40.優しさと臆病さ
「そ、そんな……それが――それが仲間なんですか!?」
口調は普段と変わらなかったものの、いつもとは違う冷たいセリスの言葉に、カグラは感情を露わにしながら反論した。
しかし、それでも彼の態度が変わることはない。
「できねぇもんはできねぇの。それに、一人でやるって言ってたじゃねぇか。俺らは
「そ、それは……」
カグラが言葉を詰まらせる。
頭ではわかっているのだ。魔憑でもない二人に懇願したところで、状況は好転しない。なにせ、ここから抜け出す術がないのだから。
それでも、この状況を割り切ったように平然としている二人の姿に、少女の心はまるで槍に突かれたような激しい痛みを感じていた。
「事前に打ち合わせしたろ? 今の俺らの仕事は、カグラちゃんを守ることらしいしな」
「そ、そんな……私たちが捕まったせいでお姉ちゃんは……」
「そうだ。俺たちが捕まったから、シンカちゃんは何もできない。なんでだろうな」
「し、質問の意味がよくわかりません。だから、そ、それは私たちが捕まったからってさっき――」
「つまり信じてない」
カグラが言おうとしたその先を、セリスの重く低い声が遮った。
一瞬だけ浮かべたいつになく真剣な表情。だが、すぐさまそれを崩しながら言葉を重ねる。
「まぁ確かに、お互いわかり合えてない部分はある。俺たちがどんな奴かもわからず信じれねぇよな。会って間もねぇしよ、そりゃ無理だわ」
言って、苦笑いを浮かべた。
そんなセリスを直視できず、カグラは胸に握った手を当てながら、弱々しい声を漏らす。
「そ、そんなこと……私たちは二人を信じて……」
「俺たちはカグラちゃんを守るって言ったろ。その上でさっきリアンは、俺たちは大丈夫だってはっきり言ったじゃねぇか。今のこの不利な状況は、俺たちを信じないからだろ。本当に俺たちを仲間だと言うなら、信じているのなら、こっちは気にせずにそいつらぶっ飛ばしてみせろよ。なぁ、シンカちゃん」
そう言ってシンカを見るセリスの瞳は、あまりにも真っすぐな瞳だった。
「っ……」
堪らずシンカはセリスから目を逸らした。
確かに何か策があるのかもしれない。しかしそれは、もしかしたら二人に危険が伴う行為ではないのか。だとしたら、自分が耐えることで乗り切れるならそれがいい。もう誰かが傷つく姿を見たくないのだ。
自分がこのまま耐え続けている以上、少なくとも三人の命は安全だ。
必ず隙を見つけ出し、三人とも無事に助け出してみせる。
戦える者は……自分しかいないのだ。自分がやらなければいけないのだ。
そういったまるで鎖のような思いが、今の少女を強く縛り付けていた。
「あとな、仲間がもう一人いるのを忘れるなよ」
「でっ、でもロウさんは……」
「重傷だからこんなとこに来るはずない、か?」
「た、確かにロウさんさえいれば――」
「あの人はもう関係ないッ!」
カグラの言葉を強く遮ったのは、シンカの悲鳴にも似た叫びだった。
「……お姉ちゃん」
シンカが地についた膝を起こし、震える足で強く地面を踏みしめながらゆっくりと起き上がる。
俯けた顔から表情を読むことはできない。が、か細く漏れた声は微かに潤みを帯びていた。
「駄目よ。もう……これ以上は駄目なの」
「でもロウは――」
「止めてっ! もしあの状態でも動けたとしても、こんなところに来るはずないでしょ? 貴方たちはロウさんの傷を見ていないから、そんなことが言えるのよ。仮に動けたとしても、あんな状態で来たら……死にに来るようなものじゃない。誰が、そんなこと……」
「そう、思うのか?」
リアンが静かに尋ねると、顔を上げた少女は悲し気に、痛々しい微笑みを浮かべた。
「私ね、あの夜の日に貴方たちが力を貸してくれると言ってくれて嬉しかったわ。ロウさんも一緒に来てくれると言ってくれて、本当に嬉かった。でもずっと思ってた。本当にそれでいいのかって。本心では貴方たちだって巻き込みたくなかった。でもそれが導きなら、世界を救う為なら……仕方がないと、
