11 ARASHI WILL COME

 リミッター解除。


「そんな機能、あったのか」

『あったのだよ。口頭入力コードは――』


 射ち込まれる矢! ナガレは〈グランドエイジア〉を疾走させ回避。それを追走する〈赤〉〈白〉〈紫〉の〈ペルーダ〉。〈黒〉は弓に矢をつがえて〈グランドエイジア〉の動きを見極めようとしている。

 ナガレは動きを止めないことを意識しながら、駆けた。円弧の軌道も。3騎が追う。ジャララララッ! モルゲンステルンの鎖が〈グランドエイジア〉を阻むように伸びた。ナガレはそれを左のビームカタナ抜刀で払いのけた。鎖が絡みつくも、スイッチオフで刀身を消すことによりそれを防ぐ。

 だが疾走の速度に遅滞が生じる。やはりすぐ背後まで接近する〈白〉と〈紫〉。


 コチョウが叫ぶように言った。

 

『口頭入力コードは『ARASHI HAS COME』!』


 迫る敵。振りかぶられる金棒とナギナタ。猶予はない、サスガ・ナガレは叫んだ。

 

「『ARASHI HAS COME』!」


 その時、カルマ・エンジン音が変わる。ドッドッドッドッ――KKKYYYYYYYAAAAAARRRRRRRRRR!! 言うなれば低く重い唸り声が、金切り声の絶叫に変わった。

 巨人の唸り声から、竜の絶叫へ。その落差に、ドライバーのナガレの方が驚愕を禁じ得ない。

 振り向きざま、右のロングカタナを横薙ぎに一閃する。


イヤァーッ!」

 

 ――ザン! 大きく弾かれるナギナタの刃とモーター金棒! ――KKKYYYYYYYAAAAAARRRRRRRRRR!! 絶叫めいたエンジン音が他の戦闘輻輳音イクサ・コーラスを圧倒する!


「――何だこの声!?」


 サブモニタの各種インジケータがオート展開して騎体状況を知らせている。エンジン出力、反応速度、トルク、エネルギーゲイン、カルマKエネルギーEプールP、カルマ変換効率、レーダー性能、FCS精度――あらゆるスペックが向上していた。


 ブシュウゥゥゥ――同時に乱杭歯マスクのスリットから、冷却材の気化した蒸気が盛大に排出される。急速なスペックの上昇はやはり騎体に極度の負担を強いるのだ。新式イクサ・フレームの場合、余程の長時間戦闘でもなければ殆ど熱量を気にせずに済むが、今の〈グランドエイジア〉は完全に放熱が間に合っていない。実際騎体熱量監視モニタは刻一刻と赤に染まっていっている。


 各種インジケータの中でも一際眼を引くのは、赤いデジタルタイマーだ。3:00.00000……コンマ5桁まで表示された制限時間が目まぐるしい勢いで削れていく。


「このタイマー……ひょっとして!」 

『よくわかったな、自壊までのタイムリミットだ。さ、行け!』


 危険ヤバイ! しかし躊躇する暇はない! ナガレは顔を引きつらせながらペダルを踏み込んだ! ――KKKYYYYYYYAAAAAARRRRRRRRRR!!


 射ち込まれる矢――ほぼ同時に二本! だが残像を空間に刻んで〈グランドエイジア〉は〈ミカヅキ・ターン〉で回避! その速度は疾い……〈白〉〈赤〉〈紫〉が追従しきれず横へ抜けるのをみすみす許してしまうほどに!


『なッ!?』

『ぬッ!?』

『ゴワスッ!?』


 ナガレは敵の驚愕の気配アトモスフィアを気にも留めなかった。やるべきことはわかっている。


フンッ!」


 猛スピードで〈ペルーダ黒〉に肉迫! 叩き込まれる左回し蹴り!


『グヌゥーッ!?』


 クビ・ミンブは咄嗟に後退! ――バキィッ! 弓が盾となった! 複数のヒロカネ・メタル素材を組み合わせたイクサ・フレーム用のコンポジット・ボウは、蹴り如きでは砕けぬ! しかし間断なく、ナガレは軸足を入れ替えて勢いを借りたロングカタナで追撃! ――ザン! 斬って落とされる弓!


