第60話  深き森と、遥かなる空の彼方――シルバーゴーレム VS ガッデムファイア その3


「第00階梯絶対ぜったい魔法――DCS神聖全能覚醒波動アクレインっ!」


 巨大なシルバーゴーレムが森の木々をなぎ倒して空き地に飛び出してきた直後、ネインは胸の前で両手を合わせて絶対魔法を発動した。そして黄金色の淡い光を体にまとったまま、一直線にゴーレムへと突っ込んでいく。


(……あのゴーレムは周囲の樹木よりも巨大な魔物。しかも金属のような硬い体を持つ疑似生命体。となると、一撃必殺の魔法をかけるのは難しいか……。ならばやはり、魔法核マギアコアを狙うしか――むっ!?)


 空き地を駆け抜けながら作戦を立てていたネインは、とっさに横に走った。直後、ゴーレムの指先から放たれた銀色の光が大地を一直線に切り裂いた。さらに光線は走って逃げるネインを追いかけ、地面を銀の炎で燃やしていく。


「……くっ! 第1階梯電撃でんげき固有魔法――起電エレク・身体インナー超加速・ストリームっ!」


 ネインは瞬時に魔法を唱え、青い電撃を体にまとった。そしてさらに加速して突っ走り、ゴーレムの背後に回り込んで光線を振り切った。


(今の光線がシルバーゴーレムの特殊攻撃かっ! 巨大な体で遠距離攻撃ができるとはたしかに強いっ! 長引くと圧倒的にこちらが不利! ならばやはりっ!)


 ネインは上から踏み潰しにかかってきた巨大な足をギリギリで避けた。そして素早く態勢を立て直し、走りながらゴーレムに右手を向けて魔法を唱える。


「第4階梯ひかり魔法――感知光センシング・結界ライトレイっ!」


 瞬間、ゴーレムを中心に白い光線が縦横にいくつも走った。ネインが発生させた魔法の光線は立方体の格子状に展開してゴーレムを包囲し、すぐさま一点に収束していく。そこはゴーレムの胸とのどの境目だった。


(やはり体の中心線上! こいつの魔法核マギアコアはのど元かっ!)


 ゴーレムの太い首の付け根で淡く輝く白い光を見上げながら、ネインは足を止めずにひたすら走る。その直後、距離を取ったネインに向かってゴーレムが両手を突き出した。


(ハッ! あの手はまさかっ!?)


 瞬間、ネインの瞳に緊張が走った。直後――ゴーレムの巨大な10本の指先から、銀色の光線が一斉に放たれた。


「いやぁーっ! ネインさんあぶないっっ!」


 はるか遠くの藪の前でネインの戦いを見つめていたメナが悲鳴を上げた。しかしその鋭い声はネインの耳には届かなかった。


(くっ! これは避け切れないっ!)


 続々と降り注いでくる銀色の光線を、ネインはギリギリでかわしていく。しかし9本目を避けたとたん、目の前に最後の光線が飛んできた。


 その瞬間、ネインは雄叫びを上げながら腰のナイフを引き抜いた。さらに真紅のナイフで光線を切り裂きながら駆け抜ける。しかしその直後、ゴーレムが再び10本の光線をネインに向かって撃ち出した。ネインはとっさに首から下げている封印水晶を握りしめ、全身全霊で気合いを放つ。


「うおおおおおおおーっ! こぉいっ! ガッデムファイアーっっ!」


 刹那、水晶の中で揺らめく魔法の炎が燃え盛り、ネインの全身から爆炎が噴き出した。


「第6階梯火炎かえん魔法――鳳凰魔炎波動バーンフェニックスっ!」


 渦巻く魔炎をまとったネインはとっさにナイフを鞘に戻し、魔法を唱えた。同時に巨大な魔炎の鳥が目の前に現れた。ネインは全力ダッシュで魔炎の巨鳥にしがみつく。直後、火の鳥はわずかに赤みがかった空に向かって一直線に羽ばたいた。さらに猛スピードで大空を駆け回り、追撃してきた10本の光線を次々に避けていく。


「そっ!? そらを飛んだぁーっ!?」


 炎の鳥にしがみついて大空を舞うネインを見て、メナは目を丸くしたまま尻餅をついた。


「いいぞっ! フェニックス! そのまま上空まで飛び上がれっ!」


 ネインの鋭い命令に魔炎の鳥は一声吠えた。そしてそのままはるか上空まで一気に加速して昇っていく。しかし次の瞬間、シルバーゴーレムがネインに向かって両腕をまっすぐ伸ばした。さらにゴーレムは全身のいたるところから無数のレンズを瞬時に露出し、100を超える銀色の光線を撃ち出した。


「光線の雨っ! そんな奥の手があったのかっ! だがしかしっ!」


 ネインは猛烈な加速に耐えながらさらに上昇していく。そして巨大なゴーレムが豆粒に見えるほど離れた瞬間、魔炎の鳥から手を放し、今度は逆に猛スピードで落下しながら、撃ち出された光線をギリギリで避けていく。


