78.残った凝り
降魔襲撃の後、特にこれといった問題も起こらず、静かな時間が過ぎていった。
幸い、大きな揺れのせいで防衛機能が働いただけで船自体に大きな損傷はなく……というよりも、船の破損部分については言うまでもない。
最初にリンが突っ込んだ側面と、シンカが
ともあれ太陽が真上に昇る前には無事、目的地へ到着することができていた。
「ふぅ、やっと着いたぜ」
「ここから見えるのが王都クレイオか」
「そうね」
「あ、あそこが……」
船の上からでも見えるほどの大きな城が、都市の奥に聳え立っている。
風になびく旗を見つめながら、カグラは少し高揚したような声を漏らしていた。
ミソロギアの旗を見た時もそうだったが、余程旗が好きなのだろう。変わった趣味と言えばそうかもしれないが、古来より旗というのは国旗にしても軍旗にしても、何に於いても”其処に在り”と知らしめる大切な象徴だ。つい高揚してしまうのもわからなくはない。
そして姉はというと案の定、そんな妹を見つめながら頬を緩めていた。
「ノリノリ君に感謝しねぇとな」
「イケイケ君じゃなかったからしら?」
ロウたちは本来、一度港町レサーカに行き、そこから王都を目指す予定だった。
しかし、思わぬ襲撃に時間を取られたこともあり、ロウの体調も心配だった為、スキアには悪いと思いつつもここまで送ってもらうよう提案したのはシンカだ。
体調が戻ったとしても、レサーカからクレイオまでの道のりでロウに無駄な負担をかけたくなかった。
そんな願いをスキアは快く受け入れ、今は王都から近い海沿いの岸に停泊している状態だ。
皆が王都を眺めていると、後ろから声が聞こえた。
「いい天気だな」
「おっ、目が覚めたのか。よかったぜ」
「体調はどうなの?」
船室からスキアと一緒に出てきたロウへと、セリスとシンカが真っ先に声をかけた。
「まったく問題ない。心配をかけてすまなかった」
「別に大して心配なんてしてないわ。本当よ?」
顔を背けながら言った少女は言葉とは裏腹に、気にしたような視線でちらちらとロウを横目に見ている。
「お姉ちゃん。そこは別に素直でもいいんじゃないかな」
カグラもロウの元気そうな姿を見て安心したのか、素直じゃない姉の姿を見て笑みを浮かべていた。
「素直よ」
「だって、ずっとリンさんとロウさんの部屋を行ったり来た――」
「カ、カグラ!」
シンカはカグラの口を慌てて塞ぐと、その先を言わせなかった。
そっと盗み見るようにロウへと視線を向けると、彼は小さく首を傾げながら微笑んでいる。
すぐさま視線を逸らしたシンカは頬は少しばかり紅潮させながら、昨晩、眠っているロウの手をずっと握っていたことを思い出してしまい、誰にも見られてなくてよかったと心の中で呟いた。
「しかし、お前は無茶をしすぎだ」
「まぁまぁ、みんな無事でよかったじゃねぇか」
不満気に言葉を口にしたのはリアンだ。
笑顔を浮かべるセリスの言う通り、皆が無事だったことに違いはないが、それはあくまで結果論。どう考えても昨晩の一件は危ない橋だった。
何もできなかった自分が言えた義理ではないとリアンも理解はしているものの、少しくらいの小言は我慢して欲しいものだ。
「そうだな。あの状況を切り抜けられるのはロウだけだった。本当によくやってくれたよ。リンを助けてくれてありがとう」
スキアは真面目に感謝の言葉を述べながら、その頭を深く下げた。
しかし返ってきた言葉は……
「俺が……リンさんを助けた?」
「覚えていないのか?」
戸惑う様子で言ったロウに、スキアは首を傾げてみせた。
「あ、あぁ……気が付いたら
「どこまで覚えているんだ?」
「……そうだな。リンさんがやられて、それを助けようとして……あっ、そうだ。俺やリンさんの他に誰かいなかったか? 無事だとすると、その人に助けられたはずなんだ」
「は? 上から見てたけど、誰も上がって来なかったぜ?」
眉を寄せながら答えたセリスが、「なぁ」と同意を求めるように他の面々へと視線を送る。
「周りに船のようなものもなかったわね」
「あ、あの地点で近くに陸はありませんでしたから、船がないとなると、泳いでたってことになりますね」
「それはさすがに不可能だ。ロウの勘違いだろう」
リアンの答えに、他の面々も同意を示すように頷いた。
