第59話  深き森と、遥かなる空の彼方――シルバーゴーレム VS ガッデムファイア その2


・まえがき


■登場人物紹介


※今回は、全知空間イグラシアでネインを観測していたメメンたちが登場します。

※メメンは『イグラシア管理精霊人』の総称になります。総勢12名。

※メメンの外見は全員が少女、または若い女性になります。


名前   外見年齢 髪色・長さ       一言


セリリン 10歳 栗色・ベリーショート ポワーっとしているのんきな子

クスネ  11歳 白・ベリーロング   クスクス笑う、感じのいい子

ララチ  12歳 金髪・ボブ      何でも知りたがる、理屈っぽい子

シャーレ 13歳 青・ショート     好奇心旺盛な子

ヤミリア 14歳 紫・セミロング    心配症の優しい子

ミルシュ 15歳 水色・ロング     白黒つけたがるお年頃

ハルメル 16歳 黒・ロング      静かに仕事をするマジメな子

プルネリ 17歳 緑・ベリーロング   静かに微笑む、おとなしい子(?)

ヒミナ  18歳 赤・ボブ       リーダー肌の仕切り屋さん

サライサ 19歳 茶髪・ベリーショート けっこう力押しタイプ

グラリス 20歳 こげ茶・ショート   気配り上手のお姉さん

アイシイ 21歳 銀髪・セミロング   すまし顔の気配りさん



***



 不意に若い女性の悲鳴が響き渡った――。


 そこは白い床がどこまでも続く、全知空間イグラシアの管理領域だった。悲鳴を上げた長い黒髪のハルメルは、ぽつんと置かれた巨大なベッドの端に腰かけたまま、愕然と目を見開いて固まっていた。するとベッドのそばに黒い空間が発生し、中から赤い髪の若い女性が血相を変えて飛び出してきた。


「――どうしたハルメルっ! なにがあったっ!?」


 赤毛の女性の声が響くと同時に、黒い空間は次から次へと増えていく。そしてやはり若い女性や少女たちが続々と姿を現す。全員がイグラシアの管理人、メメンたちだ。


「ヒミナ……どうしよう。ネインが……ネインが大変なの」


「はあ? ネイン? 誰だそりゃ?」


 いきなり震える声を漏らしたハルメルを見て、ヒミナは怪訝けげんそうに眉を寄せた。


「ネインはネインよ。ほら、よく見て」


「見ろっておまえ……それはリアリスの映像か?」


 ハルメルが目の前の空間に浮かんだ映像を指さしたので、ヒミナは他のメメンたちと一緒にベッドに近づき、大きな画面に目を向けた。そのとたん、銀色のローブをまとったハルメル以外の11人は不思議そうに首をかしげた。画面の中には、小柄な少女を抱えて森の中を疾走する黒髪の少年と、薄汚れた巨大なゴーレムの姿が映し出されていたからだ。


「ほら! ネインが精霊獣に襲われているの! 大変でしょ!?」


 ハルメルが再び動転した声を張り上げたので、ヒミナは思わずハルメルをまじまじと見つめた。


「……はあ? まさかおまえ、たかがこんなことで悲鳴を上げたのか?」


「だって! ネインは人間なのよ! 殺されたら死んじゃうのよ!?」


「いや、殺されたら誰だって死ぬだろ……」


 ヒミナが思わず呆れ果てた声を漏らすと、他の少女たちも一斉に肩の力を抜いて息を吐き出した。しかしその中でたった1人、背の低い金髪の少女だけは極めて真面目な顔で口を開いた。


「それはちがう。ハルメルはまちがっている」


「ん? どうした、ララチ。何が間違ってんだ?」


 ヒミナがキョトンとした顔で尋ねると、金色のローブをまとったララチは空間映像を指さしながらさらに言う。


「それはシルバーゴーレム。精霊獣とはいわない。精霊人形というべき」


「おまえなあ……そんなのどっちでもいいだろう……」


 ヒミナは再び呆れ顔で息を吐いた。その直後、今度は長い水色の髪の少女が口を挟んだ。


「えっ? ヒミナあんたなに言ってんの? そんなのどっちでもよくないでしょ。物事はハッキリ白黒つけないとダメに決まってんじゃん」


「――えっ? いやいや、ミルシュこそちょっとまって?」


 さらに今度は青い髪の少女が慌てて一歩前に出た。


「なんで白黒つけないといけないの? って言うか、魔法核マギアコアを持つ魔物は基本的に精霊獣って言わない? って言うか、言うでしょ、ふつう。だったらあのゴーレムだって、精霊獣って言っていいと思うん――むぎゅ」


