3 魔法のウィークポイント
一同はイルカ料理専門店「トモヒデ」に入った。
メニューに書かれた値段は間違っても安いとは言えない。それにあまり身なりの良くない少年の姿にウェイターも訝しげな眼を向けたが、コチョウが持っているタネガシマ系列社の黒いクレジットカードが店員の反応を慇懃なものにさせた。
なおブラックカードの名義は「ヤマダ・ナオコ」。同じものをナガレも持たされており、こちらは「ヤマダ・セイヤ」名義になっている。
最年長(で、あるはず)のコチョウの筐体は10代前半の少女型ゲイシャドールのままであり、服装は某有名女子校のブレザー姿だ。イルカチャンが好きで好きで好きでたまらなくて将来的にイルカ産業に携わりたい、という女学生の個人的な社会科見学を装い、聞き込みに回っていたのである。ナガレはその兄にしてボディガードという訳だ。
当初ナガレは年齢を考えろと思わぬでもなかったが、見目麗しい女学生が
であればナガレにはもう言うことはない。
さて、個室に招かれた一同の前には多彩な料理の皿が並んだ。イルカステーキにイルカの刺身、イルカの煮付けにイルカスキヤキ、イルカの煮凝り、イルカ・スシ。食用に調整されたイルカの珍味の数々をナガレは味わった。日頃栄養状態が良くないのか、少年は味などお構いなしにかき込んでいた。
「ま、食欲旺盛なのはいいことだ」
コチョウもイルカ・ソバを啜りながら言う。本来彼女はサイボーグなので常人と同様に食物を摂取する必要はないのだが、それでも食べるのは実に精神衛生のためだった。サイボーグにも苦労はあるのである。
「ここらのイルカ需要で今のように活況だがな、30年ほど前までは酷い有様だった」
コチョウが語り始める。
戦災で高濃度カルマ汚染された土地。環境破壊の果てにバイオバスしか棲まぬ湖。腐りかけたイルカの肉を食い、春を
「ここを再開発したのはタネガシマ社だ。ヤナーシュ出身の役員がかなりテコを入れたらしい。50年計画だよ。有害カルマを薄め、環境破壊された湖をナノテックで清めてバイオイルカを繁殖させ、企業を誘致して工場を立て、治安を良くして仕事を増やし、ヤクザやバイヤーを更生させた……」
「お手本みたいな地域活性化だな」
ナガレの生まれる以前にシュヴァ湖周辺を舞台としたアニメも作られ(その当時は治安や経済状況もよくなりつつあった)、何度も再放送される程度には周知された。「魔法のイルカチャン・ジュニチ」。画作りはやはり古臭いが、バイオイルカのジュニチと心を通わす少女ウサギをはじめ、キャラ同士のやり取りが時にシュールで面白かった。
記憶の傷がちくりと痛む。定時に流れるこれを、チーム・フェレットの面子でなんだかんだ言いながら楽しみにしていたのだ。
「そんな訳でここらはタネガシマの傘下企業が多数派だし、実際いい関係を築いているのだが……近頃妙な話が出てきたらしくってな」
「ヤクザだよ」
イルカスープを干して少年が言う。
少年の名前はムエルタ・アキジ。シュヴァ湖の近辺、オテニ・ストリートの住人だ。
「エジタ水産が資金繰りに失敗して、ヤクザに乗っ取られちまったのさ」
何でそうなったかはアキジにはわからない。ただ、気付いたらヤクザがやってきて、会社は乗っ取られた。
「ひどい条件でコキ使ってやがるんだ。俺の父ちゃんもそこで働かされてる。もう何日も帰っていないんだ」
「警察は?」
ナガレの問いにアキジは首を振った。
「行ったさ。でもアテにならない。残業が溜まってるんだろう、だってさ。何日分だよ、それ? 俺だって労働基準法くらい知ってるぞ」
行き場所のない怒りをアキジが吐き出す。
「それでアキジ=サンは父ちゃんを返せと乗り込んだ訳か」
「うん。でもそんな奴は知らない、これ以上ふざけたことを
