19 ユカイ・アイランドの新しい朝

 ユカイ・アイランドに朝が来る。かつては来なければいいと思っていた朝が。

 ナスノ・カコにあてがわれた一室には窓があって、障子ショージ越しに太陽の光が差し込んでくる。エアコンと衣装ケースとTVしかない畳部屋に寝袋で寝起きしているのだが、地下での二ヶ月に比べれば極楽にも思える。あの部屋には窓すらなかった。

 

 イクサ・フレームが数騎暴れ回れば、その都市は地震と竜巻が同時に襲いかかった惨状となる。裏街道がそんな有様だった。死亡者百二十八名、重軽傷者七百六十三名。その人数が多いのか少ないのか、カコにはわからなかった。


 カコはジャージから仕事着に着替えて食堂に向かう。豆腐トーフ味噌汁ミソスープとカリカリ・ベーコンを添えた目玉焼きサニーサイドエッグ。黄色い着色料のタクアン。ヤマトに於けるベーシックブレックファーストだ。オカワリ自由のライスを食べていると、レンタルの通信端末インローが鳴った。


『ドーモ、ナスノ・カコ=サン。モトアベ第六地区です。ウチの現場に来てもらえますか? 手が足りないんですよ。しかもまだ何人か埋まっているようでして……』

「それは大変ですね! わかりました」


 食事を出来るだけ早く平らげ、現場に向かう。慢性的に作業員は人手不足なのだ。

 

 幸いモトアベ第六地区は歩いて十分もかからない。説明を受けたカコは準備されていた作業用〈アイアンⅠ〉に乗った。〈アイアンⅠ〉が大きなコンクリートブロックを抱え、集積場所に運んでゆく。

 カコはアルバイトをしている。イクサ・フレームによる瓦礫の撤去が主な仕事だ。

 ヤギュウ・クランによって救助された直後、カコは望めばすぐ自宅へ帰ることが出来た。それを拒否し、アルバイトをしてでもアイランド残留を決めたのは自分でも不思議なことだと思う。

 

 ……いや、不思議ではない、か。

 

 ユカイ・アイランドの裏側がどんなに汚れていたとしても、そこには人が生きている。そして自分というサムライを必要としている人がいる。そこから逃げ出すことは出来なかった。もしアイランドに連行されてすぐに救助されていたならば、カコは帰宅を迷うことなく選んだだろう。

 けれど……ずっとアルバイトとしてアイランドに滞在している訳にもゆくまい。家族には無事が知らされてあるだろうが、それ以上に学校の単位が心配だ。

 何しろカコはサムライとして生きることを決めたのだ。学業は疎かにできない。教科書も電子書籍で取り寄せてもらった。 

 銀河戦国時代が終わって百年が経つ。強い者が弱い者を食い物にすることが当たり前の世の中はもう終わったはずだ。しかし、その負の連鎖は現在進行系で続いていることを、列車襲撃事件からの体験を通じてカコは知った。ならば、それを終わりに近づけることが自分の役割ではないかと、考えた結果だった。

 

 仕事着のポケットには、いつでも「イクサ・フラワーズ」の単行本が入っている。それはカコを生まれ変わらせたものだった。現状に甘んじ続ける恥辱と、自由のために起つ矜持を教えてくれたものだった。未来を与えてくれたものだった。熱心なブディストが般若心経を手放さぬように、カコはこれを決して手放すことはないだろう。

 

 ヤギュウ・ハクアとは直接顔を合わせることはなかった。

 地下闘技場の客や運営は根こそぎ検挙されたらしい。ただし黒幕は今も逃走中という話だ。ハクアはきっと、彼らを追っているのだろう。いつか直接礼を言えればいいと思う。

 

 ……カコの人生を変えたと言えば。

 

 サスガ・ナガレはどうしているのだろうか。そう言えばあの〈ブロンゾ〉はヤギュウ・スタイルだったが――いや、まさかそんな偶然はあるまい。

 でもナガレが無事でいてくれればいい、と思った。彼もまた、カコに勇気を与えてくれた人であったから。ナガレ=サンにもお礼を言えたらな、とカコは思った。

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