確かに夜の海は暗く視界が悪いとはいえ、さすがに船が近づけば気付くし、泳いでいる者がいても同じだろう。海面に一度も顔を出さなければ別だが、それこそ水中での戦闘に特化した能力でも持たない限り不可能だ。
というよりもそれ以前に、皆はロウがリンを抱えて船上まで上がってきたのを目の当たりにしているのだから、いまひとつ要領を得ない。
「そう……か。だが、確かに誰かの声が聞こえたのは間違いないと思う。それに、敵を倒したのは俺じゃないはずなんだ。光……あれはたぶん雷だ……」
「確かに最後に光ったのはすげぇ雷みたいだったなぁ。てなると、雷の
昨晩の記憶を振り返るように、ロウは下唇に親指を当てながら深く考え込む。
が、やはり明確に思い出すことはできなかった。
どこまで鮮明に覚えているかもあやふやで、思い浮かぶ光景はどこか断片的で繋がりがないようにも思える。
そんな中、可能性として一つの答えに辿り着くも、それを纏める前に……
「まぁなんにせよ、リンを担いで船まで引き上げてくれたのはロウだ。記憶が飛んでたとしてもそれは事実。本当に感謝してるぜ」
笑顔を浮かべてそう言ったスキアの言葉に、ロウは周囲を見渡した。
そういえばリンの姿が見当たらない。
ロウは別段無理をしているわけでもなく、体調は十分に回復していた。同じ
となればそれだけ深手だったのだろうか、という不安がロウの胸中を満たす。
「それより、リンさんの姿が見えないな」
「……リンならまだ眠ってる。でも心配はねぇよ。その内に目を覚ますさ」
「そうか……」
昨日は結局、リンとまともに話をすることもできなかった。
初めてロウを見た時の表情が脳裏を過ぎるも、眠っているのなら別れを告げることも叶わない。
せめて最後に少しでも顔を見たかったが、寝顔を覗かれたくはないだろう。
ロウは船内へ続く扉に視線を送り、彼女が少しでも早く目を覚ますように祈りながら瞑目した。
「んじゃ、そろそろ行きますか! スキアたちと別れんのは名残惜しいけどな」
「そう言うなよセリス。同じ敵を前にすればまた会えるさ」
「そうだな」
笑い合う二人。
本当に短い時間だったが、別れを名残惜しく感じるほどに彼らは打ち解けていた。またいつか再会できる時が来る、そう思えるのはこの場限りの関係で終わりたくないという思いがあるからだろう。
「スキア、本当に世話になったな。ありがとう」
「助かったわ」
「あ、ありがとうございました」
「リンさんが目覚めたら、よろしく伝えてくれ」
「あぁ、わかった」
ロウの言葉に、スキアは深く頷いた。
「釣りは……楽しめた。次はもっといい竿を頼む」
「おう、任せとけよ」
「まったくこいつは……」
「うるさい」
リアン対してスキアがニッと笑顔を向け、セリスは苦笑いを浮かべる。
釣れない理由は決して竿のせいではないのだが……という言葉を、誰も口に出すことはなかった。
「それじゃあ、スキア。また会おう」
「もちろんだぜ」
親指を立てた拳をロウへと突き出し、スキアは力強く答えた。
それぞれに別れの言葉を残しつつ船を降り、ロウたちは王都へと歩き出す。
離れていく背中。何度か振り返るセリスに苦笑しつつ、その背中が小さくなるまで見送ると、スキアは心にぽっかりと穴が空いたような寂しさを感じていた。
しかし、いつまでも感傷に浸っている暇はない。
アフティの言っていた新たな情報。その真偽を見極めなければならないのだ。
今度こそ……そう思いつつ、スキアは踵を返した。
そして、船の中の一室。
「入るぞ」
軽く
そこには、すでに目を覚ましているリンの姿があった。彼女は船室に付いた小さな窓にそっと手を触れながら、ロウたちの背中を静かに見送っていた。
「よかったのか?」
「……えぇ。別れは……悲しいもの」
「リン、アイツは――」
「わかってる!」
ブラッドじゃない……そう続くはずだったスキアの言葉を、リンの悲痛な声が遮った。
それは彼女の心の悲鳴そのもので……
「わかってるから言わないで……わかってても、なかなか割り切れない。そんなの……仕方ないじゃない。シンカたちが言ってたわ。ロウは……ロウだって。確かにそう……わかってた、わかってたつもりだった。でも……でも、やっぱり似すぎじゃない! 声も顔も行動も! その優しさも、仲間を思う気持ちだって! 全部全部っ、似すぎ……なのよ。あの温もりだって……」