自嘲するように哀切な苦笑を浮かべる少女の口から漏れた声は、酷く弱々しく震えていた。
デュランタの言葉が脳裏に過ぎる。あのときの光景が脳裏を満たす。
頬を濡らした赤い生暖かさが、あのとき受けた胸の痛みが蘇る。
自分が我が儘を言ったから……傍にいて欲しいと願ってしまったから……
自分たちと出会ってしまったから、ロウは――
「だけど、ロウさんは関係ない。リアンさんは導きに囚われすぎだって、我儘くらい言っていいって言ってくれたけど……やっぱり駄目なの。私の我儘で、あの人の命を左右してしまう。そう考えると、やっぱり巻き込めないわよ。たとえ、あの人の言葉がすべて嘘だったとしても……優しい言葉をくれたあの人を……もう、これ以上巻き込みたくないの。……傷つけたくないの」
思った通りだと、このとき、リアンとセリスはそう思っていた。
シンカの中の相反する矛盾の感情。シンカの言葉の真実と嘘。
いや、どれもが真実であるが故の相容れない想い。
シンカ自身がはっきりとはわかっていないそれを、このときの二人は明確に理解した。
シンカという少女の優しさ。
それは世界を救う重荷を背負えるわけがないほどに……あまりにも臆病なものだった。
そしてリアンは両眼を閉じ、ロウが倒れた前日の夜を思い返した。
ロウならシンカの臆病ゆえの仲間を危険に晒してしまう間違った優しさを、きっと上手くフォローしながら、彼女が自分で
自分の身をすり減らしながら、それでも彼女が
事実、今までロウはその道を選んできた。
だが運命の日はもう、すぐそこまで迫っているのだ。
少女に感じた不安感が浮き彫りになったとき、リアンは一つの決断をしていた。
この少女の中にある間違った優しさは――ここで正さねばならない、と。
「おいおい、仲間割れか? 説得どころか、仲間割れってのは笑える話だな」
「黙ってろ!」
セリスは強く言い放つと立ち上がり、柱の隙間から乗り出すようにしながら、可哀相なほどに小さく見える少女を強く見据えた。
「なっ!? 貴様! 人質の分際で!」
「人質なんて関係ねぇ! シンカちゃん! まだわかんねぇのかよ!」
「……えっ?」
「本当はわかってんだろ!? なんでそれを言えねぇんだよ!」
「――ッ、わ、私は……私は仲間の資格なんて」
「馬鹿野郎! ッ!? ぐはぁっ!」
地面から突き出た土柱がセリスの腹部に直撃する。吹き飛ばされ、後ろ側にある柱へと強く背中を打ち付けた。
「馬鹿はお前だ。お前もお子分たちをえらく可愛がってくれたからな。後でちゃんと相手してやる。だから今はまだ大人しくしてろ。っ、はぁ~……もう飽きた、待つのは終いだ。とりあえず泣き叫ぶまで、いたぶってやれ」
その言葉に、男たちがシンカへと詰め寄っていく。
「だとよ」
「早く御頭の女になっちまったほうが楽だぞ?」
「笑わせないで。誰があんたたちみたいな雑魚――ッ!」
怒りに顔を歪めた男が、思い切り少女の側頭部を殴りつけた。
「誰が雑魚だ!」
「あんたたち以外の他に誰がいるの?」
次は腹部を殴りつける。
シンカは地面に両膝をつき、苦しそうに咳き込んだ。
「こ……この世界を救えなくていいのかよ。何変な意地張ってんだよ!」
痛みを耐え、土の柱にもたれながらセリスは叫んだ。
「意地なんて張ってない!」
「うるせぇ!」
叫び返すシンカを、男は再び殴りつける。
「ロウさん……ロウさん。いるなら助けて下さい。お姉ちゃんを……助けて」
カグラは地面にへたり込み、両手を組んで祈るように額へと押しつけた。
「シンカちゃん! カグラちゃんを置いて行くのか!? 二人で目指して、頑張ってきた今まではなんだったんだ! こんな――」
「いいじゃないか」
必死に叫ぶセリスの声を、今まで黙っていたリアンが静かに遮った。
そして、告げる。
「――死にたいなら死なせてやれ」
リアンから出た言葉に、カグラは絶句した。
信じられないものでも見るかのように、その視線をリアンへと向ける。
見開かれた瞳と僅かに開いた口許が、小刻みに震えていた。
