Act.162 それはアグネスの誇り、甘栗色の……
咆哮が瘴気に塗り潰されて行く。
その顕となる瞳さえも、隠れた片目の如きドス黒い瘴気を噴き出し始める中で。
「……ちょっと待て!? あの
「これは……ミシャリアお姉ちゃんが、障壁を諸共ブチ抜いた反動で――死霊術式の箍が外れたかもなの! 」
「なんじゃとっ!? それは――」
「……ええ。これは正に由々しき事態おすな。」
元来
総大将を穿った
黒の総大将が張り巡らせた障壁は、己への浸蝕に向けた対抗防御術式でもあったのだ。
「殿下、この瘴気は!? ここまで負の霊波動が届くなど……! 」
「褒めればいいのか?これは。まさかミシャリアの一撃がキッカケで、奴の死霊術式上の浸蝕に加速がかかるなど――は? 」
未来ある新進気鋭のためと奮戦していた
供に魔導術式上の知識に富む故、聖戦の場となった地帯を包む異常事態を即座に感知した。
のだが……それと同時期に、皇子は今異常の渦中にある地帯の上空――さらなる異常を目撃してしまう。
「あー……ジェシカ? あれはお前も見えるよな。もしかしたらこの事態も、ほどなく何事もなかった様に終息を見る事になるかも知れないぞ? 」
「はぁ!? ご、ご冗談を! この様な事態を一体どうやって――あ~~。いや、ええ……程なく終息は確実かと。と言いますか……完全に嫌な予感が的中ではありませんか、殿下(汗)。」
そのさらなる異常を目撃した二人が……まさかの揃って「うん、何事もなかった。」かの視線で嘆息のまま安堵していた。
そう――
彼らは目撃してしまったのだ。
正に自分達が想定していた嫌な予感……かのお転婆と揶揄される王女殿下であれば、この戦いへ興味本位で首を突っ込んで来てもおかしくはないと言う事実を。
殆どの者の認識で、能無しの落ち零れと刻まれるかのアグネス第一王女。
しかし、ほんの一握りの者のみ知り得る事実は異なっていた。
その甘栗色の御髪揺れる少女は、歴史上稀に見る総量の
さらには……彼女の
未だその魔法力を制御するための、新世代の術式構築が成されていない滅び呼ぶ力を宿す者――
それがお転婆で姿さえ拝んだ事がないと
制御不能な破滅呼ぶ力宿す王女と……六大精霊さえも御する事が叶う、新世代術式を編み出した大賢者が――
今ここに邂逅を遂げたのである。
∫∫∫∫∫∫
「ちょっとミーシャ! これ、勝利しましたわーいっ――て雰囲気じゃないわよっ!? 」
「ペネ達でも、これが異常事態って分かる感じ! どうするの!?ミシャリアさん! 」
「いやね? 私もそれは思ったんだよ。まさかあの多重魔法障壁が、己の浸蝕を抑える役目まで負ってたなんて……(汗)。そんな事とは露知らず、奥義を力加減無しにぶち抜いてしまったよ。」
などと
こちらも勝利する事に手一杯で、死霊術式の重要な点が抜け落ちていたのです。
て言うか、あのリュードならその程度簡単に跳ね返すだろうとの甘い考え。
しかし現実は、想像以上に術式の格の方が異常であったと。
ちょっと今、成し遂げた勝利の余韻が思考から完全に吹き飛んだ感じだね。
けれどその時、私は感じたのです。
眼前のリュードを浸蝕する負の力……それさえも上回る、異常なまでの
それも制御もクソもない、ダダ漏れ感満載の力の奔流を。
それに気付くや私の聴覚へ響いたのは、全く面識の無い少女の
ペネやオリアナに近しい、幼さと大人びた感を
「うっひゃぁ~~これ完全に暴走してる~~。あー、ちょっとそこの賢者さん? 私に力を貸して欲しいんだけど? 」
――凛々しきの所を訂正するとしよう。
ちょっとどころではない程に、場の空気を読んでいないおバカ感満載の気の抜けた協力要請が私へかけられたのです。
「この様な状況で一体誰だいっ!? もう少し場の空気と言う物をだね――」
「……ぶぅー。ちゃんと読んでますー。だから私が……アグネス第一王女がこの場を鎮めるんでしょ~~。あんまし怒らせると帰っちゃうぞ? 」
「――へ? 」
今この一帯を包むのは異常なまでの瘴気の奔流。
それさえもブッチするは、何とも間の抜けたやり取りに終始するおバカな声。
