第229話、下準備を終えて

 宿を取った俺たちは、今後のことを話し合う。

 とりあえず4人部屋で部屋を取り、3人で使うことにした。


「えーと、ここから北にある海沿いの町に行って……」

「沈没船の調査と海底神殿だ」

「……やっぱり行くのか」

「当然だ」


 あの、俺としてはさっさと『遺産』の調査をしたいんですけどねぇ。

 海底王国にある宝物庫の開かずの間、そこにある遺産をゲットすればロキ博士から情報をもらえる。

 生徒たちの身に何が起こるのか。それについての情報だ。


「それに、悪いことだけではないぞ。お父様の開発した水中装備に慣れるために、海で泳ぐのはいいことだ」

「うーん、でもなぁ……そういえば、水中装備ってどんなのだ?」

「そうだな、見せておくか」


 シグルドリーヴァは亜空間にアクセスし、ベッドの上に装備を並べる。


「こ、これ?」

「そうだ。お父様が開発した最新鋭の水中装備だ」


 え、ええと……どう見ても普通のダイバースーツにしか見えないんですが。

 足の指先から頭のてっぺんまでを覆うスーツに、小型のファンが一体化している。そして何より気になるのが、この金魚鉢をひっくり返したような丸いガラスだ。


「あの、これは……?」

「それは頭部を保護するヘルメットだ。電子部品が組み込まれているから視界もクリアに保たれる。さらに装着者の頭部形状をスキャンして最適な形に変形し、海水を分解して酸素を作り出す特殊機構がある。スーツは耐久性と柔軟性に優れ、深海の圧に対応した特殊なものだ。着ていれば水圧に潰されることはないし、スーツに組み込まれた電子部品が装着者の思考を読み取り背部のファンと連動する。つまり、考えるだけで自在に速度を調整できるのだ。それだけじゃない」

「ちょ、ストップストップ! すごいのはわかった、わかった!!」


 説明魔のシグルドリーヴァを押さえ、どう見ても普通のゴム製スーツを手に取る。

 金魚鉢をひっくり返したようなヘルメットはグニャグニャして、これを着て被って海底に行くと考えたら頭が痛くなってきた。


「……なんだ貴様、お父様の発明を信用していないのか?」

「そそ、そんなことないぞ? えーと、お前たちは必要ないのか?」

「当たり前だ。私たちは深海でも活動できる。呼吸も必要ないしな」

「……羨ましい」


 と、ようやくここで気が付いた。


「あれ、レギンレイブは?」

「……あの部屋だ」


 ここは4人部屋で、シャワートイレ付きのけっこうお高い部屋だ。

 入るなりレギンレイブはシャワーに籠り、出てこなかった。


「腹でも痛いのか?」

「バカを言うな。それに、もしボディに異常があればお前に言うだろう」

「確かに」

「ふっふっふっふっふ……センセ、シグルド姉、じゃじゃ~んっ!」


 俺たちの会話が聞こえたのか、レギンレイブはシャワー室から飛び出してきた。

 そして、その姿……。


「おお、水着か」


 レギンレイブは、銀色の水着……フレアビキニを着ていた。

 子供っぽくもビキニで大人っぽさを見せ、背伸びしているような感じだ。レギンレイブは見た目は十六歳くらいだし、このくらいの水着がよく似合ってる。


「えへへ~、どうっスかセンセ♪」

「ああ、似合ってるよ。っていうか気が早いな」

「センセだって水着並べてるじゃないっスかぁ~」

「いや、これは水着というか水中装備で」

「んっふふ~……シグルド姉も水着をチョイスしないと! データならいっぱいあるっスよ? 共有します?」

「いらん。このままでいい」

「えぇ~……つまんないっスよ、シグルド姉はスタイル抜群なのに勿体ないぃ」

「興味ない」


 戦乙女型は、データをボディに反映させるだけで自在に服を着ることができる。

 レギンレイブはおしゃれみたいだな。ブリュンヒルデやジークルーネとはちょっと違う。


「それより、装備の確認を終えたならこれはしまうぞ」

「あ、ああ。あ、そうだ、買い出しに出かけないと!」

「お、いいっスね! センセとデートタイム!」

「いや、買い出しだから」


 時間は無駄にできない。明日には出発するため、必要な物はこの町で手に入れよう。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 俺たちは町に出て買い物をした。


