其の八
「お絹ちゃん、見てごらん!」
粗暴な男二人に後ろ手に縛られ見張られているお絹に、座敷を離れていた宗太が桶を抱えて戻ってくると、それを突き出して声を掛ける。
「……」
見ればその中には、この蒸し暑い時期には不人気の鰻が二匹、にょろにょろと出口を探し求めるかのようにしていた。
「お絹ちゃんに悦んでもらおうと思ってさ」と言って、宗太は器用に一匹を掴んでみせて、男達に「脚おっぴろげさせて」と目も合せずに伝え、男達は其れに返事をするでもなく従う。
「 ――いや!」
お絹は必至の抵抗を試みたが、如何せん、体格のいい男二人に片方ずつの脚を押さえ付けられては、どうすることも出来ない。
そしてそれを眺めている
「この宗太は裕福な
「……」
お絹は其の話に凍り付く。どうやら宗太の中の夜叉は、幼少の
「――さぁさ、ちょっと待ってておくれよぉ!」
宗太は【遊び】に夢中の為に女の話など全く耳には入っていないようで、お絹の脚の間に突っ伏し鰻を近づけていく。
「お願い! 宗太さん、止めて!」
お絹は身をくねらせ、なんとか逃れようとする。
「けど、鰻は入りたがってるよ(笑)」
鰻が湯文字を頭で押しのけるようにして
「い、いや!」
徐々に、
「ほれ、もう一息だ!」
宗太がぐいぐいと鰻の頭を押さえつけて行き先を決めつける。
そして――
「いやーーーーっ!?」
お絹の中に、粘膜で覆われた鰻が道を分け進むように入ってくるのを感じた。
「お願い、やめて!!」
「……お絹ちゃん、ちょっとばかし静かにしておくれでないかい?」
如何にも興醒めすると言わんばかりにお絹を上目遣いに見据えた宗太は、体を起こし、もう一匹の鰻を掴みだして、其れをお絹の口の中へ突っ込もうとする。
「!?」
お絹は顔を背けて抵抗した……すると――
ばしん! ばしん! ばしん! ばしんっ!
強烈な殴打が頬を
「……口開けて、じっとしてろい」
狂気の夜叉は、〈次は殺す〉と言わんばかりにいう。
「……」
お絹は恐ろしさのあまり、口を開く――
「――ぐっ!?」
宗太がお絹の顎を押さえつけて、更に口を大きく開かせ強引に突っ込んだ。
すると臆病風からなのか、鰻は透かさず暗い所を探し求めるかのようにして、喉の奥へと下っていく。
「っふ!?」
お絹は堪らず悶え苦しみ吐き出そうとするが、鰻の滑りがそれを阻み苦しみが下へ下へと広がっていき、股の間のものも中へ中へと彷徨い分け入り、足先に軽い痙攣を覚える……
「――かはっ!」
胸の辺りが異様な形で迫り上がり始めた。その苦しさから逃れる為に吐き出そうとはするものの、胃の辺りにまで辿り着いてしまった其れをどうすることも出来ない。
『い……息がっ!?』
吸おうにも、気道が塞がりままならない。なんとかしてみようと口を開けたまま頭を目一杯に反らしてみたが、涙と鼻水が自身の頬を浸すのみで、何も取り入れることはできなかった。
「――っ"!?」
五臓六腑を喰い千切られるような激痛に白目を剥き、激しい耳鳴りと全身の震えがしてきたかと思えば、次第に周りの声が遠く、聞こえなくなっていった――
『あれ? どうしちゃったんだろ……』
気が付けば真っ暗闇の中、独り佇んでいた。
……さっきまで、とんでもなく悪い夢を見ていたような気がする。
ああ、でもよかった。
あんな夢は、二度と御免だわ。
それでもって、たぶんこれも夢なんだわ。
だからこの夢から覚めたら、いつもの優しい宗太さんと二人きりで会えるのを楽しみに、ご主人様と奥様がお戻りになられたとき落胆させないように、しっかりと商いに精を出さなくっちゃ――と、そんなことを考えていると、
『?』
遠く向こうの方から、鞠を抱えた見覚えのある童女が、こちらに向かってゆっくりと近づいて来るのが見えた。
だが、その童女は歩いてはいない。
それでも、お絹の方へと近づいてくる……
そしてそのことをほんの少しだけ不思議に思ったのだが、それよりも話し掛けたくて仕方のない方が先だった。
「あんた、どこの子だい? 一人で大丈夫?」
お絹は、確かにそう言葉にしたつもりであったが、自身の口が動いている感じはしなかった。
『あたし、どうしちゃったんだろ……』
振り出しに戻るようにして、同じ言葉を思い浮かべる――と、
「……恨み、晴らしてやろか?」
童女が、お絹を真っ直ぐに見据えて口を動かし話しかけてきた。
その声音は、虚しさと儚さ、そして愛おしさが折り重なったものだった。
『――!?』
お絹は先ほどまでの出来事が、逃れようのない現実だということを悟る。
『夢じゃなかったんだ……』
すると彦六や加代にしでかしてしまったことが鮮明に蘇り、お絹を途方もない苦しみに陥れた。
「あたし、死んぢまったの?」
「もうすぐ」
「……そっか」
童女の瞳が僅かに揺れたことで、お絹は死の淵に立たされていることを痛感した。そして、彦六と加代を手に掛けた張本人なのだから、当然の報いだとも思ったし、死んだぐらいで許されるはずもないと考えて、あの世に逝ったら、閻魔様にお願いして、ちゃんと地獄行きにしてもらわなくちゃと心に決める。
そうして、『恨み……か』と、童女の透き通るような白い素足に視線を落として思案してみる。
無いと言えば嘘になる。しかし、宗太のことは自分が惚れたのだから仕方のないこと、と、そう思う気持ちもある……だが――
「恨み、晴らしておくれよ!」
どうしても彦六と加代を巻き込んだことだけは許せなかった。其れだけは、何がどうであろうと晴らしてもらえるものであるならば晴らして欲しいと心底願った。
すると、
「哀、わかったよ…」
童女が、はっきりと力強く答えた。
そして近づいてきた時と同じようにして、すうっと遠ざかっていく。
「――待って!」
お絹には、まだ聞いておきたいことがあった。けれどその距離はどんどん離れていき、その様子にふと、もしかしたら自分の方が遠ざかって行っているのかもしれないと過ぎるものがあったのだが、違えようのないことは、二人の距離が縮まることは、もう決して無いということと、何も見えなくなってしまったということだけだった――
「――っぐ!?」
お絹が、意識を取り戻す。
『できることなら、あのまま死んでたかった――』
苦しみがまた襲い掛かる。途轍もない苦しみ……
それと同時に、あの童女の僅かに揺れた瞳を思い出す。
恨みを込めた代償なのだから、これしきの苦しみなど大したことはない、と、自分に言い聞かせようとする。
「――っ"!」
食道から胃にかけて暴れ狂うものに激痛を与えられながら、下腹部で蠢き犯すものに凌辱されながら、薄れゆく意識の中、お絹は宗太を見た。
「お絹ちゃん、とっても綺麗だよ! 日本橋で見てた情景なんて肥溜めに見えるほどに美しいよ!」
最早、今までお絹が見ていた宗太の影も形もない男が、狂喜している。
「……ぅ――」
それでもお絹は声にならない声で、最期、〈ありがとう〉と、こころを込めてそう伝えたのであった――
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