第一話【裏】 坂本悠一(16)

(1)11月14日18時27分

『ちょっと! 委員会終わるまで待っててって言ったじゃない! 何で先に帰るのよ!』

 女の金切り声には、本当にうんざりする。

「ああ、うん……ごめんね」

『謝ればいいと思ってるワケ? 悠くんて、いっつもそうよね』

 何をどう言ったところで、結局一言目で許された試しがない。

「うん……ごめん」

 それでも謝ってしまうのは、もはや習性と言って良いだろう。

 小さい頃から、家が隣同士という事もあって幼稚園からずっと一緒だった、勝ち気な彼女。内気な男の子じぶんを家来のように扱って、従わせて、連れ回して、

 それは彼氏となった今でも、変わる事はない。

「ちょっと体調、悪くてさ」

『……そうなの? 大丈夫?』

 さすがにそう言うと、声のトーンにも少しは心配の色が含まれた。そう、根は悪いではないのだ。面倒見が良くて、快活で、ちょっと我が儘なところも許されてしまうような可愛さがあって。

 そうしてやっと詰問口調から解放され、通話を終えたスマホをベッドに放り投げた。大きな溜息が自然と溢れる。吐き出しても吐き出しても、胸にどんよりと溜まった思いが晴れる事はない。…疲れた。最近ずっとこの調子だ。いや、とうの昔からそうだったのかも知れない。言いたい事も言えず、にこやかにしてさえいれば良いだけの、お人形ごっこのような日々。そう、まさに人形だ。『格好良く』て『優しく』て『空気が読め』て『頼り甲斐があっ』て以下略。それ以外は不必要。『ありのまま』なんて論外。

 彼女だけではない。周りを取り巻く連中は親も含めて多かれ少なかれ、そうしたレッテルを貼り付け、押し付けてくる。理想から踏み外せば、受けるのは強烈なバッシング。素の姿なんて、誰も欲しがらない。それが嫌でたまらなくて、でも孤立するのはもっと嫌で、仕方なく笑顔の仮面でやり過ごす、日々。

(ああ、でも……)

 ふと脳裏におぼろげな姿が過ぎった。クラスメイトの中に、絶対にその輪に混ざってこないが確かいたっけ。忘れた頃に、ふと目が合う程度の、休み時間にはいつも物静かに本を読んでいる、名前、何だっけ…。

(……何か、本当に体調悪いかも)

 ベッドに寝転んだまま、溜息をもうひとつ吐き出してから、重い瞼を閉じた。

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