第66話  イラスナ火山の決戦――ダーティーボーイズ VS ガッデムファイア その3


「ふっひっひぃ~。今日は出血で殺さないように、血管を丁寧に焼きながら手足を切り落としていくっすよぉ~」


 柳生は熱気を放つ妖刀を地面に垂らして引きずりながら、ネインにゆっくりと近づいていく。その紫色に輝く超高温の妖刀が触れた黒い砂は、真っ赤に溶けて白い煙を上げている。しかしネインはその不気味な光景を見つめながら、静かに呼吸を整える。そして低い声で魔法を唱えた。


「第3階梯ひかり魔法――広大魔光マクスメルライト


 その瞬間、ネインの手のひらから100を超える白い光線が放たれた。その魔法の光は曇り空に向かってまっすぐ上昇してから四方八方に飛び散って、ドーム状に広がっていく。さらにその白い軌跡はすぐに無数の光の球に変化して、強烈な光をネインの周囲に照射した。


「なっ! なんだこりゃぁっ!?」


 そのあまりにも強い魔法の光に、宮本は反射的に目を閉じた。他の4人の男たちも、たまらず両手で目を覆う。その直後――柳生の口からかすかな空気が鋭く漏れた。


「あひゅっ……」


 さらに滝沢と塚原も言葉にならない声をこぼした。


「こふっ……」


「くはっ……」


 その小さな声が大気に溶けると同時に、強烈な魔法の光も一瞬でかき消えた。


「くそっ! 目くらましかっ! この卑怯者がぁっ!」


 宮本は慌ててまばたきを繰り返しながらネインに怒鳴った。しかし視力が戻ったとたん、愕然と目を剥いた。黒い砂の大地の上に、塚原と滝沢と柳生が倒れていたからだ。しかも3人とも、首と胴体が別々に転がっていた。


「こっ!? これはいったい……!?」


「……自分の能力を自分でバラすとは、やはり借り物の力に溺れた愚か者ということか」


「テメェ、まさか……」


 塚原の死体のそばで真紅のナイフを握っているネインを見て、宮本は思わず目を吊り上げた。


「今の光魔法で自分の影を消して、塚原の能力を無効化しやがったな」


「影に刀を突き刺して動きを止めるというのなら、影がなければいいだけのこと。別に難しい話ではない」


 ネインは黄色い妖刀を大地から引き抜き、はるか遠くに放り投げた。


「こンのヤロウっ! ざけたことしやがって! テメーはもうっ! ゼッテェゆるさねぇからなぁーっ!」


 宮本は激高して目を血走らせ、怒号を上げながらネインに斬りかかった。しかしその瞬間、青い電気を体にまとったネインは超高速で移動して、宮本の後ろに飛び込んだ。さらにそのまま宮本の背中から心臓にナイフを突き立て、ひねって引き抜き、宮本の首を一瞬で斬り飛ばした。


「……さて。残りはおまえだけだ」


 宮本の胴体が黒い大地に倒れるのと同時に、ネインは離れたところで目を押さえていた佐々木に向かって歩き出した。


「しかし、おまえたち転生者は生き返ることができるコインを持っていると聞いた。ならばもう1度ずつ倒す必要があるな」


「持ってねーよっ!」


 ようやく視力が回復した佐々木は、仲間たちの死体を見て絶叫した。


「そいつらはゲートコインを持ってねーんだぞっ! それなのにぶっ殺すなんて! テメェ! このクソヤロウっ! なんてひどいことをしやがるんだっ! この人でなしがぁーっ!」


「それはつまり、そのゲートコインとやらを持っているのは、おまえだけということか」


「ああっ!? だったらどうしたっ! テメーもこの場で切り刻んでぶっ殺してやるっ! 次元剣ディメンションソードっ! 必殺っ! ディメンションスラッシュっ! つばめ返しぃーっ!」


 佐々木は素早く後ろに1歩引いて黒い妖刀を肩に構え、ネインに向かって振り下ろした。しかしその瞬間、ネインは半歩横にずれた。


「ンなにぃっ!?」


 佐々木は愕然と両目を見開いた。目に見えない次元の刃をネインがあっさりと避けてかわし、その後ろに転がっている宮本の死体が真っ二つに切れたからだ。


「テッ! テメェ! 避けてんじゃねぇぞコノヤローっ!」


 佐々木はさらに気合いを放ち、妖刀を縦・横・斜めに素早く振り抜く。しかしネインは再び避けた。


「う……うそだろ……?」


 その信じられない光景に、佐々木は一瞬呆然として手が止まった。しかしすぐに顔を真っ赤にして妖刀を連続で振り回す。それでもネインは次元を切り裂く無数の斬撃を、苦も無くすべてかわしていく。