壁を叩くように握り拳を当てたまま、リンはその場に力なくへたり込んだ。
額を壁に押し当て、苦痛に耐えるように小さく肩を震わせている。
「……リン、アイツは必ず生きてる。昨晩、アフティが新しい情報を掴んだ。次はもしかしたら――」
「生きてるなら……」
そう説明する声を、震えた声が静かに遮る。
「生きてるなら、どうして戻ってこないの?」
「――っ」
それはいなくなってしまった仲間を、ブラッドを慕う皆が思っていたことだった。
しかしそれを口にしてしまえば、本当に死んだと認めてしまいそうになる。
だからこそ、今まで誰もその言葉を口には出さなかった。
それでもリンがここでそれを口に出してしまったのは、もうすでに心が限界だったのだろう。
七年、生死のわからない仲間を探し続けた心は確かに強いともいえる。
だが……実際は違っていた。
強いから探し続けていたのではない。弱いから、探し続けていたのだ。
認められない。認められるわけがない。認めてしまえば、自分の心がいったいどうなってしまうのか、彼女は無意識のうちにそれを理解していた。
だからこそ、ブラッドは生きているのだと自分自身に思い込ませることが、彼女にとって自分を保つための手段だったのだ。
しかしそれも、ブラッドに似たロウに触れたことで瓦解した。
溜りに溜まった苦しみが、辛さが、痛みが、悲しみが、寂しさが、後悔が、ありとあらゆる感情がリンの胸中でまるで嵐のように吹き荒んでいる。
「ねぇ……スキア。答えてよ。私たちに愛想がつきちゃったのかな……」
「っ、馬鹿言ってんじゃねぇよ! そんなわけねぇだろ! アイツは俺たちの仲間だ! それを一番信じてんはリンだろ! きっと、事情があるんだよ……帰って来れねぇ事情がな」
「……でも、あのとき。わ、私が……私が勝手なことさえしなかったら……」
悔いる言葉。
リンがずっと自分を責め続けていたのは、スキアとその仲間たちはよく知っている。これまで彼女が言葉に出さなかったとしても、それがわからないほど短い付き合いではないのだ。
そしてそれは、今はいないブラッドに対しても言えることだった。
「リンを恨んだりする奴じゃねぇ。リンを恨むどころか、逆に自分を責めるような奴だよ。自分のことなんてそっちのけで、仲間のことで頭がいっぱいな奴だ」
「スキアぁ……うっ……っ」
濡れた声。
小さく丸い水の粒が、床にぽつぽつと小さな染みを作り広がっていく。
「何も心配するな。きっと生きてる。きっとまた会える。そしてまた俺たちを引っ張ってくれる。アイツがお前ら屋敷の家族を残して死んだりするかよ」
「うん……うんっ」
リンがここまで弱い姿を晒したのは七年振りだった。
スキアとていたたまれない気持ちが押し寄せていたのだから、リンがこうなってしまうのは、彼にとって半ば予想の範疇ではあったのだ。
しかし心構えをしていたとはいえ、いざ震える背中を目の当たりにすると、胸を鷲掴みにされたような息苦しさに襲われる。
「弱気なのはらしくねぇよ。アイツのすべてを信じきったリンが、本当のリンの姿だ。……違うか?」
「そうね、ありがとう……スキア」
決して顔を見せずに涙する仲間の為にも、ここにはいない仲間の為にも、そして自分自身の為にも、必ずブラッドを探し出してみせるのだと、スキアは改めて心の中で誓いを立てた。
ケラスメリザ王国、王都クレイオへと続く道。
どこまでも空は青く晴れ渡り、照りつける太陽の日差しはあるものの、心地よい風が広大な平原の草々を揺らしている。
しかし、新たな大地を踏みしめるシンカの足取りは遅く、一人何かを考え込むように歩く道のり中、不意にカグラがシンカへと声をかけた。
「お姉ちゃん、どうしたの?」
「えっ? あ、少し考え事をしてたの」
「あまり一人で悩むもんじゃねぇぞ」
考えることが苦手なセリスが真っ先にそれを口にしたことに、リアンはお前がそれをいうのか、といった表情を浮かべていたが、確かにセリスの言う通りだ。
答えのでない問題を一人で考え込んでも良い結果が生まれないというのは、シンカ自身、身をもって学んでいる。
「えぇ、そうね。……ロウは昨晩の出来事を、覚えていないって言ったわよね?」