「そして叩き出された」
アキジは頷く。その眼には怒りと悔しみが入り混じっていた。
「エジタ水産にも話を聞きに行ったが、丁重にお断りされたよ」
コチョウが言う。
「承ろう、アキジ=サン」
アキジの顔が輝いたと見るや、すぐに曇る。
「ア……でも俺、何も持ってないよ」
コチョウが慈母めいた口調で告げる。
「心配は要らぬ。我々は別の業務でここの一帯の捜査を請け負っているのだ。アキジ=サン、オヌシの願いは叶うことになる」
× × × ×
食後、アキジを家まで送り届けた。
オテニ・ストリートは市街地の裏で、市街地の繁栄が十分に行き届いているとは言えない場所だ。ドラッグバイヤーやヤクザが大手を振って歩いてはいないものの、治安の様子がよろしいとは思えなかった。
アキジの母は生活苦が顔ににじみ出た女性で、ナガレには彼女の笑顔が想像できなかった。コチョウはそんな彼女に「アキジ=サンには観光のお世話になった」とイルカ料理を差し入れをした。
今、二人は市街地の中級ホテルにいる。言うまでもないがベッドは別々だ。
「依頼主っていうのはタネガシマか?」
端末の用意をしているコチョウにナガレが訊いた。
「気付いたか?」
「露骨にヒントを出されていれば気づくよ」
「ほぼ正解だよ。正確にはタネガシマ文化財団だが」
タネガシマ文化財団はタネガシマ社創業家が私財を投じて興した財団法人である。
タネガシマ家は銀河戦国時代後期から時代の覇者に御用金を供出してきた。ウォーダン・ブナガー、トヨミ・ヒデヨ、トクガ・ヘスース――彼らの金庫であり続けてきたその功績により、創業家たるタネガシマ一族は現在もなお十代が無為徒食で食い繋げるだけの財を保っているという。
「よくある超富裕層の税金対策か」
「身も蓋もないが、そうなる」
コチョウが続ける。
「創業家は経営陣から体よく追い出されたが、彼らも彼らで影響を会社に残さんために、自らの息のかかった者を送り込んでいたのだよ。そういう者たちを敢えて取り込むことにより、タネガシマ社は上手い具合にバランスを取って来た」
それが、近年とある有能で野心的な男が頭角を現してきたことでおかしな具合になってきた。彼は画期的なプロジェクトを推進して多大な成功を収める一方、
ある社員は直接的にあるいは間接的に社史
「それだけならまだしもだったのだが、
流石に看過し得ない事態であった。下手を打てば、それこそショーグネイションの怒りを買ってタネガシマ社が吹っ飛びかねない。創業家一族と男の対立派閥は手を握り、電子海賊ミズ・アゲハに依頼した――
「……タネガシマ社が〈セブン・スピアーズ〉を造った?」
推測の段階だよ、とコチョウは置いた。
「タネガシマのやりそうなことだがね。そりゃあタネガシマ社はその巨大さ、その歴史の故にしばしば陰謀論の種にもなってきた。……まぁ、あれほどのメガコーポともなれば右手の親指のやることを左手の小指が知らぬ、などというのはよくあることでな」
「掘り返せば陰謀の種はそれこそわんさと出てきそうな……」
「そういうことだな。痛くもない腹どころか、始終身体のどこかで疼痛がするのもタネガシマらしくはある」
呆れたようなナガレに対しコチョウは愉快げに応じる。
「さて、こっちの準備は出来た。ナガレ=サンは寝ていいぞ。翌朝、チェックアウトはだいぶ早まりそうだ」
「コチョウ=サンは寝なくていいの?」
「ヒロカネ・メタルは熱い内に打て、だ。何、オヌシが寝ているうちにヤクザ水産の社長アカウントなど乗っ取ってくれるわ」
翌朝、コチョウはその通りのことをしてのけた。
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