Act.122 光と闇、その背を守りあいて

 事の全容を互いに共有し合い、粗方の即興作戦が固まった頃。

 とまあ、私達の遭遇する事態は毎度の如く即興作戦ばかりな所が悩み所ですが——

 今回は確実に今までとは違う形の作戦を考案した訳なのです。


 そう、今回の主役は——


「いいね、ルーヴ。私達は現在奴らに姿を晒す訳には行かない。と言う事で……あくまでブラッドシェイドがあのガルキア氏を救出に来た体を演じるよ? 」


「了解だ。そちらの事情のこじれは、それなりに俺達にも影響を及ぼしている。――と言う事であれば、俺達もその策に乗るのはやぶさかではない。」


 アウタークなディクター氏により案内されるは、ドレッドな狼男ウェアウルフ ガルキア氏が今もはりつけにされる場所です。

 聞くだけでも、それが保釈金で解放されるはずの者に向ける仕打ちではないと……理不尽過ぎる事態に眉根を歪めつつ闇夜を足早に進みます。


 世界に指名手配される様な極悪人などからは程遠いあのドレッドさん。

 それが不当極まる極刑に処されるなど言語道断だね、全く。


 ですが今の私達法規隊ディフェンサーが正面切って事を構えるのだけは避けねばならぬ——故にブラッドシェイドとの利害の一致による作戦を遂行しているのです。

 あくまで彼がメインで立ち回り……私達はその支援に回る方向で。


 闇夜を照らす人工灯が途切れ途切れとなり、すでに寝静まった民家が連なる裏路地。

 その物陰に潜みつつ……しかし事が急転すれば、もはや私達が協力するまでもなくガルキア氏が極刑と――最悪を想定しつつ、最速の思考で目的地を目指します。


 そんな私達監視組から一転した救出部隊は、アグネス首都のちょうど王宮とは真逆に位置する北東の大集会場——その入り口から裏手に当たる場所へと辿り着きます。

 さしもの宵闇が迫る中でなら、あのチート精霊使い子飼いの術士隊も大欠伸おおあくびをかまして余裕ぶっ来いてるだろうと推察したのです。


 が——

 眼前に飛び込んだのは、まさに急転直下の事態だったのです。


「ちょっと待つんだ皆。この時間にしてはやけに物々しい——」


「いかん! 奴ら、フェザリナ卿が早々に帰還した事でいている! このままではガルキア殿はすぐにでも極刑にっ! 」


「ガ……ガルキアっ!? 」


 私に被る様に叫んだディクター氏とルーヴ。

 その言葉の意味を悟るや、声を荒げない様……耳打ちにて火急の事態を頭目さんへと放ったのです。


「くっ……これは想定の中でも最悪じゃないか! 予定を繰り上げる――ルーヴ、作戦通りにガルキアの元へ躍り出るんだ! テンパロットは彼の援護! 」


「術師会の奴ら……! すぐにでも叩き伏せてやる! 」


「いいかい、ルーヴ! あくまで当て身で止めるんだ! こんな状況だろうと殺傷は許さない……その条件を忘れずに! 」


「皆まで言うな! 俺は奴らの様なバカではない! おい、狂犬!! 」


「ああ、準備はいいぜ!? 光と闇の共闘と行こうじゃねぇか!! 」


 言うが早いか駆ける二人の疾風は、物陰さえも利用し瞬く間に導師子飼いの術士隊背後へと舞い飛びます。

 それを確認するまでもなく——私はそれを支援する方向の策を残る仲間へと伝達します。


「ティティ卿は潜んで救出したガルキアを援護! オリアナは、奴らをかく乱だ! いけるね!? 」


「分かりおした! こちらも準備は整っとるさかい! 」


「跳弾なんて言葉よく知って……でも私ならそれも余裕だわ! 任せなさいっ! 」


「ふふ、いい気概だよ二人とも! ではディクター氏、周辺の警戒を! 状況次第でオリアナの逃走用煙幕も利用する——」


「さあ……かつて敵対していたあの狼男さんを、見事助け出して見せるよっ!?」


 メイド衣装をなびかせて、ティティ卿が魔法ステッキにふんした刀剣を――オリアナがフリルスカート下より双銃を抜き放ちます。

 首肯したディクター氏も警戒にと素早く行動。


 一刻を争う状況の中、それぞれの役目に走る仲間と協力者。

 これより救い出すのは元敵対者……もうそんな事を思考するまでもありませんでした。



 眼前で理不尽な仕打ちを受けるのは、罪なき弱者と変わらないのですから——



∫∫∫∫∫∫



 法規隊デシフェンサー一行の正統魔導アグネス王国来訪が幸か不幸か引き金となり、はりつけにされたドレッド人狼ガルキアの処刑が理不尽にも誰に悟られる事無く始まろうとしていた。

