38.隠された思惑

「「なんだと!?」」

 

 魔憑まつきが三人いると言ったリアンの言葉に、御頭と声を重ね合わせて驚きの表情を浮かべたセリスの頭を、リアンは鞘で思いきり殴りつけると、


「ぐはっ!」


 セリスが短い悲鳴を残し、その場で力なく倒れた。大きなこぶをこしらえて。

 その光景を、カグラはただ唖然と見ていた。

 しかし、それは彼女だけではない。

 相対している男たちもぽかんとした表情を浮かべている。


「……おい。今そいつも驚いていなかったか?」


 怪訝な表情を浮かべた御頭が倒れたセリスを指差しながら尋ねるが、リアンは構わず話を続けた。


「こいつは馬鹿だ。さっきの屈伸でわかってるだろ。その場の空気を読めんから、ただの勢いだ。それより俺たち三人に対して、貴様らは何人魔憑がいるんだ?」


 後ろで小さなざわめきが起こる中、御頭は眉を寄せながら少し強張った表情で言葉を詰まらせた。それが意味するところは一つしかないだろう。


「どうやら、お前一人のようだな。魔憑相手に、雑魚が群がってもどうしようもないのはわかっているだろ。俺たちを雑魚と言ったな。雑魚はどっちだ? たかが雑魚二十いたところで、どうにもなるまい」

「な、舐めるなよ! 後から、ここと同じくらいの人数は追いかけてくるんだぜ!」


 そう言ったのは、少し小太りの男だった。

 外見だけで判断するのはよくないことだが、実に頭が悪そうだ。 


「なるほど。なら人数は全部で四十ほどか。だが、それだけで本当に足りるのか? 三人の魔憑き相手に、たかが一人の魔憑と四十の雑魚で。なんなら、もっと呼んでも構わんぞ。それとも、そのたった四十程度が貴様らの全戦力なのか?」


 言って、リアンは余裕の笑みを浮かべた。

 こう言ってはなんだがその笑みは、どちらかと言えば悪役の浮かべるものに近いといえるだろう。はっきり言ってしまえば、何かを企む悪い顔、というやつだ。


「くっ! なんだってんだよこいつら」

「お、御頭!」

「ハッ、魔憑だと? ならその能力とやらを見せてみろ」

「……お前が先に見せたら見せてやる」

「どうせハッタリだ。普通に考えてみろ。特別な選ばれた存在である魔憑が、そんなにごろごろいてたまるかってんだ。嘘ならもっとマシな嘘を吐きな」


 そう言って、御頭は余裕の笑みを返した。

 確かに普通はそう思うだろう。魔憑のような特殊な力を扱う者が、そう簡単にいるはずがない。強い意思とは別に、潜在的な魔力量と素質が必要不可欠なのだから。


 リアンは内心、こんな奴にも素質があったんだな、人は見かけによらないものだ。そう思いつつそれを言葉には出さず、隣に立つ少女へと声をかける。


「そうでもないさ。妹」

「あっ、はははい」


 カグラは慌てて導きの札カードの束を手に取った。

 リアンが名前を呼べは力を使う。といっても、本来持つ治癒の力ではなく、導きの札カードの力を借りたものではあるがそれで十分。これは事前に打ち合わせしていたことだった。

 カグラが魔力を流し込むと導きの札カードが輝き出した。

 淡く光った導きの札カードが宙を舞い、カグラの目の前で一列に並んで停止する。


「ま、まじかよ!」

「嘘だろ!?」

「狼狽えるな! ただ光っただけだ。何かを仕込んで、ハッタリかましてるだけだ。仮に魔憑きだとしても戦闘向きかどうかも怪しい」


 周囲に動揺が広がって行く中、御頭は声を大きく張り上げた。

 しかし、そんな御頭も強気な態度ではあるものの、激しく心が乱れているのは明らかだ。強く拳を握り込み、額には脂汗が浮かんでいる。


 そんな中、広がりかけた動揺を一喝し、抑え込んだのはさすがと言えるだろう。

 頭だけのことはある。

 しかしリアンがそんな隙を見逃すはずもなく、ここぞとばかりに追い詰めていく。


「さてな、本当にトリックだろうか? 本当に、そう言い切れるのか? この光はなんだろうな。人の精神に異常をもたらす光か、人に幻覚を見せる光か、治癒という奇跡の光か。意外と攻撃的な、雷のようなものかもな。想像できないか? このカード一枚一枚から放たれる雷が、お前たちの心臓を貫く光景を」


 言って、リアンは人差し指を御頭の心臓に真っ直ぐ射貫くように突きつけた。


「なっ、くっ!」


 野盗側にさらに動揺が広がって行く。

 男たちはざわめき立ち、前に出た男たちもじりじりと少しずつ後退して行った。


「なにせ魔獣という未知の力だ。何ができてもおかしくあるまい。だがまぁ、それはお前たちの想像にお任せしよう。次はお前の番だ」

「い……いや、全員のを見てからだ」


 激しく脈打つ心臓を押さえつけ、御頭は冷静を装いながらなんとか声を絞り出した。


「面倒な奴だ。欲張りすぎると早死にするぞ? 妹、いきなりだが大将の首でも狙うとするか」

「は、はい」


 リアンの言葉に、カグラは再び導きの札カードに魔力を流し込むと、導きの札カードが一層その輝きを増し、光が集まって行く。

 が……当然カグラにそんな力はない。これはあくまで導きを示す際に通した魔力が発光しているだけだ。これで文字も浮かんでいればよりよかったのだが、そう都合よくはいかないようだ。