「……なっ……なんでテメェ……俺のつばめ返しが当たらねぇんだよ……」


「おまえの武器の特殊能力には、致命的な欠点があるからだ」


 息が完全に上がって動きが止まった佐々木は、汗まみれの顔でネインを憎々しげににらみつけた。その醜く歪んだ顔をネインはまっすぐ見据えながら、佐々木の黒い妖刀を指さした。


「おまえは仲間たちから離れた場所に立っていた。そしてオレがおまえに向かって歩き出したとたん、おまえは1歩引いて刀を構えた。それでおまえの武器の能力は遠距離攻撃だとわかった。だったらあとは、刀の動きを見て避ければいいだけのことだ。遠くの相手を斬るだけの武器なんか、不意打ちぐらいにしか使えない。はっきり言ってショボイ武器だ」


「なんっ……だとぉぅ……? 俺の黒光長竿くろびかりながさおが……ショボイだとぉぅ……?」


 淡々としたネインの言葉に、佐々木は思わず愕然とした。それから急に奥歯を噛みしめ、瞳の中に怒りの炎を宿らせながら妖刀を振りかざす。


「ざっけんじゃねぇぞゴラァーっ! 俺の妖刀に斬れないモノは1つもねぇっ! 世界最強の妖刀だぁっ! そして全力で振り抜けばぁっ! 太刀筋なんて読めるはずがねぇーっ! テメーなんざ一撃で真っ二つにしてやんよぉっ! ぅぅぅうおおおりゃああああーっ! 全力全開! 超必殺っ! マックスパゥアーっ! つばめがえ――」


 佐々木は全力で吠えながら妖刀を力任せに振り下ろした。その瞬間、ネインは佐々木の目の前に踏み込んでいた。そして真紅のナイフを素早く振り抜き、黒い妖刀を根元から断ち切った。


「……はれ?」


 佐々木は宙を舞って飛んでいく黒い刀身をキョトンと見上げた。そして黒い砂の大地に転がった自分の妖刀を見下ろして、あごを激しく震わせた。


「お……お……おれの黒光長竿くろびかりながさおが……一撃で真っ二つにされただとぉぅ……?」


「さて。答えてもらおうか。おまえのゲートコインはどこにある」


「ゲ、ゲートコイン……?」


 茫然自失の佐々木はネインに訊かれたとたん、腰に提げている小さな革袋に目を落とした。


「なるほど。その中か」


 ネインはすぐさま佐々木の革袋を奪い取り、中から白銀に輝くコインを取り出した。それから背を向けて歩き出し、距離を取って振り返る。


「これで転生武具ハービンアームズとゲートコインはもうない。借り物の力を失ったおまえはただの無力な男だ。だから最後にもう1度だけ訊いておく。おまえたちの目的はなんだ。どうしてオレたちの世界に転生してきた」


「お……おれたちの目的……?」


 佐々木は手から滑り落ちた妖刀の柄を呆然と見下ろした。最強と信じて疑わなかった自分の妖刀が、まさかこれほどあっさり打ち砕かれるとは夢にも思っていなかったからだ。


 そうだ。これは夢だ。悪い夢だ――。佐々木は自分の心にそう言い聞かせた。しかし同時に、それは無駄なあがきだとも理解していた。なぜならば、佐々木の視界の中には仲間たちの死体が倒れていたからだ。だから佐々木は震え出した自分の手と、ゴミのように転がる仲間たちから目を逸らし、生気の消えた顔で灰色の空を見上げて呟いた。


「……目的なんて、そんな大そうなモノはねぇよ。おれはただ、ふつうに生きていたかっただけだ。ふつうにかわいい彼女を作って、周りのヤツらにおれはスゲェって思われたかっただけだ。親父に殴られたり、おふくろにバカにされたり、兄貴や弟と比べられたり、そんな世界がヘドが出るほどキライだった。だからおれは、ムカつく家族がいない世界に行きたいと思っていただけだ……」


「……普通に生きるのが望みなら、なぜオレたちを襲った」


「そんなの、力があるからに決まってるだろ」


 ネインに再び訊かれたとたん、佐々木はふらりと歩き出し、仲間たちの死体に足を向けた。何をしたいのか佐々木自身にもわかっていなかったが、もはやそうするより他に道はないと本能的に直感していた。だから佐々木はゆっくりと進みながらネインに答えた。


