8 穏やかなカオスと共に
大型ミルメコレオの爆発四散と同時に、エジタ水産中に配置されていた全ミルメコレオの機能が停止した。同期していたコアシステムの死によるものだった。
社長代行として君臨していた〈ピンクヒポポタマス・ヤクザ・クラン〉組長であるカバタ・フクオは二階社長室にずっといたらしい。
通報後、全てが終わってからやってきた軍警察は動かざる多脚戦車やその残骸などを確認すると、カバタが無罪ではあり得ないことを理解し、生き残りの子分と共に逮捕した。労働者たちは事情聴取を求められたが、不眠不休の労働を理由に帰宅を認められた。とは言え後日の出頭を約束させられてもいる。上手く説明出来るか誰も自信がなかったが、家路に就く安堵に勝るものもなかった。
若いサムライとイクサ・フレームは忽然と姿を消していた。ただ破壊の痕跡がその確かな証拠だ。
労働者は少し話し合った。
不安はいくらでもある。脳髄加工に偏ってしまったシフトの変更、不義理をしてしまった他社への詫び、壊れた備品の後始末、今後の給料、そして相変わらず苦しい会社の台所。新社長も決めなければならないし、そもそも会社の所有権が今誰にあるのかもわからない。
だが取り敢えずそれらのことについては明日の社員集会での議題ということにして、今ばかりは解放感と疲労感を抱えながら労働者は退社した。
ムエルタは朝日の中を歩く。外で日光を浴びたのは久しぶりで、いささか眩しい。
出勤してゆく知り合いとすれ違う。
「オハヨ。夜勤明けかい、ムエルタ=サン? オツカレサマだねぇ」
ムエルタは曖昧な笑みを返す。実際オツカレサマどころではないのだが、疲労困憊していてロクな会話も思いつきそうにない。そもそもこの男は誰だった? 名前すら思い出すことも諦め、彼は「オハヨ」とだけ返した。
オテニ・ストリートにはいつも穏やかなカオスが霧か霞のように漂っている。
立ち並ぶバラックよりマシな程度の築三〇年オーバーのナガヤ・アパルトマン。道端に転がる
およそ見慣れた日常光景。かつてはムエルタもこの日常を嫌悪したが、結局四〇になっても離れることは出来なかった。一生この街で暮らしてゆくことになるだろう。
自宅に近づく。十五年間ずっと暮らしてきた
「アキジ、
彼は息子に声を掛けた。息子が雷に撃たれたように立ち上がる。
「父ちゃん?」
「
「オカエリ、父ちゃん!」
アキジは父に抱きつき、大声で泣いた。父は息子の頭を撫で、こみ上げる涙を必死でこらえた。父親は息子の前で泣いてはいけないのだ。
「どうしたの、アキジ? 朝っぱらからそんな……マァ、お父ちゃん!?」
朝食の準備をしていたらしい妻が玄関先の様子を伺い、驚愕に口を覆っていた。
「
「母ちゃん、父ちゃんが帰ってきたんだよ」
涙と鼻水を手で拭いながらアキジが言う。妻も夫の帰宅に涙ぐんでいた。
「オカエリナサイ……お父ちゃん、お腹減ったでしょ、もう少しで
涙を恥じるように背を向け、母は台所に戻ってゆく。「ウン、ウン」と父は頷く。「腹減ったね」と息子が笑う。父は息子の頭を撫で続ける。
生きていてよかった、とムエルタの家族は思う。
× × × × × × × ×
電子戦艦〈フェニックス〉号、工作室。作業着のユイ・コチョウが火花避けのゴーグルを外しながら電気ノコギリを作業台に置いた。
「結論から言うと、重要なのは〈ミルメコレオ〉ではなく、〈ミルメコレオ〉をコントロールするシステムなのだ」
手術台にも似た金属テーブルに機能停止したミルメコレオが置かれていた。戦闘に関与していない車輌を見繕って回収してきたのだ。胴部を開かれて電脳が剥き出しになっている様子に、なんとなくエジタ社地下の開頭バイオイルカを思い出し、ナガレは少し嫌な気分になる。
「……生物学的にはクジラとイルカは同じクジラ科の生物だ。そしてクジラは地球時代からそのエコーロケーション能力によって数百キロ離れたクジラと会話し、個体識別すらしていたと言う。その遠隔会話能力を拡大解釈し、では量子脳理論によって広域ネットワーク化することは出来ないか――と、これが発想の原点さ。かくてこれらのシステムは〈A.B.Q.システム〉と呼ばれている。またの名を〈ア・バオア・クゥ〉――勝利の塔の守護者と」
ナガレはふと、今まで疑問に思っていたことを口にする。
「コチョウ=サンは、どこまで知ってるんだ?」
コチョウはニヤリとする。
「知っているところまでだよ。長年〈セブン・スピアーズ〉を追い続けてきたのさ、私は。続けていいか?」