セイッ!」


 更に右の踵からの回し蹴りを放つ! ガン! 今度こそ〈ペルーダ黒〉への直撃! 後退する黒い騎体!

 

『兄者ーッ!』

『ミンブ=サン!』 

『ゴワスーッ!』


 他の三騎が接近する。

 ナガレは迎撃を仕掛けた。

 

 最も早かったのはモーター金棒の〈紫〉。BOOOOM! 唸りを上げて揮われた金棒がハンガーの骨組みを針金細工めいて捻じ曲げる。しかし〈グランドエイジア〉の影すら捉えることは出来ない。

 

〈グランドエイジア〉は跳躍していた。およそ有り得ぬ光景だった。イクサ・フレームが跳ぶ……!

〈紫〉の頭部を踏んで〈グランドエイジア〉は更に跳躍。

 

『お、オイを踏み台にしとうごつ!?』


 狙うは〈白〉。ナガレはシャウトと共に真直斬りを放つ。

 

イヤァーッ!」


 ザン! 〈白〉はナギナタのポールを防いだ。しかし実際威力の倍加した斬撃はヒロカネ・メタル製のポールすら真っ二つに断ち斬った。〈グランドエイジア〉は〈白〉への追撃を、しかし果たせない。蛇めいて襲い掛かる鉄鎖、鉄球、モルゲンステルン!

 

 ナガレは鉄球を躱そうとしなかった。ただ迎え撃った。ビームカタナで。――ザン! 左手による逆手の居合イアイだ! BKグリップからいつもの倍近くの威力を得たビームカタナの刀身が迸り、サイバー鉄球を捕捉した。一瞬だけの拮抗!

 左手のビームカタナを手放し、ナガレは迅速に踏み込みながら右手のロングカタナをV字に揮った。ザンザン! 〈ペルーダ赤〉の伸び切った鎖が三つに分断される!

 

『チェーストッ!!』


 背面から振り下ろされかける〈ペルーダ紫〉の金棒! ナガレは振り向きざまに横薙ぎの一閃! ザン! サイバー金棒が握り近くから真っ二つ! ついでに〈紫〉の左腕部をガントレットの半ばから斜めに斬断! 


『グワーッ!』

『させんッ!』


〈紫〉への介錯を読み、横合いから殴りつけてきた〈黒〉のロングカタナ! ギン! カタナとカタナが交錯! KKKYYYYYYYAAAAAARRRRRRRRRR!! 甲高く絶叫する〈グランドエイジア〉のエンジン! 押し込まれる危険性を察知したか、〈黒〉はバックステップで後退した。


 四天王が一所に集まり、腰のロングカタナを抜いて〈グランドエイジア〉と対峙する。


 ここまで経過時間は90秒。

 あまり良くない。ナガレは実際向上した騎体性能を御しきれていないのを自覚した。

 四騎はカタナを青眼に構えている。守りに徹する腹積もりだ。全く正しい戦術に違いない。何しろこちらは時間切れで自壊が約束されているようなものなのだから。


 アラシ・ウィル・カム。嵐が来る。しかしそこからどうするというのだ。

 

(お前が嵐を呼ぶんだよ、ナガレ)

 

 唐突に師匠ハチエモンの言葉がニューロンをよぎった。

 

 そう、答えなど一つしかない。果敢に攻めるしかない。自壊の恐怖も焦燥も消え去った。あるのは戦意と闘志だけだった。

 ナガレは心臓の鼓動と血の循環を自覚した。血を巡るカルマがT-GRIPを通して〈グランドエイジア〉にも巡ってゆくのをナガレは感覚した。初めてのことだ。

 騎体が己に。己が騎体に。人騎一体の境地。握るロングカタナに翠の炎が躍る。カルマ・エフェクト。極度にまで高まったサムライのカルマの証だった。


 揺らめく翠の炎に彩られたカタナを、上段に掲げる。今なら嵐を呼べる。そう確信していた。

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