「おれたちが襲ったのはテメーらだけじゃねぇ。数え切れないぐらいの人間を殺してきた。だって、誰もおれたちに勝てねーんだから当然だろ。どこの世界でもつえーヤツが生き残る。それが常識だろうが」


「それは違う。人間はけものではない。助け合って生きる存在だ」


「うるせー。きれいごとぬかしてんじゃねーよ」


「おまえの主張は世迷言よまいごとだ」


「だったらなんだよ。おれがおれの考えを持っちゃいけねーって言うのかよ。冗談じゃない。テメーはいったい何様だ? おれにはおれとして生きる権利があるんだよ。おれの人生はおれ自身が決めていいんだよ。だからおれはこいつらと一緒にいることを選んだんだ。そうやって……おれはこいつらと一緒に……今日まで楽しく生きてきたっていうのによぉ……」


 佐々木は宮本の死体のそばにひざまずき、涙を流して奥歯を噛みしめた。ついさっきまで生きていた親友が死んだなんて信じられなかった。クソみたいな父親に殴られて、クズみたいな母親にバカにされた時も、ただ黙って一緒にいてくれた幼なじみが死んだなんて、とても信じられなかった。だから佐々木はこうべを垂れて、心の底から涙を流した。


「なんでだよぉ……。なんでムサイを殺したんだよ……。なんでテメーはこんなひどいことをしやがるんだよ……。おれたちはただ、自由に生きていたかっただけなのに……なんで……なんでこんなところで殺されなくちゃならねーんだよぉ……」


「どうやらおまえの頭の中には、自分の都合しかないらしいな……」


 不意に泣き崩れた佐々木の背中を見て、ネインは小さな息を漏らした。自分の楽しみのためだけに平気で他人を襲って殺すような人間が、仲間の死を嘆き悲しんでいる――。その姿がネインには理解できなかったし、理解したくもなかった。そんなネインの呆れ果てた声を耳にしたとたん、佐々木はまなじりを吊り上げた。そしてすぐさま宮本の妖刀を握りしめて勢いよく立ち上がり、ネインを憎々しげににらみつけた。


「あぁっ!? だったらなんだぁーっ! 俺が俺の都合で生きてなにが悪いっ! 誰だってそうだろうがっ! 誰だって自分の都合が最優先じゃねぇかっ! 違うなんて言わせねぇぞっ! このクソヤロウがぁーっ!」


「……アーサー・ペンドラゴンもそうだったが、おまえたち転生者というのは、自分の欲望を抑えることができないようだな」


「うるせぇっ! だまれぇっ! テメーはもうだまりやがれっ! さっきからなに上から目線で語ってんだっ! このクソガキがぁーっ!」


 佐々木は桃色の妖刀を片手に握り、肩をいからせながらネインに向かって歩き出した。


「とにかくっ! テメーはムサイを殺した極悪人だっ! 俺の仲間を殺した残虐非道な殺人鬼だっ! もうゼッテェゆるさねぇっ! ゼッテェ死んでも許さねぇっ! テメーなんか今すぐこま切れにしてぶっ殺してやるっっ!」


「そうか。ならばオレも本気で相手をしてやろう」


 ネインは怒り狂う佐々木を淡々と見据えながら、胸の前で両手を合わせ、絶対の魔法を唱えた。 


「第00階梯絶対ぜったい魔法――DCS神聖全能覚醒波動アクレイン


 瞬時に黄金色のきらめきがネインの全身にほとばしる。さらにネインは胸の封印水晶エリスタルを握りしめ、力を込めた声を大気に放った。


「こい! ガッデムファイア!」


 その瞬間、ネインの体から爆炎が噴き出した。しかし佐々木は両目を限界まで吊り上げて妖刀を振りかざし、細い爆炎流をまとったネインに向かって突っ込んでいく。


「へっ! 今さらそんなこけおどしで俺がビビると思ってんじゃねぇぞゴラァーっ!」


「やはりおまえは、借り物の力を振るうことしか知らないんだな……」


 雄叫おたけびを上げて突進してくる佐々木を見て、ネインはわずかに哀れんだ。身の丈に合わない力を手に入れた者は、相手の力を推し測ることができない。敵をあなどるどころか何も考えずに攻撃するのは、勇猛ではなく、ただの無知――。強い力を手に入れた、心が弱い愚かな道化をネインはまっすぐ見据えながら、右手を前に突き出した。そして静かに必殺の魔法を発動させる。


「光・火炎第6階梯合成魔法シンセマギア――鳳凰レッドライト魔閃光・フェニックス


 その瞬間、ネインの前に赤く輝く光の鳥が現れた。その魔法の鳥はすぐさま灰色の空へと飛び上がり、大気に赤い軌跡を刻みながら縦横無尽に飛翔する。そして次の瞬間、一筋の光となって一気に佐々木の胸を貫いた。


