7 決着

 ナガレは周囲の困惑を感じる。観客の中には怒り狂っているものもいるだろう。それも当然と言える。こんな構えはヤギュウの教本には載っていない。ヤギュウの剣への侮辱と感じる者がいてもおかしくない。しかし、してはいけないという禁則もルールブックにはない。


 一つは自らを敢えて背水之陣スタンド・オブ・ハイスイに追い込むため。

 一つは正調ヤギュウ・スタイルの使い手たるハクアの頭に血を昇らせるため。


 正攻法で互角なら奇手カラメテで攻める。ナガレはそう決めて騎体を強く踏み込ませた。


セイッ! セイッ! セイッ!」

 気合キアイの籠めたシャウトと共に、ナガレは踏み込みながら三連続の刺突ツキを放つ。肩、胸、首、それぞれ別の箇所を狙った刺突をテンペストは青眼の剣で捌く。ナガレは構わず更に前に出る。


「勢ッ! 勢ッ! 勢ッ!」

 エイマスによる再度の三連刺突。それもテンペストは最小限の動きで防いでみせる。


「勢ッ! 勢ッ! 勢ッ!」

 だがナガレは更に畳み掛けた。今度は右、左、左、右…小刻みにステップを踏みながら、ハクアの鉄壁の防御を穿つために刺突を繰り出し続ける。

 

 テンペストは防戦一方、手を出してこない。

「どうしたんだ、ハクア=サン…」

「ひょっとして不利なのでは?」

「負けるなーッ!」

 スタジアム観客席の生徒たちが訝しみ始めた。


 ナガレもようやくわかった。攻撃を繰り返すこと数度、ハクアにも余裕はなくなりつつある。


「勢ッ! 勢ッ! 勢ッ!」

 攻撃の手は緩めない。ハクアから余裕を失わせることで隙を引き出せるかも知れない。しかし攻撃が苛烈になることも十分に考えられる。


 余裕が無いのはナガレも同様である。だから刺突一辺倒という勝負に出た。ハイリスク・ハイリターンの乾坤一擲ケンコン・ワン。それでいい。サスガ・ナガレの人生にローリスク・ローリターンやローリスク・ハイリターンは似合わないしありえない。

 

 幾度目になるだろう踏み込みに合わせ、

「勢ッ! 勢ッ! 勢ッ!」

 刺突、刺突、刺突。


 架空のポリゴン・エイマスの右肘関節はディープレッドを超えて最早、ドスブラックに近い。それでも構わなかった。ここで壊れるならそれまで――ナガレはとうに割り切っている。

 

 ジリジリと、エイマスが押し、テンペストが下がりつつある。観客は息を詰めて、イクサの趨勢を見守っていた。


 傍目にはハクアの不利に見えるだろう。だがナガレにしてみれば、一手のミスも敗着に繋がるような詰将棋ショーギ・コンポジションめいた戦況の真只中だ。ただし、将棋とは異なり決め手が見えないが――その中でナガレは己の勝機をタイガーめいて窺っていた。


 そしてそれはハクアも同じだった。


 ――ガコン!! エイマスの右肘から異音が発した。遂に熱金属疲労を起こし、ピストンの一部にクラックが入ったのだ。

 

 ナガレは肝を冷やした。だが即座に影響が出ないと判断するや、攻勢を再開する。


 ハクアはその瞬間を待っていた。関節不調によるコンマ零二桁以下の動作遅滞を、テンペストのシナイが一閃した。

 

 エイマスのシナイの切先がテンペストの吹返フキカエシ部を掠める。有効判定。しかしハクアは、

ッ!」

 意に介することなく踏み込み小手打コテウチ胴薙ドウナギのコンビネーションを閃かせた。

 

 ナガレにもその技はわかった。ヤギュウ・スタイルのサムライ・アーツ〈ネイルズ・カッター〉。その威力は鋭く、小手と胴、いずれも決まれば即一本の剣撃である。そしてどちらかを躱そうとしてもどちらかを食らってしまう。

 

 ナガレは迷わなかった。前に出る!

 

 イクサ・フレームが奏でる輻輳機械音を掻き消す、シナイの破裂音。二騎の立ち位置が入れ替わる。残心ザンシンめいて、両者はほぼ同時に相手に向き直る。

 

 機械判定が告げる。ハクアが技有ワザアリを奪った!

 

「「「オオオオ……!」」」

 観客がためらいがちに嘆息する。何が起きたのかわからなかったからだ。


 エイマスの左ガントレットに、シナイの痕跡が生まれていた。交錯の瞬間、テンペストのシナイがエイマスの左小手を打っていたのだ。しかしナガレは保険をかけていた。シナイを攻撃予測箇所――小手に添えていたのである。これで本来ならば一本を受けるところを技有にまで軽減させたのだ。


「本当、師匠センセイとやってる気分だ……」

 ナガレは呟いた。イルカレザーのグローブで額の冷や汗を拭う。


 エイマスは改めて青眼を構える。対してテンペストは構えなかった。ぶらりとシナイを持ったまま両マニピュレータを垂らすノーガード・スタンス。否、それ自体が構である無形之位ムギョー・スタンス

 

 ナガレはぼやいた。

「さっきとは立場が逆じゃねえかよ……」


 攻防は変わっていない。ナガレが攻めハクアが受ける。しかし、今のテンペストのスタンスには攻撃的なカルマを否応無しに感じる。シナイの届く範囲に入った者を全て斬り伏せる気迫だ。

 

 ナガレはエイマスのスタンスを上段ジョーダンに変える。


イヤァァーッ!!」

 今度こそ決戦の意志を籠めてナガレは踏み込んだ。

 そもそもが挑戦者たるはナガレであって、王者はハクアなのである。先手を頂くのはむしろ礼儀であった。


 振り下ろされるエイマスのシナイ。斬り上げられるテンペストのシナイ。破裂音をさせながらぶつかり合う。

 

 その交錯点を中心としてエイマスは右に、テンペストは左に。足元の土がトモエを描く。

 

 相互に横薙ぎの斬撃。シナイの激突。再びの鍔迫合ツバゼリアイも短く、同時に両者は離れる。

 

「「勢彌セイヤアアアァァァ――ッ!!」」

 そして同時にシャウトし、同時に踏み込む。

 

 ――パン!!

 

 その音を最後にスタジアムが静まり返った。


 エイマスとテンペストは馳せ違い、互いに背を向けるようにして、斬撃姿勢のまま動かない。

 

 エイマスのシナイは半ばで折れていた。繊維何本かで虚しくぶら下がっているだけだった。


 機械音声が一本を告げた。

「――勝者、ヤギュウ・ハクア選手!!」


 喝采が沈黙を吹き飛ばした。惜しみない拍手が、二騎のイクサ・フレームと二人の選手に降り注いだ。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る