(5)11月22日15時31分

 次の日はまともに姿を見る事も出来なかった。同じクラスで、休憩時間なんかには嫌でも視界にちらつく。それでも懸命に、笑顔を取り繕っていつもの輪の中に混ざってみせた。誰もそんな心の動揺には気付きもしない。そう、誰も、本当の心なんて見えていないし見ようともしないのだ。必要なのは、その場を盛り上げる為の『キャラクター』であって、空気の読めない本音なんて、誰も求めていない。今ばかりはそれで良い。なのに、いつもより心が痛いのは…誰かに気付いて欲しかったのか。誰でも良い、こんなに一緒にいるのに、誰も分からないのか。

 ああ、身勝手は自分も一緒だ。

 発信しようともしないで、周りのせいにして、勝手に傷付いて、勝手に苦しんで、一方的に壁を作って、取り繕って、それで『疲れた』なんて言う権利は、本当は、

「ゆーいちぃ! ちょい、おま、頼む!」

 仲の良いひとりが、授業が終わるや飛び込むように机にしがみ付いてきた。

「どしたの」

「日直っ、代わって! 頼む!」

「は?」

 顔の前で仰々しく両手を合わせると、肝心の理由も告げないどころかこちらの返事も待たず、彼はばたばたと走り去っていった。…やられた。

 体よく押し付けられたノートの束に視線を落とし、まだクラスメイトが多数残っているにも関わらず、つい、深く沈んだ溜息を漏らしてしまってから、慌てて表情を取り繕った。

(都合がいいだけ、なんだよなぁ……)

 「頼りになる」なんて、利用しやすいというだけではないか。ああ、でも、それもこれも、本音を漏らさず本心を晒さずにこやかに流されてきた結果、自業自得。

 また溜息を落としかけて、吸い込んだ息を思わず止める。それから、黒板に目をやった。右端の、日付の下に、今日の日直が書かれてある。掃除当番がささっと消してしまったが、名前はしっかり見えてしまった。

「う、っわ……」

 さすがにその声は寸前で堪える事が出来なかった。周りから「どうしたの?」と声を掛けられる前に、ノートの束を持って、すぐさま移動する。

「し、椎名さん。一緒にいこ……」

 声が上擦ってしまった気がする。

 だが相手も相手で、

「さ、坂本くん!?」

 立ち上がりかけたところで背後から声が掛かったから、驚いたのだろう。振り返りざま手が当たって机に積み上げられたノートがばさばさと床に落ちた。

 真ん丸と見開かれた大きな両目を真っ直ぐに向けられて、いつもなら何とも思わないのに、耐え切れずノートを拾うのを建前に、視線から逃げた。

「や、須田から日直代わってくれって言われてさー。まいっちゃうよね」

 言いながら、言い訳っぽく聞こえただろうか、と、いや、言い訳ではなく本当の事だ。何もやましくはない。でも、どうしても、意識しないようにと思えば思うほどに、逆効果である。ああ、もう、全部あの占いのせいだ、くそっ。

 拾い上げたノートを手渡し、連れ立って職員室へ向かう。それきり会話がない。思った通り、このの周囲はとても静かだ。だから心臓の音がやけに響く。何を話せば良い? 今まで相手に同調して「相手にとって必要な言葉」ばかり紡いできた口からは、いざとなると「自分の言葉」が出てこない。焦れば焦るほど、ぐるぐると思考が空回る。

(あ、ーー……)

 廊下を折れた先の階段を見て、例の動画の字幕が脳裏に蘇る。

 思わず立ち止まってしまった直後、

 背中に軽い衝撃。

「あ、わ、ご、ごめん!」

 ばさばさとノートが落ちる音に、ハっとして振り返った。ああ、拾ってあげなければーーと、すぐ傍にしゃがみ込んで、

 それから、ええと、

「……椎名さんてさ、彼氏いるの?」

 何を聞いてるんだ。

「か……!?」

 拾いかけたノートが、またばさりと床に落ちた。びっくりしている。そりゃそうだ。脈絡がないにもほどがある。自分でも何故このタイミングでそんな事を聞いてしまったのか分からない。もう、無言の間が1秒でも怖くて、

「そ、りゃ、いるかぁ。だよね、椎名さん、可愛いもんなー」

 今度はちゃんと、笑顔を作れただろうか。でも、嘘ではない。間近で見たその顔は、本当に可愛かったのだ。

「えっ、いやっ、いないっ、けど」

「……いないの?」

 折角の可愛い顔が俯いてしまった。ノートを掻き集める仕種に、自然と笑みが浮かぶ。

「じゃあ、さ」

 占いの事なんて、頭から飛んでいた。

「俺と付き合ってくれる?」

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