「あー、はいはい。シャーレはちょっと黙ってな」


 勢い込んで話し出した青い髪のシャーレの口を、ヒミナが片手で押さえて黙らせた。


「おまえがミルシュに絡むと話がややこしくなるからな。ミルシュとララチも、ちょっと空気を読んで静かにしてな」


 ヒミナは水色の髪のミルシュと金髪のララチにも釘を刺してから、再びハルメルに顔を向ける。


「あー、そんで、ハルメル。おまえなんで、そのネインとかいう人間を見てるんだ? 今はアグス様がイグラシアのメンテをしていらっしゃるからアタシらは暇だけどさ、人間なんか見ててもしょうがないだろ」


「それは……」


 訊かれたとたん、ハルメルは軽く後ろを振り返り、大きなベッドの上に手を向けた。ヒミナをはじめ他のメメンたちがつられて目を向けると、掛け布団の一部が何やら小さく盛り上がっている。


「ホローズ様のご命令なの」


「はあ? ホローズ様って……まさか、その布団の下にホローズ様が寝てるのか?」


「そうなの」


 おそるおそる尋ねたヒミナに、ハルメルはこくりとうなずいた。


「つい先ほどホローズタワーからお戻りになられたとたん、『なんかまだ眠いから、しばらく寝るねぇ~。ネインくんの観察は引き続きハルメルちゃんに任せるから、あとよろしく~。あ、フロリスが探しにきたら、いないって言っといてねぇ~。そんじゃ、ガッツおやすみぃ~』とおっしゃって、すぐにベッドの中に入ってしまわれたの」


「うーむ……。それはたしかに、ホローズ様らしいお言葉だな……」


 ヒミナは思わずじっとりとした目つきで、盛り上がった掛け布団を見下ろした。すると不意にメメンたちの中でもっとも背の低い2人が大きなベッドの上に飛び乗り、ホローズの隣に寝転んだ。そのとたん、紫色の髪の少女が慌てて2人を呼び止めた。


「あわわわわぁ~。セリちゃん、クスネちゃん、ホローズ様にご迷惑をおかけしちゃダメですよぉ~」


「ああ、ヤミリア、いいっていいって」


 あたふたしているヤミリアの細い肩に、ヒミナがポンと手を置いた。


「セリリンとクスネが隣で寝たぐらいでホローズ様は怒らないから。というか、ホローズ様が一度寝たら、アタシら全員が暴れたって起きないから」


「はううぅ~。それはたしかに、そうかもしれないですけどぉ……」


 ヒミナに言われて、ヤミリアは心配そうな表情のまま1歩下がった。するとベッドで横になった栗色の髪のセリリンと白い髪のクスネは、すぐに静かな寝息を漏らし始めた。


「……まったく。子どもはのんきでいいわね」


 一瞬で眠りについた少女たちを見て、銀色の髪の女性がため息を吐いた。そして澄ました顔のまま、2人の小さな体にシーツをかける。その様子を眺めながら、ヒミナは再びハルメルに訊く。


「だけどさハルメル。ホローズ様は、なんでおまえに人間なんかの観察を任せたんだ?」


「それは、その……」


 その質問に、ハルメルは一瞬、言葉に詰まった。


「……ネインはね、アグス様がお創りになった新しい組織、絶対戦線アグスラインの一員なの。だから異世界種アナザーズたちに正体を知られないようにするため、ネインの能力値を必要に応じて変更しなくてはいけないの」


「ふーん、能力値の変更ねぇ……。なんだかよくわかんないけど、とにかくホローズ様のご命令ってことか。だったらまあ、仕方ないか」


 ヒミナは画面に映るネインを見ながら、納得顔でうなずいた。


「でもさあ、あんな弱そうなゴーレムにも勝てないんなら、アグス様のお役に立つことなんかできないんじゃないか?」


「……ああ。まったくそのとおりだ」


 不意にヒミナの後ろに立っていた茶色い髪の女性が同意の声を漏らした。


「その人間の少年は弱い。少女を抱えていることを差し引いても、足はそれほど速くないし体力も低い。何より敵に背中を向けて逃げ出すとは、嘆かわしいにもほどがある」


「やめて、サライサ。そんなこと言わないで。ネインはすごく頑張っているの。すごく一生懸命に生きているのよ」


 茶色い髪のサライサの淡々とした言葉に、ハルメルは悲しそうに顔を曇らせた。すると長い緑色の髪の少女がハルメルの隣にそっと腰を下ろし、ハルメルの手を優しく握る。その様子を見て、サライサは肩をすくめて口を閉ざし、代わりにヒミナがハルメルに言う。


