第4話「ドゥー・ドルフィンズ・ドリーム・オブ・エレクトロニック・パイレーツ?」

1 電子海賊とティータイム

 聖徳太子記念病院。タジム・シティ屈指の大病院であるここにナガレの師匠センセイであるスズメサカ・ハチエモンは入院していた。

 病院の中庭のサンルーフへ移動する。ガラス張りの天井から見える空は晴れている。ナガレとハチエモン、二人の他には誰もいなかった。

 

「準優勝か、オメデトだな」

「出来れば優勝狙ってたんだけどな」

「彼女は強かったか」

「ハイ。正調のヤギュウ・スタイルの使い手だった。センセイや俺の剣にはあんまり似ていない」

「俺のは他流との混合で無茶苦茶だからなぁ。でもヤギュウ・ハクアは正調それでいい。サスガ・ナガレがサスガ・ナガレでいいように」

「肝心なのはヤギュウ・スタイルというコア、ということですか」

「そういうことだな。本来ヤギュウ・スタイルに限ったことじゃないが、他流との交流は推奨されているし、その末のミックスも決して悪いことじゃない。しかし、その肉付けにはコアが必要だ。断固たるコアが」

「断固たるコア」

 

 ナガレが繰り返す。

 ハチエモンは多くの実戦を経たサムライである。彼が斃して来た敵の数は、少なく見積もっても百では足りない。その師匠センセイの教えは、まさしく血の一滴に等しい。

 

「後は心構えと経験だよ、結局のところは。技や肉体というハードウェアを心や経験というソフトウェアで以て制御するんだ。ハードとソフト、両方共ないとマシンは動かないだろ」

「ああ、それならわかるよ」


 ハチエモンは右手を顔近くまで上げた。粗末な機械義手の方の手を。


「――まあ、こんな身体じゃお前に教えてやることなんか、もう大してありゃしないんだが」

「そんなこと言わないでくれよ」

「俺がお前に教えてやれることは全部教えたつもりだよ、ナガレ」

 

 そうなのだろうかとナガレは訝しんだ。視線がハチエモンの義手にゆく。全然強くなった気がしない。果たして師匠の域へゆくのにどのくらいの修練が必要なのか? 右手がほどに――

 ナガレははっと前を向く。


「ところでナガレよ、俺の頭はどこに行っちまったんだ? こんなだから何も見えないんだぜ」


 ハチエモンが首の切断面を晒しながら喋った。

 

 絶叫しながらナガレは目を覚ました。

 

××××××××


 布団フートンからがばと身を起こす。心臓が嫌な脈打ち方している。脂汗が額に滲んでいる。

 見覚えのない部屋にいた。ナガレはここはどこだと自問する。自答はすぐ、電子戦艦〈フェニックス〉号のゲストルーム。そうだ、救出されたのだ。誰に? ユイ・コチョウ、電子海賊に。

 ナガレは、顔を洗いたかった。

 

「オハヨ、ナガレ=サン」


 部屋から出るとユイ・コチョウとばったり出会う。彼女は少女S型ゲイシャドール筐体に自分の意識を乗せたサイボーグ海賊。

 コチョウは和服キモノである。見る角度によって青から黄に色を変えるモルフォ染めの西陣織ニシジンオリ、相当に高価な品だ。

 彼女は顎をしゃくった。

 

「ちくと付き合え。モーニングドリンク付きだぞ」

××××


 電子戦艦〈フェニックス〉号、茶室。

 卓袱台の上にそれが置かれている。義手である。左腕専用、手の甲の部分には「TANEGASHIMA」のマーク。

 ナガレはそれに見覚えがあった。

 

「タネガシマ社は本当に何でも造っているな――よし」


 コチョウは正座で和服キモノの袖をまくった。ピンセットを取り出し、モノクルタイプの万能拡大鏡を眼窩に嵌め、義手を検分してゆく。

 

「おお、あった」


 コチョウが喜色を浮かべた。義手の放熱スリットの中にピンセットを差し込む。果たして、それはあった。指の爪ほどの大きさのメモリーカードが取り出された。

 ナガレが尋ねる。


「わざわざ義手を回収してきたのか?」


 コチョウがモノクルを外しながら言う。


「おうさ。アテズッポウであったがな。経歴的にそれっぽいのがハンギバ教官殿で、目をつけていた」

「ハンギバ教官が荷物を預かっていたと?」

「うむ」


 ナガレは直感の理由を聞かなかった。そこは枝葉末節でありどうでもいい部分だ。


「そのデータの中身は?」


 ナガレは核心へ踏み込む。

 

「一切他言無用だぞ」


 コチョウは真顔でナガレを見る。卓袱台と義手を片付ける。

 ぱちんとコチョウが指を弾くと、畳がスライドして床下からIH風炉フロが迫り上がってきた。風炉フロの上で釜の湯が静かに沸騰している。いつの間にやら茶碗や茶入なども用意されていた。


「まず〈セブン・スピアーズ〉は知っているか?」

「トヨミ軍七大超兵器、だろ。教科書にも載ってる」


 コチョウが茶碗と茶杓を取った。粉の抹茶マッチャを茶碗に入れてゆく。茶碗は金接ぎの施された青い器であり、形は瀟洒だ。


 トクガ・ショーグネイションがトヨミア大君主連合国を破り、支配体制を確立した二つのイクサ――〈バトル・オブ・セキガーラ〉及び〈オーザカ戦役〉。無論トヨミ軍の抵抗は頑強であり、一筋縄ではゆかなかった。更に一騎当千の超兵器群が投入され、トクガ側を大変に苦しめた。しかしトクガ軍が擁する歴戦のサムライたちの決死の奮闘により、超兵器は打倒され、遂にはトヨミは破れた。戦役に参加したサムライはこの超兵器群を非常に畏怖し、後世にまで〈セブン・スピアーズ〉の名を残した。