甘栗色の御髪を
オリアナとは明らかに異なる、高貴なる淑女の正装でもあるゴシックドレスを身に纏うそれを見上げた私は――
同時に響いた〈アグネス第一王女〉との名乗りでポカンと口を開け停止してしまったのです。
「おい、ジィさん。なんでリーサ姫殿下がここにいんだ(汗)。」
「それをワシに聞くな。そしてジィさんではない。」
そして……その本人を知るであろうウチの年長組の言葉で悟ったのです。
この事態へ申し合わせたかの様に現れたお方こそ、かのアグネス王国でお転婆と揶揄され伝わるアグネス・リーサ・ハイドランダー姫殿下であると。
けれどお転婆だの奔放でお国の事など二の次などと、それはもう私やサイザー殿下がかけられる様な誹謗中傷しか知り得ない所。
どう
「ヌゥゥアアアアアッッーーーーッッ!! 」
そんなこちらの混乱を
「あーもう、賢者ミシャリア! 私が言う様に術式を展開! あなたなら、精霊術式に於ける鎮静化の類は範疇よねっ!? 」
「はっ!? いや、確かに可能だけ……いえ、可能ですが!? 本当にあなたはあのリーサ姫殿下で——」
「そー言う時間ないって!つべこべ言ってないで術式展開、準備っ! 」
もはやなし崩しのまま、姫殿下?であろう少女の指示に併せて精霊鎮静術式を展開します。
しかし対死霊術式ではないこれの応用では、申し訳程度の効果しか得られないのは明白。
それこそ、自身の魔法力さえも上回る膨大な力による力任せの展開でもしなければ——
そんな思考のまま私が展開した
「ちょっ……何をしておられるのですか!? 今絶賛私が
と——
あまりの事態に追い付いていけない私の、この口から出た魔導理論に於ける解釈を耳にした姫殿下が……口角を上げて言い放ったのです。
「……やっぱりあなたは私が求めた存在ね。魔導に於ける理論体系を口にし、剰えそれを力として発現が叶う賢者。あなたこそ、私が求め続けた世界へ安寧齎す六柱――〈アグネス六賢者〉の一角に相応しい術者よ。」
「ア……グネス、六賢者っ!? それは——」
アグネス六賢者——
そんな言葉は今まで聞いた事もないけれど……確実に私の聴覚を貫いた言葉があります。
——魔導に於ける理論体系——
私がこれまで己の研鑽の証として、独学にて開発研究して来た新たな世界の魔導概念。
それをかのアグネス王国第一王女殿下が口にした。
そして彼女の視線へ込められた想いに気付いた私は、胸のウチから止め処なく溢れる歓喜に震え泣いたのです。
魔導王国と称されたそこで……遂に研鑽の花が開いたのだと。
言葉にならぬ私を
この瞬間彼女がなぜ、私が展開する術式の渦中へ飛び込んで来たのかを。
「賢者ミシャリア、あなたにはお話しとく! 私が生まれ付き持ち得る
「新たな世代で、魔導理論に基づく新世代術式を生み出せるあなたこそ……私の膨大な
「私が、姫殿下の!? 私が磨き上げた……魔導の知識の全てが!? 」
ちょっとおバカなとか、失礼極まりない思考を抱いた事を心から謝罪したかった。
彼女は——アグネス・リーサ・ハイドランダー姫殿下は、私の生み出した魔導を世界へと広げるキッカケに他ならなかったから。
心に生まれた遥かな未来への道が、私の視界へと開けます。
溢れた涙を拭い今、浸蝕に塗り潰されんとする彼を……尋常の勝負に終始したライバルを助けるために——
「リーサ姫殿下、私の生み出した魔導制御の力をお使い下さい! あなたの制御しきれぬと言うそのお力……この賢者ミシャリアが完全に御してご覧にいれますっ!! 」
「言ったわね! ならばその研鑽に裏打ちされた、魔導理論の集大成を……このアグネス・リーサ・ハイドランダーのために——抜き身の刃を収める鞘となってみせなさいっ!! 」
「御意……! では術式展開——」
『我いと高き英霊を、安寧の地へと送り届けん! 鎮静の
その時制御不能とまで言われた姫殿下の膨大な
完全制御された術式として、リュードの死霊術式暴走を食い止めたのです。
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