4-21 青春の行方

 ダンジョン内に野営をせず、毎晩きっちり浄化施設を使って寝台で寝られるんだから、デルフィもさぞ大喜びするだろうと思ったが、なんか微妙な反応だった。

 まぁ男とふたりで野営するってんだから、彼女にもそれなりの心づもりはあるのかもしれないけど、さすがにそこから一歩踏み出す勇気はなかった。

 もしかしたら俺の勘違いかも知れないし。


「俺たちゃ冒険者だぞ? そのへんは割り切っとかないとしんどいぜ?」

「じゃあ、その、ガンドルフォさんのパーティーに女性は……?」

「いるぞ」

「そういうことになったりは……」

「あるにきまっているだろう」


 そう言ったガンドルフォさんからは、やましさもいやらしさも一切感じられなかった。


「その人と付き合ってたりなんて……」

「あるわけねぇ。つーか、むこうには恋人がいたんじゃないかな。プライベートなことはよくしらんが」

「ええっ! それって浮気じゃないんですか!?」

「ちがうだろ。むこうだって、冒険者と付き合うってことはそういうもんだとわかっているはずだぜ?」


 ……なんだか、まったく理解できないぞ?


「たとえばだ、お前さんと嬢ちゃんが喫茶店に入ったとしよう。それで、嬢ちゃんはコーヒーを注文する。で、お前さんは別にたいして喉も渇いてない」

「はぁ」

「そのとき、ショウスケはどうする?」

「そりゃ、俺もコーヒーくらいは頼みますよ」

「たいして喉も渇いていないのに?」

「ふたりで喫茶店に入ったんだから、喉の渇きとか関係なくコーヒーの1杯でも飲むのが普通でしょう?」

「そういうこった」


 ……はい?


「ふたりでサ店に入ったらとりあえずなんか飲む。男女で野営してムラムラきたら、とりあえずやっとく。そういうもんだ」

「はぁ……」


 俺の知らない常識が、この世界にはあるってことなのかな。

 いや、元いた世界だって、国や時代が違えば、そういうこともあるらしいし。

 じゃあデルフィも、そうなのかな?


「あの、冒険者ってみんなそうなんですか?」

「全員が全員そうってわけじゃねぇよ。好意もなしに関係は持てねぇってやつもいるしな」

「そうですか……」


 なんにせよ、デルフィの心情がわからない以上、下手なことはしたくないな。

 いまの関係が心地いいので、できれば変化は避けたいというのが本音だ。


「しかしお前さん、その湧き上がる青春をどうやって発散してるんだ?」

「そりゃ、無限のイマジネーションと、無敵のライトハンドで……」

「ショウスケェ……」


 ガンドルフォさんが、呆れたように首を振る。


「ダンジョン近辺の集落にゃあそういう店がちゃんとあるんだから、有効に活用しねぇと」

「はぁ……」


 うーむ、俺のいた現代日本じゃ青春の売買は違法だから、どうしても抵抗があるんだよなぁ。

 いや、もちろん興味はあるんだけど。


「よし! お前さんら明日休みっつってたよな?」

「ええ」

「いいトコに連れて行ってやる」


 いいトコって、そういうトコ?


「いや、でもそういう現場を万が一デルフィに見られたら……」

「アホぬかせ。ここのショボいトコじゃなく、もっといいトコだよ!!」

「もっといいトコ?」

「ここよりも歴史の古いタバトシンテ・ダンジョン付近は、遊郭も洗練されててな。ここみたいに質の悪い立ちんぼに、声かけられることもないんだぜ」


 そういや、宿屋近辺でエロい格好の女の人に声かけられたことが、何度もあったな。

 まぁ相手にはしなかったけど。


「まだ高速夜行馬車に間に合うから、早速出発しようか」

「いや、でも……」

「社会勉強だと思ってオッサンについて来い!!」


 なんとなく断りづらい雰囲気だし、なによりこのままだと俺の中の青春がはっちゃけそうなので、ここはガンドルフォさんに任せるか。

 〈精神耐性〉を上げすぎて、そっち方面で悟りを開いてもつまらないし。


 明日、なにを予定してたわけでもないけど、一応デルフィにはひとこと伝えておこうと思い、宿を訪ねる。

 なぜかガンドルフォさんと、パーティーメンバーの女の人がひとり、ついてきた。


「デルフィ、ちょっといい?」

「なに?」

「いや、明日ちょっとガンドルフォさんと出かけることになったから、一応伝えておこうと思って」

「ふーん。どこいくの?」

「いや、えーっと、その」


 なんと答えるべきか……。

 助けを求めてガンドルフォさんを見る。


「いよぉ。嬢ちゃん。すまんが明日はショウスケを借りるぜ」

「えっと……」

「心配すんな。男同士で親睦を深めようってだけさ」

「そう、ですか」


 なにやら不審げな目を俺たちに向けてくるデルフィ。


「で、嬢ちゃんも明日ヒマなら、エムゼタに言って買い物でもしてきたらどうだ? よかったらコイツが案内するぜ?」


 そう言ってガンドルフォさんが紹介したのは、褐色の肌に白銀のショートヘアの女性だった。

 たぶんだけど、この人ダークエルフってやつだと思う。

 デルフィと違って出るとこは出てるけど、それはどうでもいいか。

 さっきガンドルフォさんが言ってた女性メンバーって、この人なのかな……。


「はじめまして、あなたがデルフィーヌちゃんね?」

「えっと、はい……」

「アタシはミレーヌ。見ての通りお仲間よ」

「あ、はい、どうも……」


 デルフィのやつ、人見知り全開だな。


「このオッサンも言ってたけど、明日ヒマなら一緒にエムゼタ行かない?」

「えっと……」


 なぜか救いを求めるように、俺を見るデルフィ。

 なんだか申し訳ない気分になってくるな。


「俺だけガンドルフォさんたちと楽しむっていうのも気が引けるし、デルフィも楽しんでもらえると嬉しい。お金のほうもちょっとは余裕できたし、服とか買ってもいいんじゃない?」 

「……わかった」

「よかったぁ! じゃ明日の朝迎えに来るわね」


 ってな感じで宿屋を後にする。


「すまんなミレーヌ」

「いいのいいの。アタシもヒマだったし。久々に樹海女子トークに花でも咲かせよっかなぁ」


 そう言うとミレーヌさんは、手をひらひらさせて雑踏の中に消えていった。


「よし、じゃあ俺たちも行くか。現地に助っ人も呼んであるから、大船に乗ったつもりでついて来い!」

「わ、わかりました。よろしくお願いします……」


 このまま流されちゃって、いいのかな? 俺……。

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