「――父さんと母さんを殺したのは飛び道具だ! だからオレは遠距離攻撃への対策を考えた! その結果、飛び道具で落下物を狙うのは難しいとわかった! それは弓矢だろうが魔法だろうが変わらない! だからっ! おまえの攻撃はオレには当たらないっ!」


 ネインはゴーレムの全身から発射された光線をすべて避け切ったとたん、両手両足を一気に開いた。そして全身で風を受けて落下速度を抑えながら、右手の人差し指でゴーレムののど元をまっすぐ狙い、渾身の気合いとともに魔法を放つ。


「いくぞぉーっ! シルバーゴーレムっ! これで終わりだぁーっ! うおおおおおおおーっ! 火炎第5階梯固有魔法ユニマギア――熱線レーザー・エ魔炎爆クスプロージョンっっ!」


 瞬間――ネインの指先から真紅の閃光が放たれた。


 その赤い光線は空間を瞬時に切り裂き、ゴーレムののどの付け根を貫いた。直後、聖銀巨人像の胸とのどの境目から真紅の光があふれ出し、大爆発――。土と泥で薄汚れた巨大なゴーレムの頭部が音を立てて大地に落ちる。さらにその巨体も崩れ落ち、地響きとともに空き地に倒れ、動きを止めた。


「――こいっ! フェニックスっ!」


 ネインの呼び声とともに大空を舞う魔炎の巨鳥がまた吠えた。そして急降下してネインを乗せるとゴーレムの横にふわりと降り立ち、姿を消した。同時にゴーレムの巨体も端の方から崩壊を始め、瞬く間に光の粒となって宙に溶けた。


「これが、シルバーゴーレムの魔法核マギアコアか……」


 ネインはゴーレムの首があった場所に近づき、落ちていた塊を拾った。それは手のひらからあふれるほどの、大きな銀色の宝石だった。


「さて。陽が沈むまでまだ時間があるな。荷物を回収して、もう少し先に進むか――」


 ネインは呼吸を整えながら周囲を見渡した。シルバーゴーレムが暴れたせいで森の木々はなぎ倒され、空き地にはまだ銀色の炎がわずかに燃え残っている。その荒れ果てた景色を眺めながら、ネインは大きな息を1つ吐き出す。それから遠く離れた藪の前で、呆然と尻餅をついているメナの方へと歩き出した。




「――おおっ! やったぁっ!」


 ネインが大空を落下しながら真紅の光線を放ち、シルバーゴーレムを撃破した瞬間、全知空間イグラシアの管理領域でヒミナが思わず快哉かいさいを叫んだ。


 他のメメンたちもソファから身を乗り出して歓声を上げ、水色の髪のミルシュと青い髪のシャーレは思わず手を叩き合わせて喜んだ。ベッドで寝ていたセリリンとクスネもいつの間にか目を覚まし、寝転んだまま小さな手で拍手している。


「よかったな、ハルメル。おまえのお気に入りの人間、なんとか生き残ったじゃないか」


「ええ。本当に胸がどきどきしたわ」


 笑顔で振り返ったヒミナに、ハルメルは両手で胸を押さえながらホッと安堵の息を漏らした。するとララチもハルメルを振り返り、不思議そうに首をかしげて口を開く。


「どうしてハルメルはドキドキしたの? ララチ、ぜんぜんドキドキしなかったのに」


「それはたぶん、ララチはネインのことを知らないからよ」


 ハルメルは白い手を軽く振って、周囲の空間にいくつもの画面を表示した。それらの画面には過去のネインの姿が映し出されている。


「わたし、ネインが寝ている時は、ネインの過去を見ていたの。生まれた時から今日まで、ネインがどうやって生きてきたのか全部見たの。特にアグス様と契約を交わしてからの7年間は何度も見たわ」


「はあ? 何度もって、同じシーンを何度も見たのか?」


「ええ」


 怪訝けげんそうに眉を寄せたヒミナに、ハルメルは1つうなずいた。


「8歳のネインはセリリンと同じぐらい小さな体だったのに、毎日涙をこらえながら体を鍛えていたの。そして毎日夕方になると裏庭の井戸に座って、1人でずっと泣いていたの。9歳になるともう泣かなくなったけど、もっと必死に体を鍛えるようになってね、10歳になると大きな街に出て、自分でお金を稼ぐようになったの」


 ハルメルは過去のネインの姿を眺めながら、悲しそうに微笑んだ。


「……ネインはね、同じ年ごろの子どもたちが笑いながら遊んでいる時に、1人で静かに涙を流しながら生きてきたの。そういう生活を今日までずっと繰り返してきたネインを見ていたら、なんだかこう、胸の奥が締め付けられて苦しくなるのに、目が離せなくなっちゃうの」