「はははっ、冷たい仲間だな! また面白くなってきやがった! もっとやれ!」
御頭はこの状況を楽しみながら煽るように、可笑しげに笑い飛ばした。
そんな反応などまるで気にも留めず、リアンは言葉を重ねる。
「なんの覚悟もないなら、この先に進んでもいつか死ぬ」
「覚悟ならあるわ! 私はこの命に変えても――」
この運命を変えてみせる。そう、言おうとしたのだろう。
だが、リアンはそれを言葉にすることを、決して許さなかった。
「そんな覚悟に意味はない」
はっきりとそう言い切った一言に、少女の眉間に小さな皺が寄り口許が僅かに歪む。
「運命を変える、この世界を救う。立派なことだ。が……お前一人でできるのか?」
「できないからずっと貴方たちを探して!」
「そうだな。こんな所で死にかけてる奴が、世界を救うなんて笑わせる」
リアンはシンカを馬鹿にするように、鼻で嗤うような声で、心底呆れたように、そう言葉を口にした。
しかし、シンカは何も言い返すことができずに、吐こうとした言葉を呑み込んだ。悔しさのあまり整った顔を歪め、食い縛った奥歯がきりりと音を鳴らす。
「仲間を探して見つかったら、ただそいつと一緒にいるだけで満足か?」
「何が……言いたいの?」
「俺たちはお前の人形かと聞いている。手に入れて、傍に置くだけで安心するのか? 人形相手に求めるものは何もないか? 俺たちは人形じゃない。感情も思考もある人間だ」
「そんなのわかってるわよ!」
そう言ったシンカの言葉に、リアンが苛ついた表情を見せた。
舌打ちをし、まるで敵でも見るかのように鋭い瞳でシンカを睨みつける。
そして、その言葉が本当に彼の口から出たものかと疑うほどに、感情的な声で叫んだ。
「糞がッ! それならなんでわからねぇ! ロウが、そんな大切な人形みたいに大事にされてる傍らで、お前が傷つくのを見て平気なわけねぇだろうが! っ、いいか、今からロウの気持ちを代弁してやる! 一度で理解しろ!」
こんなにも感情を剥き出しにしたリアンを見たのは、少女たちにとって初めてのことだった。
静かで、冷静で、理性的。そんな欠片は最早微塵もないほどに、荒れた声音。
周囲の音が消え去ったと錯覚するほど、誰もがその姿に呑まれていた。
そんな中、少女の揺れる瞳から目を逸らさず、言葉を紡いでいく。
「……世界を救いたい。だが、誰も仲間は傷つけたくない。そんなのはな、甘いんだよ。世界を救うのに、貴様の命一つで救えるほどこの世界は安くはない。本当に仲間が皆、無傷でこの世界を救えると思っているのか? 子供の遊びじゃないんだ。ロウは教えてくれたはずだ。仲間がどう
「仲間が……どうあるべきか」
港町ミステルから離れた丘の上。
大きな木の太い枝に腰かけている一人の女性がいた。
腰に刀を携え、狐面越しに遠見石を当てながら、ミステルでの光景を見つめている。
「ハクレンは躍起になって頑張ったことでしょうね。まぁ、頑張って回復させてもらわないと困るのですが」
『あの人は恨みを忘れないタイプですよ』
デュランタの後ろの小さな
それはエクスィとロウが戦った後、デュランタと共にいたドレスローブを纏った女性、ミオのものだった。
「えぇ……主に忠実ですからね、ハクレンは。その恨みは甘んじて受けますよ。どうやら間に合ってくれたようですしね」
『ですけど、よく堪えたものだと思います。あのときに出てこられていては、予定が狂うところでした』
「すべてを忘れてしまった彼の前に、あの姿を現すことはないでしょう。予想通りです」
『九月十三日……
「必ず成し遂げてみせます」
それらを背負いし想いは告げる。
「欺瞞の咎で咲いた仇花は……私たちの大切な人を殺した世界に復讐する為に」
『狂信の咎で咲いた仇花は……私たちから愛する人を奪った世界を壊す為に』
『「我らにどうか――ディザイア様の御加護があらんことを……」』
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