7 乙女たちのイクサ

「ラッシュモン・クランドの再来?」 

 

 喫茶店「寿万慈」でメロン抹茶パフェを食べながら、ハクアが向かい側に座るクロエに訊いた。

 

「そう。タツタ・テンリューという男の、それが今のところの評価だ」 

 

 クロエはアイスド餡蜜アンミツマウンテン(大盛り)を口に運びつつ答える。

 クロエのテーブルの上にはモチ・トーストだのスシソバだのカツ丼などの皿やドンブリが重なり、更に椅子の周囲には無数の高級ブティックのエンブレムが印刷された紙袋や箱が陣地を組むように置かれている。

 ハクアも買い物はしているが、クロエに比べれば呆れるほど少ない。というか、クロエの買い物が驚くほど多かった。

 それもハクアが買ったのは自身の物ではなく、帯留オビドメカンザシなど、家族や家僕への土産物だ。ハクアには物質的な欲求が乏しい。


 これらを宅配サーヴィスに頼んで郵送してもらうつもりだし、万が一の時のため活動レポートも忍ばせてある。送り先には幾重にも偽装は施してあるのは言うまでもないだろう。


「知ってるよね、ラッシュモン・クランド」

「勿論。『バロウズ動乱』の首謀者」

「ラッシュモン侯爵クランド。戦国の覇王ウォーダン・ブナガーの曾孫。トヨミの救い主。〈エイジア・ドライバー〉サキガケ・ヒカルの宿敵。オーロラに消えた男――そういやアンタ『機動武者エイジア』見てなかったよね。今も即売会なんかでクラ×ヒカの同人誌うすいほんが出てる……」

「同人誌? 文学か何かですか?」

「あーそう来るかー……ドリーム女子による文学めいた怪文書は読んだことがあるけど……」


 後世の創作の影響もあって、ラッシュモン・クランドの逸話には虚実が入り混じり、歴史家の悩みの種となっている。また、金髪の美男であり流浪の貴公子というクランド自身の属性も、人の耳目を惹き多くの伝説を生み出すのに一役買ったことは否めない。


「……クランドの人生には謎が多いけど、タツタ・テンリューはそれほど謎って訳じゃない。タツタ伯爵に拾われた戦災孤児がたまさかに類稀なる才気の持ち主だったから養子になったってだけ。トヨミ系のエスカレーター式士立校に入って主席で卒業したのも確認されてる。剣の師匠センセイも〈剣聖〉カシウラ・バクデン。まさに純粋培養のエリート・サムライさね」

「そのエリート・サムライが、味方であるイノノベ・インゾーを売るのですか」

「テンリューは穏健派、イノノベは過激派に属する。疑問には思わないね」

「それにしても不思議ですね」


 ホット緑茶で喉を潤した後、ハクアが言った。


「何が?」

「〈トヨミ・リベレイター〉はトヨミ系過激派の最大派閥と言われます。その中でも派閥が生まれ、過激派と穏健派に分かれている。人間が寄り集まれば派閥が生まれるとは実際言われることですが、その中での縮小生産でさえやめられぬとは。不思議です」

「人間だからねぇ」


 クロエも茶を啜る。


「トクガも似たようなモンでしょ。ヤギュウ、フジワラ、クスノキ。三者は伝統的に仲が悪いし協調性もなく、年中ナワバリ・バトルをしてるよ」

「いつかその伝統が致命的な過誤を生むやも知れません。その前に」


 ハクアが底光りする眼でクロエを見た。


「悪しき伝統は、わたしたちの代で断ち切りたいものですね」


 クロエは溜息をついた。彼女の言いたいことはハクアもわかる。所詮自分はニンジャ、表舞台は自分の本領ではない。


「アンタには期待してるよ」


 ハクアは頷く。託されていることを感じて。

 

 × × × ×

 

 今度の敵は執拗だった。距離を開けてもしつこくくっついてくる。まるで幼かった頃の弟を思い出すしつこさだ。

 ナスノ・カコはイクサ・フレーム〈バルブリガン〉に乗っている。横長のスリットが縦に三つ並ぶマスクの下には左右等間隔に三つずつの眼が隠れている、なかなか凝った頭部の騎体だ。ただし、それ以外は粗雑極まりない。〈アイアンⅠ〉以前の量産騎カズウチイクサ・フレームとして。

 

 敵は〈リザード〉。その名のようにトカゲめいた頭部が特徴だ。これもまた、銀河戦国時代に濫造され使い潰されたイクサ・フレームである。

〈リザード〉のドライバーの技倆ワザマエは拙いと言える。カコは義理ではあるものの、イットー・スタイル免許ライセンス持ち。それだけに、わかるのである。

「敵」は若い。カコよりも。

 カコは暗澹たる気分になる。拙い剣術で必死に自分に食らいついてくる、弟みたいな年齢の子供。そんな子供でもイクサ・フレームに乗り、刃の潰されたカタナを手にしている。カコもまた必死にならざるを得ない。

 

 ――ガン! ガン! ガン! 脇目も振らぬ連続攻撃。その打撃はひょっとしたらジゲン・スタイルであるのかもしれない。拙いが、それ故に必殺の意志の籠もった連撃だ。カコも軽くはあしらえぬ。

 

 だが長くは続かない。敵の息が切れたのだ。

 ここはセンパイに倣うとしよう。


 ――ガン! カコの〈バルブリガン〉はヤクザめいた前蹴りを放った。〈リザード〉が傾ぐ。

 その頭部へ、カタナを振り下ろす。スイカめいて潰れるトカゲの頭。

 コクピットブロックに及ぶ前に剣威は止めた。カコをして会心の一手だ。

 Voooooo!! 勝敗が決したという証のブザーが鳴り響く。

 

「ハァーッ、ハァーッ……」


 荒い息を吐きながら、カコはセンパイに感謝する。アリガトゴザイマス、オトミ=サン。あなたが毎度のように仕掛けてくるラフファイトのお蔭で今日も生き延びることが出来ました。そりゃあなたのカワイガリは今もろくでもないと思ってるし部活でも嫌で嫌で仕方なかったですけれど……。

 

 カコはオトミやサッキが死んでしまったという実感を持てぬまま、地下闘技場にいた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る