ザ・ネーム・イズ・エイジア


〈フェニックス〉号艦内、格納庫。


 ハンガーに吊るされた〈グランドエイジア〉をナガレは見ている。


「こうやって見ると、随分ボロボロになっちまったなぁ」

「ボロボロにしてるのはお前なんだけどな、ナガレ=サン」

「整備班の皆さんにはいつも御苦労をかけております」


 殊勝にも頭を下げるナガレに対して、整備班長のジトー・ショージは不遜な感じで頷いた。イクサ・フレーム整備一筋40年のジトーは格納庫の王だ。現行量産騎種の殆どを整備してきた彼の知識には、所詮ナガレなど足元にも及ばない。実際、ユイ・コチョウもジトーに対しては一定の敬意を払っている。


胸部装甲むねの傷はナノウルシの修復機能でも直らねェなァ、ジスケよォ」

「重ね塗りしたって駄目だよね、兄貴」


 整備助手のノバシ・ヨサクとタノマ・ジスケが大声で会話をしていた。整備士としての腕前は自動修復マシンの方がマシといった程度だが、スラムドッグであった彼らは骨身を惜しまず働いてくれるので実際ありがたい存在だった。機械の修理や整備もオートメーション化が進んだが、将来的な修理・整備箇所の予測や未然の故障の防止など、人間の勘働きが必要になることは数多い。


「整備物資はないんですか、オヤッサン」

「十分じゃあないな。お前の頑張りすぎだ」


 ジトーは〈グランドエイジア〉の方へ目を向けながら、老眼鏡の下の眉根に皺を寄せた。


「インナーフレームにも結構なガタが来てる。この二ヶ月半でのお前さんの撃破数はざっと二十騎を超えた。はっきり言って、ドン引きのペースだぞ。最前線でもそこまでの数を短期間で斬った奴は、俺は知らない」

「……そんなに斬ってた?」

「斬ってるな」


 ナガレは咄嗟にどんな表情をすべきかわからなかった。必死になって戦ってきた結果だ。誇ってもいいはずだが、そんな気分にはどうしてかなれなかった。


「でもオヤッサン、サキガケ・ワタルの撃破数って100超えてるんでしょ? 3ヶ月で」


 ジスケが口を挟んできた。スキンヘッドに彫り込まれたサイバー入墨では、伝説のネオ歌舞伎役者カブキアクターハク・オーがイナセに明滅している。ジトーは大儀そうに口を開いた。


「ありゃ特殊な例だ。戦時中だったし、何より〈マツカゼ〉クルーが投入されたのは超が付く激戦区だよ。サキガケが戦死してもおかしくなかった」


 小太りで身長が低いジスケが、甲高い声を上げた。


「ワタルは死なねえよオヤッサン! あんなに強えンだもの!」

「……お前らアニメの話してンのか? そりゃ誇張されてるンだよ。――つうか、イクサ・フレームで食ってくつもりなら事実とフィクションの区別はつけろ! あと、各部ボルト締めとけ!」


 ジトーの叱咤に二人は慌てて仕事へ戻った。ジトーは大袈裟に溜息を吐いてみせた。


「ハァーッ……これだから義務教育くらいは受けさせるべきなんだ」


 ナガレは高等教育を受けている者でも事実とフィクションの区別がついていない例をいくつか思いついたが、口には出さなかった。四十歳以上に歳の離れた男との会話は、案外難しい。


「オヤッサンも見たことあります? 『機動武者エイジア』」

「いや。イクサ・フレームを見るのは仕事だけでいいと思ってな。セガレなんかはあのアニメのお蔭でメーカーに就職したが」

「『エイジア』アニメのお蔭でイクサ・フレームのプラモデルの売上が50倍になったってくらいですからねェ」

「何、お前も買ってンのか?」

「そりゃあもう」


 ナガレはかなり控えめに言った。実を言えば「何度目だエイジア」と言われる程に定番化した〈エイジア〉のモデルキットを結構な数収集していたくらいだ。流石に〈フェニックス〉搭乗以後は控えているが……。


 IFA-39V〈エイジア〉。

 アマクニ社製イクサ・フレーム。その名はヤマト星系入植時の播種はしゅ船〈エイジア〉号に由来する。主任設計者はヒラガー・ゲンサイ博士。不世出の天才と呼ばれた人物である。

 

〈ファースト・エイジア〉の闘いは波乱に満ちていた。ロールアウト直前にバロウズ軍の襲撃に見舞われ(一説にはエイジアの存在を見越した襲撃と言われる)、混乱の中搭乗したのが当時十代の新兵サキガケ・ヒカル准尉である。以降、歴史の表舞台に躍り出たエイジアとサキガケ准尉(当時)は多くの武勲を上げ、伝説を生み出してゆくことになる。


 TVアニメイシヨン「機動武者エイジア」も伝説の流布に一役買っていたに違いない。

 当時としては画期的なメカニック描写へのこだわり、ケレン味あるアクション、情感溢れる人間ドラマ、それをサキガケ・ヒカル始め彼の上官である強襲揚陸艦〈マツカゼ〉艦長のアガヤ・ウリヒト、終生の好敵手ラッシュモン・クランドなど魅力的な登場人物が彩り、番組は大ヒット。スケールモデルは増産が追いつかなくなるほどに売れ、社会現象を巻き起こした。コミカライズを始めとする書籍やゲーム等の多岐に渡るメディアミックス展開も奏功し、放送終了から三十年が経った今なおシリーズが続くイクサ・フレーム・アニメイシヨンの金字塔である。……


 ナガレのイクサ・フレーム・フリーキーは当然間違いなく「エイジア」のお陰だ。幼い頃に観たアニメでのエイジアとヒカル准尉の活躍に、どれだけ心慰められたかわからない。


「オヤッサン、サキガケ・ワタルとは会ったことがあるんです?」


 確かジトーは軍属経験も長かったはずだ。


「一回だけな。あいつの騎体も整備したことがある。その時は〈エイジア〉じゃあなかったが――何つったっけな、忘れたわ」


 ナガレはジトーの記憶力の良さを知っていた。何かあったことはすぐ気づいた。しかし穿鑿せんさくはしなかった。


「どういう人でした?」

「普通の若い兄ちゃんだったよ。まあ一般家庭の生まれだったが、少しも偉そうなところはなかったな」


 ジトーの答えはナガレにとって面白みのあるものではなかった。まあ仕方ない。ナガレは話題を変えた。

 

「〈エイジア〉と言えば、〈グランドエイジア〉もその系譜なんですよね」

「今更その話かい……まぁ、実際あれはアマクニ社の騎体だ。詳しいことは俺は知らん」

「やはりコチョウ=サンに?」

「そっちが早いだろうな」


 ナガレは格納庫を辞去した。

 廊下に出ると代理ウインドウモニタが外部の様子を映し出している。地上から天へと垂直に走る白い線。それは宇宙にまで届かんとする、途方もなく巨大な柱だ。赤道直下のタネガシマ島から伸びる軌道エレヴェータ「ミハシラⅠ」。そこが〈フェニックス〉の次の目的地だった。

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