「――ごぶっ」


 猛烈な勢いでネインに向かって突き進んでいた佐々木は、赤い光線に撃ち抜かれたとたんピタリと止まった。さらに佐々木の口から鈍い声と赤い血がわずかに噴き出し、その直後、全身が一気に燃え上がった。そうして瞬時に炎の柱と化した佐々木は、その場に倒れて絶命した。


 さらに赤い光の魔鳥は大地に転がる4人の死体にも襲いかかり、灼熱の炎で焼き尽くす。そして5人の体が黒い骨だけになると、光の鳳凰ははるか上空へと飛び上がり、炎の花を咲かせて消えた。


「……おまえたちのけがれた魂に安息は許されない。暗黒領域ヘルバースの炎で焼き尽くされて、苦しみながら消滅するがいい」


 黒い大地に転がった5体の骨を眺めながら、ネインは淡々と呟いた。するとその時、不意にどこからか女性の声が飛んできた。


「――ネイーンっ!」


「……うん? あれは……?」


 ハッとして振り返ったネインは、思わず困惑顔で首をひねった。遠くから駆け寄ってくる声のぬしは、見知らぬ若い女性だったからだ。しかもその銀色のローブをまとった長い黒髪の女性はネインの前で足を止めると、心配そうな表情を浮かべて慌ただしく話しかけてきた。


「ネイン、大丈夫? 怪我はない?」


「……えっ? ケガ?」


「そう。悪い人たちがネインを殺そうとしてたでしょ? だからわたし、ネインのことが心配で駆けつけたの。大丈夫? どこも怪我してない?」


「それは、えっと……はい、ケガはないですけど……」


「ああ、よかったぁ。わたし、ネインが殺されちゃったらどうしようかと、すごく心配だったの」


 黒髪の女性は白い手で胸を押さえながら、心底ほっとした顔で息を漏らした。それからすぐに、周囲をキョロキョロと見渡し始めた。


「それで、あの悪い人たちはどこ? わたしはなんの魔法も使えないけど、ヒミナがすぐにやっつけてくれるから」


(なんなんだ、この人は……?)


 ネインは思わず首を左右にひねりまくった。この女性と会ったことは1度もない。それなのに、なぜか自分の名前を知っていて、しかも心配で駆けつけたと言い切ったことが不思議でたまらなかった。どうやらさっきの5人組に襲われているところを見て助けにきてくれたようだが、そんなことをしてくれる存在の心当たりは1つもない。だからネインは困惑を隠しきれない顔で、おそるおそる女性に尋ねた。


「あの……オレを襲ったヤツらなら、たったいま倒しました。それより、なんでオレの名前を知って――」


「えっ!? 相手は5人もいたのに、もう倒してしまったの!?」


「え、ええ……。それほど強い敵ではなかったので」


「そう。だったらよかったぁ。ネインは人間だから殺されちゃうと死んじゃうでしょ? だからわたし、本当にすごく心配だったの」


 女性はネインの手をそっとつかみ、自分の胸に当てて微笑んだ。その優しげな表情を見つめながら、ネインはさらにパチパチとまばたいた。


「そ、そうですか。心配してくれてありがとうございます。それで、あなたはいったい――」


「そうすると、ネインはもう安全なのね?」


「え? ええ、まあ、そうですけど」


「それならわたし、もう戻らないと。用事が済んだら早く戻るように、ヒミナに言われているの。それじゃあ、ネイン。これからも怪我をしないように気をつけてね。わたし、ずっと見てるから」


 女性はもう1度ネインの手を優しく握りしめながら微笑んだ。そしてすぐに元来た方へと小走りで駆けていく。


「ずっと見てる……? どういう意味だ……?」


 ネインは遠ざかっていく女性の背中を眺めながら呆然と呟いた。するといきなり女性が慌てて駆け戻ってきたので、首をほとんど真横にかたむけた。


「えっと、どうかしましたか……?」


「ごめんなさい、ネイン。お土産って、なんのことだかわかる?」


「……はい? お土産ですか?」


 息を切らしながら質問してきた女性を見て、ネインは一瞬、頭の中が真っ白になった。女性の言動が突拍子もなさすぎて、思考がとても追いつかなかったからだ。しかし女性はネインの困惑に気づくことなく、真剣な顔でさらに話す。