「でもさあ、ハルメル。サライサは間違っていないだろ。たかが人間のことで、いちいちおまえが取り乱してどうすんだよ」


「でもね、ヒミナ。わたしも最初はそう思っていたんだけど、ネインを見ていたらなんだか胸がざわざわするの」


「はあ? 胸がざわざわって、それはいったいどういう意味だ?」


「それは、わたしにもよくわからないんだけど……」


「おいおい、おまえがよくわからないんなら、アタシらなんか全然わかんないだろ」


「……まあ、待て、ヒミナ。ハルメルはおそらく心を打たれたのだろう」


 それまで黙って聞いていたこげ茶色の髪の女性が、おもむろに言葉を発した。


「はあ? 心を打たれたって、グラリスおまえ、ハルメルの言いたいことがわかるのか?」


「ああ。それほど難しいことではない」


 メメンの中で一番背の高いグラリスはハルメルに近づき、ヒミナを振り返って言葉を続ける。


「サライサの言うとおり、その少年はたしかに弱い。しかし、弱いなりに必死に生き抜こうとしている。しかも自分の命だけではなく、か弱い少女をゴーレムから守ろうとしている――。それは気高いおこないというものだ。その少年は自分の命をかけて弱い者を守っている。その誇り高い生き様に、ハルメルは心を揺さぶられたのだろう」


「ふーん。誇り高い生き様ねぇ……」


 ゴーレムに追われて森の中を必死に逃げるネインを見て、ヒミナはわずかに首をかしげた。


「でもねぇ、そう言われても、アタシにはそういう気持ち、よくわかんないなぁ」


「それはしょうがないでしょ。ヒミナには思いやりの気持ちがないからね」


「うるせぇ。アイシイは黙ってろ」


 ふと呟いた銀色の髪のアイシイに、ヒミナは思わず歯を剥いた。それからすぐに肩の力を抜いてハルメルに訊く。


「ま、たしかにアタシには、そんなメンドくさそうな感情はないけどな。そんで? 結局、ハルメルはどうしたいんだ?」


「お願い、ヒミナ。ネインを助けてあげて」


「はあ? おまえなあ、そんなん無理に決まってんだろ……」


 いきなりすがるような目を向けてきたハルメルを見て、ヒミナは思わず白目を剥いた。


「どうして? ヒミナならできるでしょ? わたしは魔法が使えないけど、ヒミナはすごく強いじゃない。ヒミナなら、あの大きなゴーレムを簡単に倒せるでしょ?」


「それはまあ、あんなゴーレムごとき、アタシなら30秒もかからずに灰にできるけどさぁ」


「あ! あたしなら20秒でつぶせるよ!」


「だったらボクは10秒で切り刻めるよ!」


 水色の髪のミルシュがいきなり口を挟んだとたん、青い髪のシャーレも慌てて声を張り上げた。


「ならば私は5秒で撃ち倒そう」


「それなら私は3秒で粉々に砕けるけど」


「それじゃあララチは、1秒でぶっ飛ばす」


 さらにサライサ、アイシイに続いてララチまで手を上げたのを見て、ヒミナとグラリスは思わず小さな息を吐き出した。


「とにかく、あのゴーレムを倒すことは難しくないけどさ、アタシらはイグラシアの管理人だろ? だからイグラシアの外に出るわけにはいかねーんだよ」


「どうして? 今はメンテナンス中でお仕事がないでしょ? だったらネインを助けに行ってもいいじゃない」


「だから、それはアタシらが勝手に決めていいことじゃないだろ。アグス様か五熾天使様の許可でもない限り、ここを離れるわけにはいかないんだよ。それぐらい、おまえだってわかってるだろ」


「それなら、ホローズ様の許可があればいいのね?」


「あっ! おい! まてまてまてまてっ!」


 ハルメルがいきなりベッドの上を這い出したので、ヒミナは慌ててハルメルのローブをつかんで引き止めた。


「おまえまさか、ホローズ様を無理やり起こすつもりか?」


「だって、ホローズ様の許可があればいいんでしょ?」


「それはそうだけど、お休みになられている五熾天使様を起こすなんて、そんなおそれ多いことをしたらマズイだろ」


「どうして? ネインの命よりも、お仕事をサボっているホローズ様の睡眠の方が大事なの?」


「おまえ、そんな言いにくいことをズバッと言うなよ……」


 まっすぐな瞳で訊いてきたハルメルを見て、ヒミナは思わず渋い表情で目を逸らした。しかし次の瞬間、愕然と目を見開いた。ハルメルの隣に座っていた緑色の髪の少女が、ホローズを布団の中から引きずり出していたからだ。しかもそのままホローズの細い体を激しく揺さぶって眠りから引き戻すと、耳元で質問をささやき始めた。