 しかしそれを知らない男たちからすれば、とても恐ろしいものに見えるだろう。

 現に、リアンは相手の能力を暴くことに成功する。


「おおお、御頭!」

「な、なんかやばそうですぜ!」

「あれは絶対やべぇやつですって!」

「ちっ! 集まれ!」


 周りの男たちの言葉に乗せられるように、御頭がその力を使った。

 男たちが御頭の後ろに集まり、御頭が地面を強く踏み込むと目の前の地面が隆起し、大きな土の防壁バリケードを形成する。


「どんな攻撃がこようと、俺の地の魔獣が最強だ!」

「なるほどな。妹、もういい」


 リアンがそう言うと導きの札カードが再び束に戻り、それをカグラは革製小袋ポーチへ仕舞い込んだ。


「ッ、どういうつもりだ?」


 御頭はリアンの意図がわからないといった表情で、じっと注視したまま問いかけた。


「まず、こちら側の魔憑の存在を信じてもらう必要があった。でないと、対等な話し合いはできないからな」


 リアンの言葉に御頭も能力を解除すると、隆起した土が崩れ落ちる。


「なぁ、こんなこともう止めようぜ。今なら引き返せる」


 そう言ったのはセリスだ。


「説得か? そんなのは無駄だ。というか、お前はいつの間に目覚めたんだ……」

「ま、まさか御頭。あのタフさが魔憑の能力なんじゃ……」

「いやぁ~」


 男の反応に、セリスはなぜか照れた様子で後頭部を掻きながら顔を緩ませた。

 そんなセリスを見て、周囲は唖然としている。

 リアンは話を戻すようにわざとらしくコホン、と咳払いを挟み、警告した。


「お前たちに勝ち目はない。魔憑三人を相手に、勝てる自信でもあるのか?」

「俺はこの力で世界を変えてやるんだ。俺の歩む道に危険はつきもの。俺のためなら、この部下たちも喜んで命を捧げるさ」

「……お、御頭」


 言い切った御頭に、周囲の男たちは悲しそうな目を向けていた。

 急に大きな力を得た者というのは、総じて道を踏み外しやすい傾向にあるが、御頭の場合はその典型だといえるだろう。そんな彼に対して、これ以上の説得は意味がない。

 御頭の言葉にそろそろ限界を感じたリアンは、すかさず次の行動へと移す。


「そうか。なら、痛い目を見てもらうしかないな。セリス」

「ん?」

「やれ」

「おう! って、えっ!? なんだって!?」

「同じことを言わすな、やれ」

「お前がやれよ!」

「いいからやれ」

「無茶言うな!」

「あ、あわわわわっ」


 言い合いを続けるリアンとセリスの横で、どうしていいのかわからないカグラは混乱状態パニックに陥っていた。ぐるぐると目を回しながら狼狽えている。


「なんだ、やっぱり嘘だったってわけか。魔憑の存在を利用して説得しようとはな。せこい真似をしてくれる」


 御頭はリアンたち側に魔憑がいないと確信した。少なくとも、戦える魔憑は。

 リアンもセリスも結局最後まで力を見せなかったし、唯一その力を見せたカグラもこの様子では戦いに慣れていない。

 そう思った御頭の顔に、再び余裕の笑みが浮かぶ。

 御頭の言葉に呼応するように、周囲の男たちも安堵の息を漏らして顔をニヤつかせた。


 だが、それがすべてリアンの想定内だということを、このときの野盗側がわかるはずもない。長い付き合いのセリスと、わかりやすいほどに素直なカグラだからこそ、ここまでの展開は予想ができていた。


 情報は十分だ。後は相手をとことん油断させるだけ。

 このとき御頭は、リアンの口の端が僅かに上がったことに気付いてはいなかった。


「セリス、お前ならできる。複数を始末するにはお前が適任だ。そうだろ?」

「そういうことかよ。うっしゃ、やってやるぜ!」

「くっ!? ま、まさか、本当に魔憑なのか!?」


 魔憑がただの嘘フェイクだと、そう見抜いた安堵感。

 そんな状態から叩き落とすように見せたセリスの自信ありげな態度は、男たちの思考を大きく揺さ振った。


「尾っぽ巻いて逃げるなら、今の内だぜ!」

「お、俺の魔獣が最強だ! 誰にも負けはしない!」

「そうかよ。じゃあ退けねぇな!」


 言って、セリスは抜いた銃口を突きつけた。


「ひっ!」

「や、やべぇよ!」

「あ、あいつの力はなんなんだ!?」

「いくぜ!」


 セリスは動揺する男たちの腕や足に狙いを定めると、迷わずに引き金を引いた。

 その銃弾は、御頭の周囲の男たちの足を目がけて真っすぐな線を描く。

 連続して何発も放たれる弾は正確無比。外れることはない。


「ぐわぁっ!」

「っ!」

「ぎゃっ」


 セリスの放った弾丸を前に、次々に戦闘不能になる男たち。

 お調子者であるものの、彼とてミソロギアの軍人だ。

 それもただの一般兵ではなく、境界警備部隊所属第三小隊。

 降魔こうまや魔憑を相手にしてきた戦闘という、これまでの戦いがおかしかったのだ。

 魔憑でもない普通の人間に、当然銃弾は避けられない。


「なっ!? 糞が! 騙しやがって! ただの銃弾じゃねぇか!」

「勘違いしたお前らが悪いんだよ!」


 そう言ったセリスは御頭にはまったく構うことなく、周りの男たちだけに狙いを定めている。

 命までは奪わない。が、確実に男たちは戦闘不能へと追い詰められていった。


「ちっ!」


 御頭が動こうとした瞬間、リアンの声が静かに響いた。


「勘違いするな。お前の相手は、正真正銘の魔憑だ」


 

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