「うん」
「よし。まあABQはまだまだ未完成だ。とは言えサンプルが眼の前の一台だけではどこまで進捗しているのかは想像がつかん」
コアシステムを積載していたと思われる大型ミルメコレオは爆発四散してしまっている。
「最終的にはどうなる?」
コチョウはミルメコレオの電脳を見据えながら言った。
「イルカ・ブレインを介した量子通信、そして複数電脳による並列計算」
ナガレが「……?」という顔をしたので、コチョウは補足説明をした。
「ネットワークさえ繋がってしまえば、ヤマト全星どこにいても距離や時間も関係なく、通信が可能だということだ。後者についてはまあ言うまでもあるまい。早い話が、イクサ・フレームの性能が段違いに向上する」
ナガレは与えられた情報を少しずつ咀嚼するように考えた。その結果、
「戦争が変わる……?」
コチョウは首肯した。
「左様。新しい戦争の時代の到来だよ……ハァーッ……」
そして、溜息を吐く。
「その行きつく先は非正規戦とか非対称戦とかいう、民間人をも巻き込んだ終わりの見えない戦争さ。旧地球時代の繰り返しだよ。全く、ファースト・ショーグンもサムライ・ヴァルハラで嘆かれるだろうな。自分たちが必死でサムライの
〈ファースト・ショーグン〉タケウチ・ムラマロは、戦争をサムライのみで完結することにこだわった人物だった。その為にイクサ・フレームが創られたとも言われる。それは無意味に戦争を拡大しないための仕掛けでもあった。科学技術、ひいては兵器が行き着くところまで行き着いた末に廃墟と化した地球時代の過ちを繰り返さぬために――
ナガレのニューロンに閃くものがあった。全く予期せず核心めいた予想がニューロンに浮上したのだ。
「コチョウ=サン、〈サラマンドラ〉ってもしかして――熱核兵器のことか?」
コチョウは驚いたようにナガレを見た後、また頷いた。
「……良く気付いたな。まぁ、その通りだよ。ショーグネイションとは即ち、そういった
ナガレは幻視する。小型のミサイルランチャーを背負ったミルメコレオの群れが都市に押し寄せる。イクサ・フレームがいくら薙ぎ倒そうが多勢に無勢。ミサイルが発射される。恐ろしい赤と黄色と黒の火球が膨れ上がる。空には茸雲――
ナガレは訊いた。訊かずにはいられなかった
「コチョウ=サン、アンタはサラマンドラのデータをどうするつもりだ?」
「――正直扱いに悩んでいるというのが本音だ。何せ原始的な原子爆弾は地球時代の二〇世紀半ばには完成し、実際使われたりもしたのだ」
「造ろうと思えばどこでも造れると?」
「そういうことだ。……ミルメコレオといい、事態が予測を超えてずっと深刻だったことに困惑しきりだよ」
コチョウはいつまでも消えぬ頭痛に悩まされるような表情をした。
ここまで来れば〈セブン・スピアーズ〉という言葉が別の意味を帯びて来た。戦争の様相を一変させかねぬ七つの兵器。それは確かに槍めいた奇想だ。
「とは言え、このままほっぽり出す訳にもゆかぬ。……手伝ってくれるか、ナガレ=サン?」
「一度乗った船だ。それに」
「それに?」
「トヨミ過激派の邪魔をしていれば、マクラギ・ダイキューとまた出くわすこともあるかも知れない」
「……そうよな」
コチョウが口元に苦笑を浮かべた。
「では、やるべきことからやるとしよう。幸いにして、ピンクヒポポタマス・ヤクザ・クランから入手したデータがある。そこから手当たり次第に当たるのだ。列車襲撃事件で拉致された研修生たちも放ってはおけぬしな」
コチョウは顔をしかめた。
「……体調不良になりそうだ。ナガレ=サン、わたしは休む。オヌシも休むが良い」
コチョウは自室に戻っていく。
その背中を見ながら、ナガレは買ってきたイルカ・キーホルダーを取り出した。金属製、三頭並んで水面を泳いでいるレリーフイルカは親子のようにも見えた。コチョウに渡しそびれてしまったものだ。必要かどうかはともかくとして。
そして、聞きそびれてしまったこともあった。
サスガ・ナガレは多分イルカの夢を見るだろうけれど、サイボーグは何の夢を見る?
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第4話「ドゥー・ドルフィンズ・ドリーム・オブ・エレクトロニック・パイレーツ?」終わり
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