「あぁ、正直ほとんど覚えてない。夢と現実の区別がつかないって感じだな」
「昨晩現れた降魔の階級を覚えてる?」
「確か……マークィス級とデューク級だな」
リアンの答えた通り、触手を持つ初めて見た個体がマークイス級。雷の能力を持っていたのがデューク級だ。
マークイス級以上の降魔の力は個体差がかなり大きいが、昨晩の降魔はそれぞれその階級の中でも高い魔力を所持していた。
今にして思っても、あの状況からよく全員無事で切り抜けられたものだ。
「そうね。じゃあ、以前にロウが言われた階級を覚えてる?」
「魔獣にか? 確か……カウント級だったな」
「カウント級の魔憑が、マークィス級やデューク級の降魔に勝てる訳ないって言いたいのか? でもロウはミソロギアでの戦いで、マークイス級二体相手に一人で勝ってるんだぞ?」
セリスの言いたいことは理解できる。
魔憑でない普通の人間は、魔力というものを感じることができない。つまり、降魔の階級でしか判断できないのだから、ロウがカウント級の力しか持たないといわれても、マークイス級二体を相手に勝利している以上、いまいち要領を得ないのだろう。
「翼の降魔を倒したのは一本角の降魔だ。マークイス級は人の言葉を話すことはできても、それほど知能は高くない。戦い方次第では勝つこともできる。だが、デューク級相手にそうはいかない。階級の中でも個体差はあるが、階級の表す優劣は基本的にそのまま力に直結する。……降魔に限りだが」
たとえばマークイス級に近いデューク級と、デューク級に近いマークイス級が相対した時、能力の相性に寄って優劣が変わることもある。
しかし、降魔が人間のように策を弄さない以上、基本的には魔力の大きさがそのまま力に繋がるのだ。
「ん~……なるほどな。ロウたちが海面に出てくる直前の光。ありゃ間違いなく雷だぜ? だったら、雷の降魔が自爆でもしたんじゃねぇのか?」
補足したロウの説明に、セリスは唸りながらさらに疑問を投げかける。
しかし話の発端となった少女は眉を寄せ……
「おかしいと思わない?」
「おかしい?」
「何がおかしいんだ? 俺にはさっぱりわからねぇ」
カグラがこてんと首を傾げると、セリスも同様にその首を傾げた。
が、リアンは何かに気付いたようにハッとした表情を浮かべ、納得するように声を漏らす。
「……そういうことか」
「なんだよ、俺にも教えろよ」
「よく考えたら不自然だ。状況をよく考えろ。階級がロウの言う通り、力の優劣をある程度表しているのだとしたら」
「でも、あの強ぇリンちゃんもいたんだぜ?」
船上でのリンはマークイス級を圧倒し、デューク級相手にも一人で十分だといわんばかりに前に出ていた。スキアがそれを止めなかったことからしても、デューク級相手に一人で勝てるだけの力量を本来は備えているのだろう。
しかし、スキアが言っていたように最強の能力は存在しない。それは能力同士の相性だけでなく、能力の本領を発揮できるかどうかは、場所や環境も大きく関わってくる。
「確かにな。だが、あの女は船で見た戦闘スタイルからして、水中は不向きのはずだ。さらに女が海に潜ってから、一度の呼吸もなく戦い続けるのは不可能だ。現に敵を倒した後、海面に上がった時、女は気を失った状態だった。その状況を考えると……」
「さ、最後は二対一で戦っていたことになりますね」
カグラもようやくシンカの疑問を理解したのだろう。
「そうなるわよね。確かに仲間を守りたい時や、仲間が傷ついた時に力が増すことはあるわ。魔獣の力は意思の強さだもの。ロウはたぶん、その典型的なタイプよね。だから運命の日、みんなの想いを受けて戦うことができた」
リアンにしても、覚醒したばかりの炎の火力は凄まじいものだった。
まるで感情をそのまま具現化させたような
とはいえ、テッセラとの戦いの後でもスキアが言っていたように、魔憑の力が意思の強さであるとするなら、覚醒した瞬間の魔力が桁外れなのも当然ではある。
しかしロウの場合、平時と戦闘においての魔力における振れ幅が常に大きい。
「
「
リアンの言葉にスキアの話を聞いていなかったロウが首を傾げると、リアンは教わった魔力に関する話をロウに説明した。
