第23話 第七章 悪意の寝床④

「王都周辺では、今はあまりそういった話は聞かなくなった。しかしだ。ここにきてこの騒ぎだ。一体、何が起こっている」

「キース。前も言ったと思うが、犯人は代弁者だ」

「代弁者? あ、お前の父親を殺したヤツか。それは、前も散々話しただろう。あまりにも証拠がなさすぎる。だいたい、ドラゴンを抹殺できるヤツなどいるはずが」

「証拠を見つけたって言ったらどうする?」

 ニコロは口角をグイッと上げると、地図の一点を指差した。

「ここに、赤布盗賊団のアジトがあった。俺と冒険者が一緒に調査した時、これを見つけた」

 懐から巻物を取り出すと、キースへと手渡した。はじめは訝しんでいた彼は、中を確認すると、表情が一変する。

「コレは……、重要な証拠になる。これで、少なくとも今回の事件は、裏で手引する者がいることが判明した。だが、代弁者と決まったわけでは」

「いいや、ほぼ確定だ。この日記を見つけた場所で、ヤツと遭遇した」

「会ったのか!」

 驚きに染まるキースは、憎悪を滲ませる表情を見つめて、本当のことなのだと理解する。

「代弁者と、はっきり名乗りやがった。口ぶりからしても、ファマの件に関わっているような感じだった」

「そんな馬鹿な。単独で、これほどの被害を出すとは信じられん」

「ああ、本当にな。協力者がいないとも限らないけどよ。あ、そういや、この森の被害はファマによるものだぜ。それも魔法じゃなくて、斬撃によってな」

 それは流石に、と言いたげにキースは笑ったが、声を萎ませ顔を手のひらで覆った。

 この古き友はこういった時、嘘はつかない。だが、どうやって? キースの中で疑問が渦巻き、答えを求めて考えるが、まるで導き出せそうにない。

「おいおい、何て顔してんだよ。ウロボロスだ。ドラゴンだけが振るえる力。それを使ってヤツは、この森をボロボロにしやがったのさ。まあ、安心しな。ヤツは力を失って、ギルドに身柄を引き渡した。その話は聞いているだろう」

「どういうことだ? 説明してくれ」

 キースの反応に、ニコロは違和感を覚えながらも、かいつまんで解説した。

「聞いてなかったのか。まあ、いいさ。こっからは推測も交えて説明するから、そのつもりで聞いてくれ」

 ニコロはキースに、代弁者が武器にドラゴニュウム精製炉を埋め込んでいること。バーラスカで、ウロボロスを扱えるようになっていることを話した。黒羽と彩希の秘密は、一切喋らなかった。

「そうか。それならば辻褄が合うな。バーラスカを服用した者は、魔力欠乏症や心臓病などになるケースが多い。心臓に何らかの異変をもたらし、魔力を生み出せなくなれば、ウロボロスも扱えるかもしれん。

 そもそも、ウロボロスに触れた者が魔力欠乏症になり、倒れるのは、急激に体内の魔力が消し飛ぶことによるショック症状だ。バーラスカを服用し続けて、魔力がない状態に身体を馴染ませれば、ありうるか」

「ああ。ヤツが何を考えて、んなことをしてんのかは知らんが、早く対処しないとやべーぞ。……で、だ。こっからが本題なんだが。単刀直入に言う。お前の隊に、代弁者本人、もしくは協力者が、騎士に成りすましている可能性がある」

 キースは顔を引き締め、目で続きを話すように促した。

「代弁者の野郎は、もしかすると、魔法を使わないで変装するのが得意かもしれない。……とにかく変だろ。前の事件にしろ、今回にしろ。これだけの被害を出しといて、今まで尻尾すら掴ませなかった。

 けどよ、変装が得意で、事件の詳細を把握できるところに潜りこんでいるとすれば?」

「……むう。それで、誰かに成りすましている可能性があるというわけか。どうすれば確かめられる?」

「お前の隊は、全員が高魔力を使える騎士ばかりか?」

「いや、一部の精鋭だけだ」

 テントの外から、恐らく先ほどの騎士達の懸命な声が聞こえてくる。

(もう少し、静かにやってくれりゃいいのに)

 ニコロは少しいらだたしげに、クリアフレッシュをポケットから取り出し、口に含んだ。

「今も好きなようだな」

「……なんか、止められなくてよ。お前もいるか?」

 キースは首を振るが、予想通りだ。変わらぬ懐かしさに頬を緩める。

 ニコロはゆっくりと、クリアフレッシュの清涼感を味わい、やがて、ため息交じりに言った。

「その精鋭達には、高魔力の魔法を使ってもらえばいい。魔力が低下した代弁者なら、使えないはずだからな。他のヤツらは……アレだ、会話であぶり出すしかないな。誰かに成り代わってるなら、本人しか知らない情報は話せないはずだ」

「確かに」

「まあ、つっても全員調べる必要はねえ」

 ニコロは、椅子を手繰り寄せて座ると、人差し指を二本使って、宙に真四角の形を表現した。

「俺がお前に送った手紙。それを読める可能性が高いヤツは誰だ?」

 キースは大して悩みもせずに、即答した。

「手紙を読める可能性がある者は、このテントを護衛する者と俺の副官だ。だが、コイツらとはよく顔を合わせる。少しでも変なところがあれば、俺が見抜けぬはずはない」

「そうかい。じゃあ、騎士団は可能性が低いかもな。と、なればギルド関係者が怪しいぜ」

「どうしてだ?」

「そりゃ……」

 呟いて止まる。ニコロは、大急ぎで立ち上がると、外へ飛び出そうとする。

「おい、どうした」

「ギルドマスターで確定だ。盗賊団のアジトの捜索、及び壊滅って依頼は、お前ら騎士団が出したものだろう」

 ニコロは、彩希の美貌に見とれるより前に、掲示板を一度見ていた。彼の記憶が正しければ、あの依頼書は、騎士団が依頼主だったはずである。

「あ、俺達の出した依頼は、お前らがやってくれたのか。礼を言う。ファマのアジトを見つけたことは、報告されている。まさか、すでに身柄を拘束しているとは思わなかったがな」

「それだ」

 ニコロは、舌打ちをした。頭の中で、代弁者の腹立たしい顔が思い浮かぶ。さぞや、気分が良かっただろう。

「……おかしいと思ったんだ。依頼主、ましてや騎士団にファマを捕らえた話が、まだ伝わってないなんて。だが、代弁者がギルドマスターに成りすまして、情報操作をしていたと考えればどうだ?」

 ニコロの推測に、キースは疑問を感じた。

「確かにそれならば、伝わってないのも頷けるが、そもそも初めから我らの依頼を、誰にも受けさせなければ良かったのではないか?」

「……さあな。ヤツの考えなんてまるで分からないが、とにかく俺は戻る。お前は、念のために騎士達を調べておいてくれ。何か分かれば、手紙を送る」

 ニコロは、キースの返事を待たず、外へ飛び出した。夜気を吸い込み、愛馬を呼ぶ。

 夜空に張り巡らされた暗闇を切り裂くように、煌々と月が輝いている。しかし、風に流れる雲が、その姿を覆い隠してしまった。

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