5 ヤマトで一番怖い女

『帰投せよ、ナガレ=サン』

「あれ、逃していいのか?」


 ナガレが敵部隊を指して言う。尤もそう言いながらナガレは〈グランドエイジア〉のタネガシマライフルとドータヌキ・ザンバーをそれぞれ左右の肩部装甲懸架部にマウントし、戦闘速度から巡航速度へ移行させていた。空中戦は、陸戦よりずっとドライバーに消耗を強いるのだ。


『構わぬ。あれは何も知らぬ雑魚だ。本気で狩るつもりならば部隊をあのような編成にはせぬであろう。何より、わたしがいるというのに電子戦の用意もしていないなど!』


 コチョウは何故か憤慨したような口調だった。いや、ナガレもわかる気がした。要するに侮辱を受けた気分になったのである。コチョウが自分のスキルに誇りを持っていることは、ナガレもわかっていた。

 

〈フェニックス〉から牽引策トラクターワイヤーが投じられた。〈グランドエイジア〉は徐々に速度を緩めて牽引策トラクターワイヤーを掴み、それをガイドにして帰投する。


 ナガレが補水パックのチューブを吸いながら艦橋へ向かうと、コチョウがスクリーン越しに会話をしているところだった。相手はサナダ・カーレンである。ナガレは入室のタイミングを測った。

 

『やっぱりあいつら、一人か二人捕えて尋問インタビューした方がよかったんじゃない?』

「何も知るまいよ。お前様をここに呼んだのはダニエーラであろう?」

『そうだね。感謝しなさいよコチョウ。あたしとダニエーラに』

「わかっておるよ、感謝する」


 コチョウは一度語を区切って言った。


「あの傭兵は、恐らくタネガシマの小姑殿の示威行動だろう。お前には自由にさせないぞ、と。ダニエーラは今?」

『島から離れて、当分ほとぼりを冷ますつもりみたいだね。卵も持ってったそうな』

「強欲め」

『強欲はマツナガの血筋さ。ま、強欲さではあたしらも他人事じゃないが』

「我ら目標は世界平和、か。確かに強欲極まりないな」


 コチョウが自嘲めいて唇を歪めた。 


『で、アンタのとこの騎体なんだけど』

「いい騎体であろう?」

『うん、悪くはない。悪くはないんだけど、特別いいところもないって感じだよね』

「ほう、手厳しい。まあ元が元だからのう

『あれじゃあデータ取られまくりじゃないの?』

「古いデータなどいくらでもくれてやるわ。宇宙に出たら〈グランドエイジア〉はヴァージョン1から1.2にパワーアップだ!」


 いきなり大声を上げるものだからナガレもビックリした。コチョウが同意を求めるようにこっちを見ている。気づいていたようだ。 

「では紹介しよう。我が〈フェニックス〉号の物理戦力第一号、サスガ・ナガレである」

「ドーモ、サスガ・ナガレです」

『ドーモ、サナダ・カーレンです。コチョウから話は聞いてるよね』

「そりゃもう」


 ナガレは控えめにすぎる表現で言った。トヨミ系武装組織〈サナダ・フラグス〉副長、ヤマトで一番怖い女。 


 カーレンは数秒間ナガレをじっくりと舐め回すように見た。紅を塗った唇が、興味深げな笑みを浮かべている。ナガレは落ち着かない気分になる。


『うん、普通だね』

「お前様の好みではないだけであろうが」

『そうとも言う。で、どうだねコチョウ。その子、あたしのところに預けてみない?』

「何度も言っておるが、その件は断る。少なくとも、今は駄目だ」

『勿論今じゃなくて結構。考えてみてほしい、と言ってるんだ。ただ、そっちには切磋琢磨出来るドライバーはいない。けれどウチにはいる。そうだろ』

「それはそうだが……まあこの話は措くとして」


 強引にコチョウは話を切り上げ、別の話題に移った。


「そう言えばカーレン、お前様の甥っ子は?」

『あいつらまだ来てないんだよね……コチョウ、ちょっと通信するから回線貸してくれる?』


 カーレンが携帯通信端末インローを取り出した。チェーン店の無線回線を借りるような気安さである。コチョウが頷いた。


『それじゃあ……ハイ、ユキヒロ? 今どこ? ……え、空港? あン? ハイジャック? ナンデ?』


 露骨に溜息。


『ハァーッ……じゃあヨシノ=チャンに言ってさっさとブッ殺もとい片付けちゃいなさいな。フレーム出してもヨシ! 作戦? それはユキヒロ、アンタの仕事! 以上、わかったらチャッチャと殺れ! OVER!』


 通信終了。カーレンは携帯通信端末インローを切る。物凄い物騒な表現が出た? とナガレは思ったが、賢明にも口には出さなかった。

 カーレンが出し抜けに言った。


『じゃあナガレ=サン、稽古ケイコしようか』

「エッ」

『いいよねコチョウ、彼借りるよ』

「よかろう。ナガレ=サン、揉まれてくるがよい」

「エッ」


 カーレンが言った。


『やろう』


 コチョウが言った。


「やろう」


 そういうことになった。

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