「でもいくら瞬発値が高いといっても、魔力の基準値がカウント級の魔憑が、マークィス級とデューク級の降魔を二体同時倒すのは無理があるわよ」
「う~ん、確かにそうだなぁ」
想いが強ければ強くなる。仲間が危険になれば強大な力を発揮する。
普通で考えればそんなことはあり得ない、というよりも限度がある。
常人にしても火事場の馬鹿力というものは確かに存在するが、子供がそれを発揮したとて獅子に勝つことはできないだろう。本来ならそうだ。
しかし、魔憑に至ってはそれに当てはまらない。
魔憑の力の根源は意思の強さだ。特に、魔憑に覚醒したきっかけとなった感情。それが強く高まった時、より大きな力を発揮する。
本能のままに戦う降魔とは違い、魔憑にはそれがある。故に、運命の日にもロウが言っていた通り、魔憑を正確な階級の枠にはめることはできないのだ。
思えばロウは運命の日はもちろん、その前のホーネスの部隊を助けた時も、周りの想いに応えるようにその強さを発揮した。
ロウの力の根源となる意思がなんなのかはわからないが、ロウが周りの想いに応えるように力を増すというシンカの推測も、あながち間違ってはいないのかもしれない。
しかし、それでもだ。
二対一という不利。水中という不利。相手が格下ならばともかくそれ以上、よくて同程度の相手だとしても、これらの不利は簡単に覆せるものではない。
となれば残る疑問は当然……。
「ならばなぜ、敵は自爆したんだろうな」
「そこよ。自爆をするなら、相手を道連れにする時や情報の漏れを防ぐためって考えるのが妥当よね。降魔にそんな思考があるのかわからないし、あくまで人間で言えばだけど……」
「で、でも……それをするのはどちらにせよ、追い込まれた時だよね」
海面から見えた光が雷だとして、その結果が降魔の消滅に繋がったのであれば、敵がロウたちを道連れに自爆しようとしたとしか考えられなかった。
なぜならロウもリンも、所持している力は雷の能力ではないのだから。
「ロウの属性は氷だ。海のような水の多い場所では、魔力を押さえても陸より大きな力をだせる。それに、水中では常に敵は水に触れた状態だ。氷で動きを封じることもできるし、雷を放つ前にそれを阻止できる」
「でも、それを考慮した上でも状況は厳しいわ。なにせ水の中では、魔憑といえどまともに動けないんだから」
「う~……で、さっきからダンマリのロウはどうなんだ?」
これまでよくもったほうだろう。いよいよ限界がきたのか、頭から煙が出そうになっているセリスが堪らずロウへと話を振った。
「確かにみんなの言う通りだ。だから言っただろ、声が聞こえたって。なんて言ってたのかまでは覚えてないけどな」
ロウは記憶を掘り起こすように、そう言葉を口にした。
「他に誰かがいて、そいつに救われたということか」
「わからない。情けない話だが、俺は途中で気を失ってたからな」
「で、でもあの海の真ん中で、誰かがいたなんて考えにくくないですか?」
無論、カグラの言う通りだ。
つまりそれは結局のところ、話が振り出しに戻るということであり、ロウが何も覚えていない以上、答えの出る話ではなかった。だが……
「もし仮に誰かがいたとしても、マークィス級とデューク級の降魔を倒した。ただ者じゃないわね」
「なぜロウと女を助けたのか。なぜあの場所にいたのか。そしてなぜ、誰も姿を確認できなかったのか」
いつの間にか皆の足は止まっていた。皆が皆、それぞれ考え込むように自分なりに状況を整理している。
そんな中、ロウはスキアたちと別れる直前に考えていた一つの可能性のことを考えていた。
エクスィと戦った日、あのときエヴァの中にいたのはデュランタだ。
その能力の詳細はわからないが、相手に憑依することができる類のものだろう。
何が目的かはわからないが、ロウにデュランタが憑依したのであれば、自分にその時の記憶がないのもうなずける。目を覚ましたエヴァも、その時のことを覚えていなかったからだ。
と同時に、その可能性を口にできない理由は、これには大きな穴があるということだ。
エヴァの中にいたデュランタが使ったのは魔障壁よりも強度の高い光の壁だ。エヴァが魔憑でない以上、憑依した相手の体でも自らの能力を使えると考えるのが妥当だろう。
であればいくらデュランタとはいえ、あの状況を切り抜けるのは難しい。
