第95話女の子らしく
オゾゾの町を出発して数日。最初の補給地である『ドルの町』が見えて来た。
久し振りに御者を務める俺は、荷車の中で女子会を開いてる連中に声をかける。
「おーい、町が見えて来たぞー」
荷車の中は実に華やかだった。
いつもブリュンヒルデが手綱を握っていた。なので、たまには女子だけでお喋りしてろと言うと、三日月がブリュンヒルデとジークルーネを引っ張って行った。どうも三日月は、一度ゆっくりブリュンヒルデとお話をしてみたかったらしい。
「アンドロイドってどんなことできるの?」
『私は近接戦闘型ですので接近戦が得意です。その半面、遠距離攻撃に欠ける部分があります』
「ふーん。わたしも遠距離は苦手。魔術はC級認定受けたけど、あんまり得意じゃない」
「いやいやシオンさん、C級認定受けれるだけでもすごいですよ!! ってことはD級魔術も詠唱破棄できるんですか!?」
「うん。2つだけ」
「おお~!! あたしも練習してるんですけど上手くいかないんですよね~」
うーん、誰も俺の話を聞いてない。
ルーシアとジークルーネも2人で話してるし。
「なるほど。そのナノマシンとかいうのは、目に見えない使い魔のような物か?」
「うーん、この時代の魔術師が定義する使い魔とは似て非なる物ですね。わたしは電子頭脳の電気信号でナノマシンを自在に操れますけど、使い魔のような感情は持ち合わせていません。あくまで信号で支持を出すだけです」
「む、よくわからんが……」
「あはは、機械のない時代ですからね。わからなくても仕方ないです」
これだよこれ、女子特有のお喋りタイム。
男が入る事が出来ない聖域。きっかけがないと終わることのない会話。
町まであと10分もない距離なのに……仕方ない。
「ブリュンヒルデ、町が見えたぞ!!」
『はい、センセイ』
ブリュンヒルデは、俺の問いかけには絶対答える。
会話が途切れ、全員が外に注目した。
「おお~、あれが『ドルの町』ですね!! ここから本格的にドワーフの国ですよ!!」
「ドワーフ、わたし会ったことない」
「私は一度だけある。騎士団の装備を新調する際に、ドワーフに依頼した」
「センセイ、ホルアクティを先行させて周囲の地形や情報を集めますね」
「ああ、頼む」
ブリュンヒルデは、俺の隣に座った。
「ブリュンヒルデ、新しい町だぞ」
『はい、センセイ』
「楽しみだな」
『はい、センセイ』
「………」
『………』
うーん、ブリュンヒルデも少しは成長したと思ったが……なんか最初とあまり変わらんな。
アルヴィートと戦ったときは、感情らしきものを感じたんだがなぁ。
この町では補給と自由行動だ。三日月たちに同行させて、女の子らしい遊びをしてもらうか。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ドルの町。
ディザード領土最初の町で、なかなか発展した町だ。
さすがドワーフの国と言うべきか、工房のような建物が建ち並び、耳を澄ませなくても鉄を打つ音が聞こえてくる。
歩く人は普通の人間もいれば獣人たちもいる。だが、見慣れない種族もいくつかあった。
俺は手綱を握りながらポツリと呟く。
「あれがドワーフかぁ……」
小学校低学年くらいの身長、髭もじゃの顔に、ずんぐりむっくりした体型だが、太っているのではなくみっちりと筋肉が詰め込まれているのがわかる。着ている服もタンクトップや作業ズボンで、いかにもな職人といった感じだ。
町に入った俺たちは厩舎付きの宿を取り大部屋と小部屋を取って一休みしていた。言うまでもないが、大部屋は女子、小部屋は俺1人の部屋だ。
俺は大部屋に行き、これからの予定を話す。
「えーと、今日と明日は自由行動、明後日に物資の買い出しをして、明明後日に出発だな」
つまり、この町の滞在期間は4日。
依頼で金稼ぎばかりやってたし、のんびりするのもいいだろう。
みんなの予定を聞いてみた。
「私は武器屋を覗いてみたいな。ディザード本国ではないが、この町にもドワーフの工房がいくつかある」
「あたしは図書館とか行ってみたいですねー。まぁあればですけど」
「わたし、美味しいもの食べたい」
「う~ん、わたしは情報収集でもしましょうかね~」
『…………』