「えーと、寝袋にテントに調理器具、調味料いっぱいに食材、あとは乗り物が欲しい」

「乗り物ねぇ……ウチに乗って行けば早いのにぃ」

「しょうがないだろ。ロキ博士が戦闘以外での飛行は禁止だって言うんだし」


 レギンレイブに乗って空を飛んで行くと楽だなと話したら、シグルドリーヴァが駄目だと言った。どうもロキ博士が禁止してるらしい。

 なので、地上ルートで行くしかない。


「歩きじゃきついし、居住車を買うしかないな」

「お、いいっスねぇ! じゃあ豪華な二階建てを……」

「いらん。荷物運べれば十分、木製の安いヤツを買って、ヴィングスコルニルに引いてもらおう」


 ここに馬の世話まで入れたくない。非常事態と考えて牽引はヴィングスコルニルに任せよう。

 この町に居住車販売店は一軒だけあり、そこで山小屋に車輪を付けたような居住車を購入した。

 守護獣に関してはしかたない。ごま吉やジュリエッタがいればよかったが、守り神はこの戦乙女型ということで。

 というか、ごま吉とジュリエッタ、元気かなぁ……。


「買い物は終わりか?」

「ん、ああ」


 居住車販売店でお金を支払い、木製の居住車をゲットした。

 そこに買った荷物を積むと、シグルドリーヴァが亜空間にしまってくれた。

 

「気分転換に町をぶらつくか。二人とも、少し付き合ってくれ」

「もちろんっス! センセとデートタイム!」

「お前の護衛が仕事だ。好きにしろ」


 互いの解釈は違うが、とりあえず少し気を抜こう。

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 夜。

 俺は部屋の窓際で、一人酒を飲んでいた。


「…………ふぅ」


 すこしキツめのウィスキーをロックで飲むが、なかなか酔わない。

 そりゃそうだ。気になることが多すぎて酒でも飲まないと眠れない。


「…………ブリュンヒルデ、あれからどうなった? ジークルーネの損傷もあるし……それに、三種族の会談もある。オストローデはどう動く?」


 グラスを一気に煽ると、外を見回ると言って出て行ったシグルドリーヴァが戻ってきた。

 俺の様子を見ると、そのまま俺の対面に座る。


「眠れないのか」

「……まぁな。気になることが多すぎる」


 再び、グラスにウィスキーを注ぐ。

 シグルドリーヴァを見て、俺は質問してみた。


「なぁ……どうして俺を攫ったんだ? 俺の力を借りたければ、普通に正面から会いにくればいいじゃないか。ブリュンヒルデたちもいるし、姉妹なら協力できるだろう?」

「無理だ。お父様は人間を信頼していない」


 と、シグルドリーヴァは言った。


「お父様も目的はオストローデのアンドロイドを破壊することだ。人間が不用意にあの施設に踏み込めば、お父様の所在が知られてしまう可能性がある。だからお前を攫うという手段を選んだのだ」

「信用してないって……なんでだよ」

「さぁな。だが、あの施設に入れた以上、お父様はお前を信用しているということだ」

「うーん……会ったこともないし、接点もないんだけどなぁ」


 ウィスキーを飲みほす。

 ようやく酔い始めた……。


「お父様がお前に何を求めているのか、何を望むのかは知らない。でも、これだけは言える……お父様は、お前に何かを託そうとしている」

「…………」

「この試練はきっと、お前にとっても重要なはずだ」

「…………そうかな」


 はぁ……瞼が重い。

 

「ふぃぃ~……いいお湯でしたっス! お風呂最高!」

「老廃物の出ない身体でなぜ風呂に入る?」

「気分っスよ気分!」


 ったく……レギンレイブ、服を着ろって……もう。


「ありゃ、センセ? 寝てるっスか?」


 寝て…………ない。

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