほ、本当に?」

「本当に」

 彼女の言葉を反芻はんすうする。

 まだ彼女は困ったような照れたような表情だったが、

「最初はお試しでも何でもいいから、俺とーー」

 それはまるで、縋り付くような吐露だった。

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