5 蟻地獄の人々

「Aeeeeeeee!!」

「Aeeeeeeee!!」 


 金属蟻は弾幕を張り巡らし続ける! ――DRRRRRRRRRRRRRRR!! 弾頭がスライスマシンを破壊! モーターが弾け飛び火花を散らす!

 

「蟻ってアレか!?」


 ナガレは冷蔵庫の裏に身を隠し、断続する銃声に負けじと近くのムエルタに呼びかけた。


「ヤクザはあれを〈ミルメコレオ〉と呼んでました! ライオンと蟻のあいの子、人食い蟻だって!」


 ミルメコレオ、その名前にナガレは覚えがあった。古き聖典の誤植から生まれた怪生物。しかしマイナーな非ヤマト語圏由来の名前は、ヤクザにしてはちとネーミングセンスのIQが高過ぎる。 


 冷蔵庫の角が弾けた。弾幕の途切れ目を見計らい、ナガレはジャケットの懐から取り出した手榴弾を投げつける。戦車の足元へ転がす。――BAAAAANG!! 胴体の下から爆発が巻き起こり、車体は浮き上がって天井、そして床に叩きつけられる。多脚が弛緩し、機能停止を示す。

 アリガトよ、コチョウ=サン。でもこれ、通常時屋内で使うにはちと火力過剰じゃないか? 助かったからいいけど。


 労働者を集め、怪我人がいないか確かめた。全員無事なようだ。ついでに言えばヤクザも無事だった。誰だ助けた奴は……そう言いかけて、情報収集を思いつく。

 

 とは言え、後回しだ。ヤクザ二人共強化プラスティック結束バンドで後ろ手に縛り、うっちゃっておく。ナガレは耳元のテープを気にした。コチョウとの通信は途絶えたままだ。仕方ない、一人でやらねば。ナガレはムエルタに尋ねた。

 

「あの蟻戦車で脅されてたのかい」 

「ハイ。いきなり彼らが乗り込んできて……」 

 

 先代社長生前のエジタ水産は、表向きは健全経営であったが実際にはかなりの借金があったらしい。リストラを拒否して銀行から融資を打ち切られ、やむを得ず闇金融に手を出したのだ。病死の間接的な理由も借金苦のストレスであったとか。

 先代社長の急死もあって後継者は定まっておらず、混沌のうちにエジタ水産に〈ピンクヒポポタマス・ヤクザ・クラン〉が乗り込んできたのだった。

 

「奴らは横暴でした。罵倒や殴る蹴るは当たり前、給料すら誤魔化し始めました」


 ヤクザは辞表すら受け付けなかった。更にはノルマの名目でイルカの脳髄加工に一本化することを決めたのだ。これには不可解と理不尽を感じた社員も現れた。

 老人は悔恨の表情で言った。

 

「朝礼の時じゃった。〈ミルメコレオ〉で、見せしめにしてその社員を殺したのじゃ。逆らえばこうなるぞ、とな。ワシが代わりに行くべきだった……」


 ナガレだけでなく、加工所の社員全ての眼が横たわるヤクザ二人を見た。その視線には容赦という概念が欠落していた。

 ムエルタが視線を引き剥がすようにし、続ける。

 

「加工したものを何に使うかは全く知らされませんでしたが、〈ミルメコレオ〉にはイルカ・ブレインが入っています」

「自律行動型?」

「プログラムされたものではないようです」


 ナガレの視線が多脚戦車の残骸に向く。マットグレーの車体は群れから外れて死んだ蟻めいて機能停止していた。起動時で高さは二メートル前後、全長は三~四メートルほどであろう。人が乗るスペースはどう見てもない。


「脳の出荷先は?」


 誰も知らないようだった。 

 次はこっちに尋問インタビューといこう。気付けは電磁木刀。起こすのは一人でいいだろう。刀身を蟀谷こめかみに当て、軽く電流を流す。――バチッ! すぐにヤクザが飛び起きた。

 

「……アバババッ!?」

「オハヨ」


 正座セイザ姿勢で硬直するヤクザの額へ、ナガレはゆっくりとハンドガンPJ-1600を突きつけた。ガンマニアではないが、少なくとも尋問インタビュー用小道具としての使い勝手は木刀より遙かにいい。案の定すぐに黙ってくれた。


「余計なことは何一つ聞きたくないぞ。お前が喋っていいのはイエスかノーか、それだけだ。あとだんまりも、嘘もよくない。わかったか」

「い、イエスだ」

「よろしい。お前はピンクヒポポタマス・クランの構成員か」

「い、イエス」

「あの残骸の元、アレをここで造っていた?」

「ノー」

「お前はどこからアレが来たのかを知っている」

「ノーだ。……いやマジだマジで!」

「それにはイルカの脳が使われている」

「イエス」

「イルカの脳がどこに出荷されるかお前は知っている」

「ノーだ!」


 ナガレは銃口を額へくっつけることにした。

 

「だからノーだって! 本当に知らねえんだ!」

「じゃあそれを知っている奴をお前は知っている。イエスかノーか」


 返答は沈黙。

 銃口を押し付ける。男はしめやかに失禁した。

 

「だんまりはよくないと言ったよな? まあどうせイエスだろうが」

「…………」


 ヤクザは沈黙を貫くつもりらしい。ヤクザのルールでは親分オヤブン兄貴アニキと言った上位者を売り渡すことは明確な反逆と見なされ、指の切断ケジメあるいは破門ハモン、最悪切腹セップクを免れ得ぬ悪徳行為だ。制裁パニッシュメントを逃れてもヒットマンを仕向けられることもあり、生き延びることが出来てもヤクザとしての信用を完全に失う。

 これ以上つついても何も出まい。ナガレは質問を変えることにした。

 

「では別の質問をしよう。――ミルメコレオを何体持ち込んだ? 一体だけじゃないはずだ」 


 ヤクザの眼が見開かれた。脂汗が浮いている。つつかれたくないところをつつかれた――そんな顔だ。


「ジイチャン、聞きそびれたんだけどさ……こいつらがミルメコレオでやろうとしたことは?」


 ヤクザに眼と銃口を据えたまま、老人に話を振る。

 

「奴らは……街中にミルメコレオを解放するつもりだったんじゃ」


 ナガレの目尻がぴくりと動く。引鉄を引かないのにある程度の自制を必要とした。

 社員からの反応はない。とうに知っていたらしい。

 男は沈黙を続ける。

 ナガレが問う。


「じゃあ最後の質問だ――お前がだんまりを続けているのは、奴らを待っていたからか?」


 ナガレは銃口を男の額から外し、戸口へ向けてぶっ放した。BLAM! 乾いた金属音を立てて弾かれる銃弾。ミルメコレオが頭部を覗かせている!

 ナガレが手榴弾を投げるより早くヤクザが飛び出た。思わず投げるのを躊躇する。


馬鹿イディオット! アリンコには顔認証システムがある! 俺は殺されねえ!」


 ミルメコレオの前にヤクザが立ち、叫んだ。

 

「よし、イイコチャンだ。奴らを殺れ!」 


 ミルメコレオが左前脚部を動かした。――BANG!! ヤクザの頭が丸ごと血肉の霧と化した。電磁ハンマーだ。頭部を失ったボディがずるりと崩れ落ちる。

 

「嘘つきめ。いや、そりゃ卸した奴らか?」

 

 呟きながら手榴弾を再度投擲。

 ――BAAANG!! ミルメコレオは壁に叩きつけられて機能停止した。


 息を吐く間もなく、ミルメコレオが三度みたび加工所に姿を現した。それも、同時に四体!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る