どれだけ強くても水中で動きが鈍くなるのも、呼吸ができなくなるのも、水中に特化した能力でもない限りは同じだからだ。
それ以前に、離れた場所からでも憑依はできるのか、という疑問もある。
結局のところ、この場にいる誰もがその時の戦いで納得のいく答えを見つけることはできなかった。
思考の放棄はいただけないが、この件に関してはこれ以上考えても同じだろう。
とりあえずこの件は置いておこうと皆が思ったそのとき、遂に我慢の限界に達したセリスが叫び声を上げた。
「あぁー! 考え出したら頭痛ぇ!」
頭を抱える彼を呆れるように一瞥し、吐き出された溜息は三つ。
「はぁ……なんにせよ注意は必要ね。ここまで来れたのだって、本当に運が良かったわ」
確かにシンカの言う通り、運が良かった。
エクスィとの戦いでは幸いにも相手が撤退し、運命の日ではリアンが覚醒し、前の島ではたまたまスキアが通りかかり、海の上ではたまたま誰かもわからない何者かに助けられた。……快勝など一度もない。
そう考えれば、何度命を落としかけたか想像するだけで寒気がする。
少女は自身の不甲斐なさを改めて実感しながら……
「ロウとの出会いだって助けてもらったことがきっかけだし、本当に私は……あれ?」
苦笑を浮かべた表情が一転。右手で口許を覆いながら、シンカは急に黙り込んだ。
(私……今何か大事なこと。そうよ、最初に出会ったあのときのことを質問したら、ロウはなんて答えた? ロウは嘘をつかない……だとしたら……だと、したら……)
シンカはロウとの出会いを思い返していた。
あのときシンカが危険な状態にあったのは、その相手が初めて相対したマークイス級だったからだ。
彼女ははエクスィが現れた日に一度、マークイス級と戦い勝利することができている。それはカグラを庇う必要がなかったから、というのももちろんあるが、ロウと出会ったときの個体より遥かに弱い個体だったというのが一番の理由だ。
そしてロウと出会った時の個体は、他の個体と比べることのできる今となって思い返せば、運命の日にロウが相手どった二体のマークイス級よりも感じた魔力は大きかったように思える。
魔憑の力とは――意思の力だ。
何かの想いに応えることのない降魔の階級は、純粋にその優劣を現してはいるが、先の話通り、魔憑の階級が純粋にそれに当てはまるわけではない。
カウント級程度の力と告げられたロウが大きな力を発揮したとき、周りにはたくさんの護るべき人たちがいた。ロウの中にいる魔獣が彼のどういった強い意思に反応するのかはわからないが、その護るという想いに応えるようにロウの力が増したとするなら、その結果も確かに納得できるものだった。
しかしあのときにいたのは、
(……だったらどうして、ロウはマークイス級に勝つことができたの? それに、あのときのロウは傷一つ負っていなかった。ロウ……貴方はいったい……)
「お姉ちゃん? そんな真剣な顔でどうしたの?」
心配そうに、険しい表情で考え込んでいた姉の顔を覗き込む。
「あっ、えっと……なんでもないの。ごめんね」
シンカは誤魔化すように微笑んでみせた。
「そう深く考えるな。今は進むしかないんだ」
「ロウ……そうね」
「そうだそうだ! 難しいことを考えてる暇があったら進もうぜ!」
「お前はもう少し頭を使う努力をしろ」
「うるせーよ! そんなことより、王都はもう見えてんだ。急ごうぜ! ダーッシュ!」
言って、一人で元気よく走って行くセリス。
頭を使うくらいなら行動、というのは実に彼らしい。
「セ、セリスさん!?」
「まったく、もぉ……」
慌てて名を呼ぶカグラに対し、シンカは呆れたように小さく息を吐いた。
しかし、ロウとリアンの二人は違った。
何かを心配するように、前を走る彼の背中を浮かない表情で見つめている。それはセリスの元気な表情の裏側に、確かな焦りのようなものを感じていたからだ。
だからといって何かをしてやれるわけでもない。
魔憑への覚醒に至るかどうかは、本人次第なのだから。
二人は顔を見合わせると、なんとも言えない嫌な予感を胸に秘めたまま、目の前に広がる王都へと足を踏み出した。
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