「ふーん。アタシにはなんだかよくわかんない話だな」


「あたしもよくわかんない」


「ボクもわかんない」


「私にも理解できんな」


「ララチもわからない」


「はわわぁ~。みなさん、そういうこと言っちゃダメですよぉ~」


 ヒミナに続いてミルシュ、シャーレ、サライサ、ララチが首を横に振ると、紫色の髪のヤミリアが慌てて口を開いた。すると黒いローブをまとったアイシイが呆れ顔でヤミリアに言う。


「ほっときなさい、ヤミリア。そんな思いやりの気持ちがない人たちなんか」


「なんだよ、アイシイ。だったらおまえは、ハルメルの言ってることがわかるって言うのか?」


「いいえ、わからないわよ」


 ヒミナの言葉に、銀色の髪のアイシイは即座に首を横に振った。


「私だって人間なんかに興味なんてないから、そんなことわかるわけないじゃない。だけどハルメルはそうじゃないってことでしょ。だったらそれでいいじゃない。自分が理解できないからって、ハルメルの考え方まで否定する方がおかしいのよ」


「いや、別にアタシらは否定なんかしてないだろ」


「なに言ってんの。ハルメルの話を聞いた直後に『理解できない』とか『わからない』――なんて言ったら、否定したこととおんなじじゃない」


「だから、そういうつもりは全然ないって言ってるだろうが」


「つもりがなかったら何を言ってもいいってわけではないでしょ。そういうことに考えが及ばないから、あんたたちは思いやりがないって言われるのよ」


「まったく……。おまえは本当にめんどくさいなぁ……」


 ヒミナは思わず困惑顔で赤い髪をかき上げた。すると、それまで黙っていたグラリスがおもむろに口を開いた。


「……だったら、みんなでその少年のことを見てみたらどうだ?」


「はあ? グラリスおまえ、いきなりなに言ってんだ?」


「別にそれほどおかしな話ではないだろう。ハルメルはネイン・スラートの観察をしなくてはいけない。だからみんなでその仕事に付き合ってみたらどうだということだ。そうすれば、ハルメルの気持ちを理解できるようになるんじゃないか?」


 グラリスはソファに座ったまま首だけで振り返り、メメンたちに向かって言った。するとまっさきにサライサが口を開いた。


「……いいだろう。か弱い人間にしては、先ほどの戦いぶりはなかなか見事だったからな。私ももう少し、あの少年を見てみたい」


「うん。ララチも見たい」


「じゃあ、あたしも見たい」


「だったらボクも!」


 グラリスの提案にサライサが同意したとたん、ララチ、ミルシュ、シャーレに続き、他のメメンたちもうなずいた。


「まったく……。おまえらはただ暇なだけだろ。……まあ、アタシも暇だから別にいいけどさ」


 ヒミナは諦め顔で肩をすくめ、ハルメルに声をかける。


「それじゃあ、ハルメル。アグス様のメンテが終わるまで、みんなでおまえの仕事に付き合ってやるよ」


「ありがとう、みんな」


 ハルメルは仲間たち一人ひとりの顔を見つめて嬉しそうに微笑んだ。


「だったらわたし、お茶をいれてくるわね。フロリス様にいただいたお茶が、まだいっぱい残っているから」


「お茶? なんだそりゃ?」


「植物の風味がついたお湯のことよ。それを飲むと体が温まるの」


「えっ!? なにそれ、なんか面白そう! あたし、それを作るとこ見てみたい!」


 ハルメルの説明を聞いたとたん、ミルシュが瞳を輝かせながら立ち上がった。すると他のメメンたちも続々と立ち上がる。


「じゃあボクも見る!」


「ララチも見たい」


「ならば、私も見せてもらおうか」


「あわわぁ~、わたしも見たいですぅ~」


「セリも~」


「うちも~」


「…………」


「うむ。珍しいものは見ておいた方がいいな」


「せっかくだから、私も拝見しようかしら」


「それでは、みんなでお茶をいれに行きましょうか」


 ハルメルもおもむろに立ち上がり、片手を振って黒い空間を作り出す。そしてその中にみんなでぞろぞろと入っていく。


「……え? なに? アタシ以外全員行っちゃうの?」


 最後に1人だけ残ったヒミナは思わずポカンと口を開けた。それから慌てて立ち上がり、黒い空間に飛び込んだ。


 そして誰もいなくなったあと――。


 ベッドの中から長い黒髪の少女がもぞもぞと顔を出した。五熾天使のホローズだ。ホローズはベッドの上で体を起こすと、長い息を吐き出した。それからネインが映っている空間映像を見つめながら、ぽつりと呟く。


「……さてと。今の会話の中で、違和感を覚えたのはただ1人――。つまり、メメンたちの中に異世界種アナザーズのスパイがいるとしたら、あの子ということか……。やれやれ。なかなか厄介な子が容疑者になったにゃぁ……」


 ホローズは寝ぐせだらけの頭をボリボリとかいた。それから再びベッドの中に潜り込み、すやすやと静かな寝息を漏らし始めた。


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