【短編集】死神の三毛猫

野衣はくろ

第一話【表】 椎名基子(17)

(1)11月15日PM09:16

 テスト勉強がはかどらない。

 またしてもスマホに手が伸びる。もう何度目だろう。別段、見たいものがある訳でもなく、調べたいものがある訳でもない。所作なさげにだらだらと、画面の向こうに広がる他愛もない呟きをスクロールしていく。あるのは、ありふれた無個性の、ありふれた日常ばかり。興味ない。だのにこうして小まめに確認してしまうのは、ただの習慣なのかはたまた強迫観念というものなのか。

 続いて動画投稿サイトを開く。あーあ、これを見たが最後、テスト勉強とは小1時間ほどおさらばである。しかし口喧くちやかましい母親がいつ部屋に踏み込んできても言い訳出来るよう、右手にシャーペンを持ったまま、広げた教科書を右腕で押さえ、左手で器用にスマホを操作する。勿論ミュートはオンにしてある。

 ふと、スクロールする指が止まった。

「願いの叶うおまじないぃ?」

 つい声に出してしまった。語尾が馬鹿にしたような半笑いになる。サムネは黒の背景に白文字でそう記されているだけで、あなたへのオススメとして陳列する色とりどりの動画に混じって、それは明らかに毛色の異なるものであった。

 思わずタップしてしまった。

 数秒の読み込み後、再生が始まる。

 現れたのは、大きな猫の被り物で顔を隠した、恐らくは男性と思われる人物。両手を振る動作に加えて、『やあ、こんちは!』と字幕が流れた。ああ、これならミュートのままでもいけそうだ。

『今回は、君の願いを何でも叶えちゃう! 素敵なおまじないを教えちゃうよぉ!』

 大袈裟な身振り手振りは、子供向け番組の某おにいさんを思わせる。わざとらしさの中に愛嬌があり、どこか懐かしさと親しみ深ささえ覚えてしまう。

『用意するのは紙とペン! た~ったこれだけ!』

 いつの間にか手には紙とペンが握られていた。陽気なスキップでそのふたつを頭上に掲げ、それから画面にぐいと顔を寄せ、猫の被り物がウインクしてみせるような編集が入る。それが画面から離れると、またしても、いつの間にやら後ろには長机が置かれていた。また陽気なスキップで迂回して机の向こう側に立つと、仰々しく紙を置いてみせる。いちいちアクションがコミカルで、ついつい見入ってしまう。

『ペンの先で紙をトントン! 2回叩いてから、クルリ! とペンを回してね!』

 思わず右手が動いた。教科書の上にシャーペンの先をトントンと2回落し、親指の背にシャーペンを滑らせる。ペン回しは授業中によくやるので、失敗する事もなかった。

『あとは叶えたい願い事を紙に書く! た~ったこれだけ! ワオ! 簡単だね!』

 また鼻で笑ってしまいつつ、

(テストで100点取れますよーに、っと)

 教科書の余白部分にそんな事を書いてみた。

 書き終わって、スマホに目をやった時にはもう動画は終わってしまっていた。途端に馬鹿馬鹿しさと気恥ずかしさに襲われて、今さっき書いたそれに慌てて消しゴムを掛ける。

「何やってんだか……」

 大きな溜息で、消しゴムのかすが教科書の上から飛び散った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る