「……あ~? ネインくんをたすけたい……? あ~、うん、いんじゃね……?」


 寝ぐせ頭のホローズは寝ぼけながら答えたとたん、再びガクリと眠りに落ちた。すると緑色の髪の少女は再びホローズをベッドの中に押し込んで、ヒミナに向かってにっこりと微笑んだ。


「プルネリ、おまえ……どんだけ怖いもの知らずなんだよ……」


 再びハルメルの隣にチョコンと座ったプルネリを見て、ヒミナは顔面を引きつらせた。他のメメンたちも思わずポカンと口を開けて固まっていたが、その中でララチだけは真面目な顔で右手の親指を上に立てて、プルネリの方に突き出していた。


「まったく……しょうがねぇなぁ」


 ヒミナは諦めの息を吐き出し、ハルメルに話しかける。


「わかったよ。ホローズ様の許可があれば問題はないからな。アタシとララチであのゴーレムをパパッと倒してきてやるよ」


「ありがとう、ヒミ――」


「ううん、ヒミナいらない。ララチ1人でたおせる」


 ハルメルがヒミナに礼を言おうとしたとたん、ララチが淡々と口を挟んだ。


「いや、おまえに任せると、ゴーレムどころか周囲一帯をまとめてぶっ飛ばすだろ」


「うん。そのつもり」


「うん、そのつもり――じゃねーだろ、バカヤロウ」


 自信満々に言い切ったララチを、ヒミナは目を剥いてにらみ下ろした。


「ありがとう、ヒミナ、ララチ。魔法が使えれば、わたしもネインを助けにいきたいんだけど……」


「ああ、いいっていいって」


 不意に悲しそうに胸を押さえたハルメルに、ヒミナは手のひらを向けて言う。


「それより、そのネインってヤツが殺される前に早く助けに行かないとな。ララチ、あのゴーレムのところまで跳べるか?」


「うん。もちろん跳べる」


 ララチは即座にこくりとうなずき、両手の指を2本ずつ立てて星型に組み合わせた。そしてポーズを決めながら魔法を唱える。


「第10階梯ひかり魔法――ゲート・オブ……」


「――む。ララチ。ちょっと待て」


 不意にサライサが鋭い声でララチを止めた。


「ん? どうした、サライサ。なんで止めるんだ?」


「私の見立ては間違っていたかもしれない。見ろ」


 ヒミナに訊かれたサライサは、空間画面に映るネインを指さした。画面の中のネインは広い空き地に飛び出した直後、抱えていた少女を藪の中に放り込み、巨大なゴーレムに向かって突進しているところだった。


「あの少年の瞳には戦いに挑む決意が見える。どうやらただ逃げていただけではないらしい。しかもあの目は勝利を確信している目だ。ならばしばらく様子を見た方がいいだろう」


「ふーん。そういうものかねぇ……」


 ヒミナは半信半疑の目つきでネインを見つめた。


「ま、サライサがそう言うんなら様子を見るか。たとえ死んだとしても、こっちにはクスネがいるから何とかなるだろ。ハルメルもそれでいいよな?」


「ううん。わたし、ネインが傷つくところは見ていられないの。だから今すぐ助けてあげて」


「おう……おまえもけっこう押しが強いなぁ……」


 迷うことなく首を横に振ったハルメルを見て、ヒミナは再び渋い表情を浮かべた。するとベッドに座るプルネリがハルメルの耳元で何かをささやいた。


「……え? なんでも手助けすると人間は成長しないから、ギリギリまで見守った方がいいの?」


 パチクリとまばたいて訊き返したハルメルに、プルネリは優しく微笑みながらうなずいた。


「そうそう。プルネリの言うとおり、ここはしばらく様子を見ようぜ。人間を甘やかすと、ろくなことにならないからな」


 渋々といった表情で口を閉ざしたハルメルを見て、ヒミナは軽く肩をすくめた。それから床に片手を向けて1人掛けのソファを作り出すと、腰を下ろして画面を見つめる。同時に他のメメンたちもそれぞれのソファを作って座り、ゴーレムとの戦闘に突入したネインの姿を眺め始めた――。


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