 ……要するに「トヨミ軍は強かった、しかしそれを打ち破ったトクガ軍は更に強い」という文法の元、非常に便利なプロパガンダ素材として持て囃されたのである。

 

 柄杓で湯を掬い、茶碗に注いだ。細い指先が茶筅で茶を練る。


「よく出来ました。資料はオチダ・ノリトの新書かな?」

「モヅキ・ハルヒコのファンなんだ」

 

 大学教授の歴史研究家と小説家、ジャンルが全く異なる。歴史は嫌いではないが、ナガレは歴史そのものよりも歴史が作り出す物語の方に興味をそそられるタイプだ。

 歴史マニアと言えばソーキだった。モヅキの本もソーキから半ば強引に読まされた本であるが、大層面白かった。

 畜生ブッデムヘル

 

 コチョウは茶碗へ湯を足す。


「ではモヅキ・ハルヒコファンのナガレ=サン、〈セブン・スピアーズ〉のそれぞれのTACネームをお答えください。ハイ、スタート」

 急なクイズが来たのでナガレは慌てた。


「エ? あ、まず……〈レヴェラー〉、それに〈ペリュトン〉……あと……わからん!」

「ハイ正解。そう、〈セブン・スピアーズ〉のTACネームは〈レヴェラー〉と〈ペリュトン〉の二つしか公開されていない。そもそも戦後発見されたトヨミ側の文書で〈セブン・スピアーズ〉という単語は殆ど使われておらん」

「……正式な名前ではなかったと?」

ウム。〈セブン・スピアーズ〉というものは軍広報課が国威発揚のために広めたものなのだよ」


 ここまで言われれば座学の苦手なナガレにだって話は見えてきた。


「〈セブン・スピアーズ〉なんてものはなかったってことか?」


御点前オテマエ、ドーゾ」


 頃合いに練り上げた濃茶コイチャの碗をコチョウが差し出した。

 

「なかったというにはやや語弊があるが、少なくとも〈レヴェラー〉と〈ペリュトン〉の開発当初はそういった計画はなかっただろうよ。ま、よくあることよな」


「……御点前オテマエドーモ」


 ナガレは茶碗を取る。ハイスクールではレクリエーションとして茶湯チャノユを教えている。

 茶碗は瀟洒な外見に似合わず案外重みがあるが、左手に茶碗を乗せ右手で包み持つとその重さが手に馴染むようだ。茶を口に含むと、爽やかさが口中に広がった。

 コチョウは続けた。

 

七本槍セブン・スピアーズは七つもなかった――これが真相だと私は思う。広報課は戦果に乗っかったと見るべきだろう。プロパガンダには数が多ければ多いほどいいからな」


 ナガレは茶をまた含んだ後、言う。


「かくて秘密兵器は秘密兵器のまま大戦は終わった――という訳だ」

「と、思われた」


 意外な接続詞……いや、意外でもないか。

 何故ならばナガレもコチョウも動く〈レヴェラー〉を目にしていた。


「その秘密であるべき秘密兵器を墓穴から引っ張り出してきたような連中がいる、ということさ。あるいは、秘数である7にあやかりたくなった連中が」


 コチョウの言葉は謎めいていた。


「それは何者なんだ?」

「戦争を続けたい連中だよ」

「〈トヨミ・リベレイター〉みたいなのじゃなく?」

「黒幕がいる。リベレイターだのなんだのはそいつに操られる木端みたいなものだ。そいつが糸を引き、マクラギ・ダイキューを動かし、列車襲撃事件を引き起こした」

「黒幕」


 ナガレは茶碗を置いて、コチョウの顔を見た。

 コチョウもナガレの眼を見た。


「どうだ、突拍子もない話だろう」

「そりゃねえ」


 確かに突拍子もない話だ。陰謀論は「陰謀論の不在を証明するのは不可能に近い」という点で有効であり、そうであるが故に決して主流にはなりえない。コチョウ以外の人間が口にするのならばナガレも席を立っているところだ。

 

「でも、アンタを信じるよ」

「信じてくれるか」

「信じるしかないだろ」

 

 コチョウに完全な信頼を置けるか、というのも難しい問題ではある。とは言え初対面に秘蔵のイクサ・フレーム一騎をいきなり預けてくるような相手に、どこまで常識という観念が通用するのかもわからない。何しろ彼女はナガレが生まれる以前から電子海賊として斯界しかいに名を馳せていた人物だ。

 少なくともサスガ・ナガレが〈フェニックス〉号に身を寄せる以上、ユイ・コチョウという人物をある程度は信じるしかないこともまた事実だった。


「そう言ってもらえると話が早い」


 ティロリロリン――タブレット端末がデータ解析終了のノーティスを鳴らす。コチョウが真剣そのものの目つきでそれを見る。

 彼女が立ち上がった。

 

「確定した。データの中身は〈サラマンドラ〉。列車のもう一つの積荷は恐らく……いや、言うまい。今のところ、確証がないのでそれしか言えぬ」

 

「確証がないって」


 座ったままナガレはコチョウを見上げる。コチョウはニヤリとナガレの方を見る。

 

「だからそれを確かめにゆくのだ、ナガレ=サン」

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