「そうなの。ミルシュとシャーレにお土産を持ってきてって頼まれたんだけど、わたし、なんのことだかよくわからないの」


「そ……そうなんですか……」


 もはや何がなにやらわけがわからない――。困惑を通り過ぎて混乱しかけていたネインは、胸に下げている封印水晶エリスタルに目を落とした。すると水晶の中で揺れる炎は淡い黄金色に輝いていた。


(どうやら異世界種アナザーズではないみたいだけど、言動がこれほど突飛な人は初めてだ……。だけどまあ、心配して駆けつけてくれたということは、悪い人ではないんだろ……)


 ネインは何とか気を取り直し、小さな息を吐き出した。この女性が何を考えているのかはよくわからないが、今はとりあえず質問に答えよう――。ネインはすぐに頭を切り替え、あごに手を当てて考えた。そしてふと思いつき、腰にげていた小さな革袋を黒髪の女性に手渡した。


「えっと、それじゃあ、これをどうぞ」


「え? ネイン、これはなぁに?」


「それは砂糖です。オレはいつも余った砂糖をチェルシーのお土産にしていますから」


「そう。これがお土産なのね……」


 女性は革袋の中の茶色い砂糖を見て、不思議そうに小首をかしげた。


「それでネイン。このお土産はどうやって使うの?」


「さ……砂糖の使い方ですか……?」


 うーむ、まさかそこから説明が必要なのか――。ネインは思わず呆然とした。


「そうですね……そのまま舐めてもいいですし、お茶にいれてもいいと思います。オレの幼なじみはいつもクッキーを焼いています」


「そのまま舐めるか、お茶にいれるか、クッキーというものに使えばいいのね。わかったわ。ありがとう、ネイン」


 女性は再びネインを見つめて無邪気に微笑んだ。そして今度こそ振り返らずに走り去り、遠くの岩陰に姿を消した。


「本当に、あの人はいったいなんだったんだ……? なんでオレのことを知っているんだろ……?」


 ネインは呆気に取られたまま、女性が消えた岩陰を遠目に眺めた。そして少しの間考え込んだが、やはりいくら記憶を掘り起こしても、女性の顔には見覚えがない。


「……そうだな。わからないことは、いくら考えても推測の域を出ないからな」


 ネインはフッと息を吐き出し、肩の力を抜いて振り返る。そしてメナが隠れている岩陰に足を向けた。


「――ネインさんっ!」


 地面にしゃがみ込んで震えていたメナは、ネインの姿を見たとたん、パッと顔を輝かせた。


「お待たせしました。あの5人は倒しましたので、もう大丈夫です」


「あうぅ~、すっごくこわかったですぅ~」


 ネインが近づいて声をかけると、メナは瞳を潤ませながらネインに抱きついた。するといきなりネインの体がビクリと震えたので、メナは反射的に顔を上げた。


「えっ? ネインさん? どうかしましたかぁ?」


「え、ええ……その、なんと言うか、何かが後ろにいるみたいで……」


「うしろ?」


 ネインとメナはそろってネインの背後に目を向けた。するとそこには――メナよりも背の低い女の子が、なぜかネインの腰にへばりついていた。


「えっとぉ……この子はいったい……?」


 メナはキョトンと首をかしげてネインに訊いた。しかしネインも困惑顔で首を小さく横に振る。それでメナはおそるおそる、金色の髪の女の子に声をかけた。


「……あのぉ、どちらさまですかぁ?」


「ララチ」


 訊かれたとたん、女の子はネインにしがみついたまま、淡々とした顔でメナを見つめた。それからネインをまっすぐ見上げてさらに言う。


「ララチにも、おみやげちょうだい」


「……え? お土産?」


「うん。おみやげ」


 ネインはさらに困惑しながら訊き返した。すると、金色のローブをまとった少女は真顔でこくりと1つうなずき、小さな両手をネインの方にまっすぐ向けた。


「おみやげちょうだい」


「そ……そうか、お土産か」


 ネインはわけがわからないまま仕方なくうなずいた。まさか見知らぬ相手から、しかも2回連続でお土産をねだられるなんて夢にも思っていなかった。それにこうして現在進行形で体験しても、何がなにやらさっぱりわけがわからない。


 だからネインは頭の中が混乱したまま、金髪少女とメナを連れてマグマの池の近くに戻り、置いていた背負い袋からガラスのビンを取り出した。そして飴玉が詰まったビンを手渡すと、少女はどこかに走り去っていった。


「あの子はいったい、なんだったんでしょう……?」


「わかりません……」


 メナとネインは呆然と声を漏らし、少女の背中が見えなくなるまで見送った。そしてそのまましばらくの間、黒い砂の大地を眺め続けた。


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