ブリュンヒルデ以外はいつもと変わらないな。
よし、ここは俺が提案しよう。
「せっかくだし、女子だけで買い物してきたらどうだ? 美味しい物巡りでも、ウィンドウショッピングでも、みんなで行けばきっと楽しいぞ?」
「おお、セージさんにしてはいいこと言いますね。まぁ1人で本読むのもいいですけど、みなさんでお出かけってなかったですし……」
「ふむ、確かにな。武器屋は道中で寄ればいいだろう」
「美味しいものいっぱい食べる。もちろんみんなで」
「じゃあ、ホルアクティで集めた町のデータからお望みのお店をピックアップしますね」
『…………』
俺は女子でワイワイしてる中、三日月を引っ張り耳打ちする。
「どしたの、せんせ?」
「三日月、ブリュンヒルデを頼む。あの子に女の子らしい楽しみを教えてやってくれ」
「……わかった」
「頼んだぞ」
さて、俺はのんびり留守番してるかな。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
宿屋の自室でのんびりするのも悪くないが……ぶっちゃけヒマだ。
スマホがあれば絶対いじってる。でもそんなのはないし、みんなはとっくに買い物に出かけてる。なんとなく右手のホルアクティ操作端末をいじるが、特に面白い項目はない。
「………せっかくだし、俺もでかけるか」
まぁ、昼間から発散するのも悪くないよね。
お金はあるし、最近少し溜まってるし……うん、行くか。
「よし。財布に、剣はいいや、籠手だけ装備して……」
剣を外した軽装に着替え、俺は宿を出る。
目指すのはもちろん、男がストレス解消する場所だ。まぁ察してくれ。
オゾゾでも数回利用したから作法はわかる。行くのはもちろん、町の中央付近にある合法のお店。裏では非合法のお店があるが、そうでない場所もちゃんとある。女性も合意の上で楽しむ素敵な場所だ。
「ふふふ、久し振り久し振り」
ウキウキ気分で町を歩く。
そういえば、1人で町を歩くなんて久し振りだ。
「………」
ふと、思う。
1人になると、改めてここが異世界なんだと。
日本人はいない。外国人どころか種族そのものが違う。
獣人やドワーフ、エルフもいる。ファンタジー世界に俺はいる。
俺だけじゃない。まだ16歳の子供たちもいる。日本人という種族は、きっと俺と生徒たちだけだ。
オストローデ王国に召喚され、訓練をして……三日月のネコを助けるために、俺は命を投げだそうとした。そして、ブリュンヒルデと出会い、オストローデ王国の真実を知った。
俺は、生徒たちを助けたいと思ってる。
そのためには、『力』が必要だ。
古の技術である『機械』とアンドロイドの力。そして俺に宿ったチート能力『修理(リペア)』……いや、正確には【機神の御手(ゴッドハンド)】だったな。
果たして、それだけで戦えるのか?
「………むり」
ムリだ。
もっと仲間が必要だ。
強い力を持った、国家レベルでの仲間が……。
「っと!?」
「きゃっ」
考え事をしてたせいで、前を見ていなかった。
ローブですっぽり全身を覆った女の子らしき人とぶつかってしまう。
俺は慌てて謝った。
「も、申し訳ない。大丈夫ですか?」
頭を下げて謝る。
顔を上げると、全身ローブで顔も見えなかったが、女の子の声でかなり若いのだとわかった。
少女はわずかに見える口元をほころばせる。
「大丈夫。わたくしに怪我はありませんわ」
「そ、そうですか。よかった」
「ええ、なのでお気になさらず」
少女は白い手を振り、問題ないとアピールする。
だが、よく見ると少女の手は震えていた。カタカタと、痙攣してるように。
「あの、怪我をされてるんじゃ……」
「え、ああ。ちょっと古傷で……」
「おい、何してんだ!! さっさと行くぞ」
「あ、はい。ではごきげんよう」
全身ローブ少女の連れだろうか、同じようなローブ姿の少女が苛立たしげに言うと、目の前のローブ少女は走って行った。口調は悪いがもう1人も女の子の声だった。
冒険者なのかな。町の外へ出て行くようだ。
「ま、いいや。それよりさっさと行くか」
俺は再び、町の中心に向けて歩き出した。
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