13 なけなしの勇気と希望

『オットット! いいのかね! 君は!』


 癇に障る声の入電! カコはすかさず言い返す!

 

「うっさいハゲ! もうアンタの言うことは聞かない! わたしはウメチヨに恥じない生き方をすることに決めたんだ!」

『ウメチヨ!? ホモ漫画の!?』

「表層だけ見て本質も見抜けないウルトライディオットファッキンクソバカ! これだから嫌いだ! 死ねッ!!」 

 

 カコはキレた! 更に間髪入れずまくし立てる! これには相手も絶句したようだった。オトミやサッキが今のカコを見たら自我を疑い、カコに何があったか問いただしただろう。

 

 実際、「何事か」があったのだ。それがカコの眠れるカルマを目覚めさせたのだ。

 今までの彼女にはサムライとしての自覚など殆どなかったと言っていい。命懸けのイクサを知らぬ若いサムライの常だった。それが、今目覚めた。

 

『……そうか! 君はもう命は要らないというのだな! ならばヨシ!』

 

 通信機が完全に沈黙した。カコのニューロンから高揚が過ぎ去ると、代わって後悔がやってきた。もう少し上手く立ち回れたのでは?

 言ってしまったことは取り返しがつかない。それに、自分は誰にも恥じぬ生き方をすると決めたのだ。カコは後悔に押しつぶされそうになる心を強がりで立て直した。哀れに泣き叫んで許しを請うことが生き延びるための正解だったとしても、絶対にそんなことなどしてやるものかと思った。

 

 カコは爆発を覚悟した。命を懸けて意地を張れたことが誇らしかった。

 ただ、彼女は自分の帰りを待ち望んでいる祖母や母、弟といった人々には済まないと思った。ゴメンナサイ、お祖母ちゃん、お母さん。先立つ不孝をお許しください……不思議なほど心穏やかに、カコは〈バルブリガン〉の爆発四散を待った。


 いつまで経っても〈バルブリガン〉は爆発四散しなかった。

 

 ――あれ、戦える?

 

 × × × × ×

 

 ――ギン! ギン! ギン! ギン! ナガレの〈ブロンゾ〉は二刀流を用いて敵騎の攻撃を弾く! 凌ぐ! 捌く! 防ぐ!

 

 その年齢にしては質量共に驚くべき修羅場アシュラ・フィールドを潜り抜けているナガレだが、彼をしてもなお多対一のイクサは神経をいつも以上にすり減らす。更に今の敵は俄仕込みなりに連携が取れている。となれば、相手は成人サムライか。技倆ワザマエも練度も〈ヌッペホフ・テラーズ〉などよりは劣るだろうが、少なくとも未成人デュエリストよりは段違いでマシ。そんな相手だ。


 しかも、相手は現在一線で用いられている〈アイアンⅠ〉を始めとする新式量産騎カズウチであり、自分の騎体は調整すらろくろくされていない旧式の〈ブロンゾ〉だ。ナガレも防御に向いた二刀で防戦に回らざるを得ない。

 

 正面敵と切り結ぶ。敵が後方へ回り込む。ナガレは左のカタナを揮って牽制する。空いた左側を別の騎体が攻める。体捌きで躱す。更に別の騎体が距離を詰める。ナガレが右のカタナで斬りつける。カタナで受けられる。そこに別の騎体が斬りかかってくる。ナガレはかろうじて躱す――

 

 詰将棋ショーギ・コンポジションと呼べるほどの致命的正確さはないまでも、攻め手が次々と王手チェックを指してくるような戦況だった。どこぞかのVIPルームでこのイクサを観戦している者たちにとっては、〈ブロンゾ〉の詰みチェックメイトは時間の問題のように思えることだろう。

 

 ナガレはヤマダ・セイヤを名乗って地下闘技場のデュエリストをしていた際、対戦相手であった彼らの粗雑な剣闘チャンバラを無意識に侮っていたが――こうやって格段に不利な状況に陥れば全く笑えなかった。衆寡敵せず、粗雑な剣闘チャンバラ歩兵アシガル槍衾ヤリ・ファランクスでも数を揃えれば達人タツジンを殺す。ましてやその域に及ばざるナガレをや。――

 

 ――ザン! 〈ブロンゾ〉の左腕部が、関節部から断たれた。下腕部がカタナごとアスファルトに落ちた。

 

「チィーッ!」

 

 鋭く舌打ち! 同時にでナガレは旧型T-グリップを握る手の震えを自覚した。連戦の無茶が響いてきたようだ。

 撤退は認められなかった。未成人デュエリストを救うことが出来ないし、そもそも〈ブロンゾ〉の性能では今の包囲網を抜け出すことなど不可能である。

 

 ナガレは歯噛みしてカタナを構える。

 

 その時、銀色の光が視界をよぎった。

 カタナが〈ワイアーム〉の頭部に突き刺さっていた。

 包囲網の一角が僅かに崩れた。切り込んできたのは一騎の〈バルブリガン〉だ。

〈バルブリガン〉だけではない。〈リザード〉、〈ブロンゾ〉、〈ギサルム〉、〈ミスト〉――生き残った旧式騎が一斉に新式騎へ攻めかかったのだ。何たる無謀! 余りのことにナガレは呆気にとられた。

 

 ――ザン! 視界が傾斜した。具体的に言うなら、右の大腿部を斬られたことにより〈ブロンゾ〉の騎体が傾いたのだ。

 手を着いた。そこはバラックの屋根だった。崩れた家屋から、親子三人が必死の形相で出て来た。

 ニューロンが警鐘を鳴らす。影。上段から振りかぶられる〈エイマス〉のカタナの存在。振り下ろされる。不安定な姿勢で防ぐ。

 鍔迫合ツバゼリアイにもならない。〈エイマス〉と〈ブロンゾ〉、出力の差は明らかだ。ゆっくりとだが、着実に敵の刃がナガレの〈ブロンゾ〉に近づいてくる。

 

 突如として青空がかげった。――破壊KRAAAASH!! 濛々たる土煙、巻き起こる突風、揺れる地面――その衝撃に誰もが意識を奪われた。

 ナガレだけはその正体に気づいた。イクサ・フレーム投下ポッドのセトモノ・セラミック片が砕け散ったことによって発生するジャミングスモーク!

 脱出レバーを引く。背中から後方へ飛んでゆく球体型ポッド。

 同時に〈エイマス〉が〈ブロンゾ〉を袈裟懸けに押し切った。KRA-TOOOOOOM!! 役目を終えた〈ブロンゾ〉は爆発四散した。

 その爆風に煽られた脱出ポッドは流されてゆく。運良く、干からびた集合住宅ナガヤ・アパルトマンの陰でナガレはポッドから這い出た。

 

 ――轟音ゴオオオオン! オフロードバイクが唸りを上げて迫り来る。ナガレは一瞬警戒し、腰に提げた電磁木刀のグリップに触れた。

 

「ナガレ=サン!」

 

 その声は不思議と耳に届いた。バイクが近づく。すれ違いざまそのライダーが手を伸ばす。ナガレがその手を掴み、バイクに相乗りした。その顔はスモークバイザーのヘルメットで隠されていたが、ナガレにはわかった。

 

「コチョウ=サンか!?」

「応ともよ! 遅れてすまなんだ! 致命傷はないな!?」

 

 誰あろう、ライダーの正体は淑女L型筐体に赤いライダースーツめいた装束のユイ・コチョウであった! 彼女は部下へかけた苦労に対するねぎらいもそこそこに、戦闘継続可能かを尋ねた。


「無し! まだ行ける!」

善哉善哉ゼンザイ・ゼンザイ! では〈グランドエイジア〉の元へ向かうぞ!」


 × × × × ×


 やはり無茶だったか、とカコは思った。

 カタナを投げた後、カコは落ちているカタナを拾って前に出た。それにつられてか、あるいは勇気を振り絞ったか、未成人ドライバーも追従した。カコは感動した。自分のなけなしの勇気が子供たちを動かしたのだ! 彼女はそう信じた。


 しかしそこまでだった。出鼻から〈ワイアーム〉に右腕を落とされる〈リザード〉。左脚部を切断される〈ギサルム〉。一太刀も交えることなく頭部を砕かれる〈ブロンゾ〉。彼我の差はフレーム、ドライバー共に明らかだった。


 新式騎あちらの通信状況は知らないが、旧式騎こちらの通信機能は制限されている。何度か試しても無駄だった。それが図ったようなタイミングで同時決起出来たのは奇跡と言っていいかも知れない。……ただし奇跡は続かなかった。

 未成人ドライバーが騎乗した旧式騎が、恐らくは成人ドライバーが騎乗した新式騎に、為す術なく撃破されてゆく。それは実際、悪夢めいた光景だった。

 

 カコの〈バルブリガン〉が〈エイマス〉のカタナを受ける。〈バルブリガン〉がノックバックする。朽ちかけたアパルトマンに背中が押し付けられていた。

 

「グゥーッ……!」


 カコは唸った。逃げ場なし。しかもカタナはマニピュレータからすっぽ抜け、どこかへ行ってしまっていた。

〈エイマス〉がカタナを両手に握り柄尻を騎体に引き寄せ、刺突姿勢に構えた。コクピットを貫く構えだった。

 恐怖にカコの眼から涙が滲んだ。眼を瞑りそうになったが耐えた。最期の瞬間は眼を見開いておきたかった。それにしても自分の死神が一番好きなイクサ・フレーム〈エイマス〉だったとはね――カコは他人事めいて思った。

 

 突如として青空がかげった。――破壊KRAAAASH!! 濛々たる土煙、巻き起こる突風、揺れる地面――その衝撃に誰もが意識を奪われた。

 

〈エイマス〉が影になる。モニタにノイズが走った。それも一瞬のこと、土煙が吹き払われると〈エイマス〉は――なんと〈ブロンゾ〉になっていた!


「な……!?」


 流石にこれにはカコもビックリした。〈エイマス〉なのか〈ブロンゾ〉なのかわからぬが、敵ドライバーも咄嗟に訳がわからず、刺突姿勢のまま動かない。――ひょっとして、同じことが起こっている?

 

 その敵騎の背後を、白い騎影が走った。

 ――ザン!! 銀光が流れたと見るや、頭部が放物線を描いて地面に落ちた。それは紛れなく〈エイマス〉の有機複眼頭部だった。胴体から切り離されるのと同時に電子的欺瞞が剥がれたのだ――とカコは思った。

 

 カコは〈エイマス〉を斬首した騎体を見た。 

 白を基調に、薄紅のグラデーションを施されたナノウルシ・カラーリング――最も美しいと言われる量産騎カズウチイクサ・フレーム、その双眸ツインアイが艶めいて緑色に光る。

〈テンペストⅢ〉、そのヤギュウ・ハクア専用騎。

 

 ハクアは通信索を射出し、〈バルブリガン〉のカコを労った。

 

『良く頑張りましたね。オツカレサマ。ここからは、わたしがイクサを引き継ぎます』


 カコの緊張の糸がふっつりと切れた。彼女はそのまま気絶した。

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