 アウターク騎士が推測した通り――受刑者となった男の前を右往左往する影は、いずれも焦りを滲ませ全てを闇に葬らんと動いていた。


「先ほど導師様よりの命が急遽下った! あの予想以上に帰還を早めたせいだ! 」


「おのれ……帝国で物見遊山にでもふけっていればいいものを! 余計な仕事を増やしてくれる! 急げ、その男を早急に始末せよっ!」


「はっ……! やれるものならやって見ろってんだ、このクソヤロウ共っ! 俺は逃げも隠れも――って、俺逃げられねぇし!? ……っや、やめろテメェ! あ……アニキーーっ! 」


 はりつけにされようと粋がったはいい物の、己の状態すら忘却した怒号はいつしか懇願の叫びへと変わる。

 そんな事はお構いなしと……対亜人種デミ・ヒュミア殺傷用 霊銀製 三叉戟トライデントを構えた術士隊が鬼気迫る表情で囲む。

 まさに最後の瞬間、絶望の表情を浮かべたドレッド人狼の視界――

 彼が抱いた死の恐怖を振り払う様な二つの疾風が駆け抜けた。


「ふぇ……何がどうなって――」


 今まで私利私欲を双眸に宿し、抵抗さえ出来ぬドレッド人狼へ殺意を剥き出しにしていた術士達が……糸の切れた人形の様に次々と倒れこむ。

 そして直後響いた声は――ドレッド人狼の死への恐怖を彼方へと吹き飛ばす事となった。


「情けねぇ声出してんじゃねぇぞ?ガルキア。だが――遅れてすまなかった! 」


「アニ……アニキっ!? 助けに来てくれたんすかっ!? 」


「ルーヴ! 俺が警戒する……さっさとお仲間をはりつけ台から解放しろっ! 」


「なっ……なんであの法規隊ディフェンサー狂犬イヌがっ――」


「事情は後だガルキア! 少なくとも今こいつは敵対者じゃねぇ……っと――走れるな! ならすぐあの物陰へ全力疾走、急げっ! 」


「う、うひぃーーーっ!? 」


 現れた心酔する兄貴分と、現れるはずのない法規隊ディフェンサーが誇る狂犬テンパロットの姿に困惑するドレッド人狼。

 だが闇の頭目ルヴィアスによりナイフではりつけ台の荒縄から開放されるや、その兄貴分よりの怒号で倒れ込む様に指示のあった場所へと駆ける。

 そこへ異常を察知した他の術士が駆け付けた。


 術師会でもモンテスタに組するそれらは、視界に逃走を図るドレッド人狼と救助に訪れた頭目を捉えるや……飛んで火に入る夏の虫とばかりに――

 愚かにも洩らしてしまう。


「やはり一味をはりつけにした甲斐はあったようだな! 所詮は落ちぶれ貴族……下らん仲間意識は抜けぬ様だ!」


「各員、あれは魔導実験と言う禁忌を犯したシュタットゴート家の末裔だ! 罪人中の罪人——捕らえれば導師様より報酬が頂けるぞっ! 」


 シュタットゴートの名を汚す様に吼える不逞の輩。

 並べ立てる言葉には、とても一国を守り続けた警備隊の面影の形も無い——金に狂った愚か者の低脳さが曝け出された。


「なるほどこいつら、あの賢者なんざ比べるまでも無くゲスだなっ! 少なくともお前らの主はこんな腐った真似はしねぇ! 」


「まあその辺は当然の事なんだが……あまり俺達の存在を口走るなよ!?ルーヴ! ——来るぞっっ! 」


 認識阻害をかけるも、迂闊に法規隊ディフェンサーの名を晒す訳には行かぬと注する狂犬。

 背を守り会うように立つ闇の頭目を見やれば、ヒラヒラ手を振り「分かっている」との確認を得た。


 事を察した術士隊 十数名が、術士甲冑の金属音と共に敵対者を取り囲まんとするが——

 陣が完成を見るまでも無く……激しく周囲を叩き付けながら狂気が舞い飛んだ。


「……っ!? 何だ!? 」


「そのまま動くな! オリアナが放った跳弾だっ! 」


 聞き慣れぬ異常音に反応する闇の頭目。

 それを制した狂犬が瞬間その身を固定し、飛ぶ弾幕の行方を視覚と聴覚へ叩き込む。


「……ぐあっ!? 」


「何だ——くっっ!? 」


 二人が陣を睨め付ける間に、次々と炸裂音と金属音が木霊し……術士達がみるみる足を折ってうずくまる。

 すでに宵闇であるそこは街頭さえまばらである。

 そんな漆黒より叩き込まれる跳弾の雨など正気の沙汰では無い。


 だが——白黒令嬢オリアナは狙った敵へ、あらゆる場所へ跳ねさせた銃弾を恐ろしい精度で撃ち込んで行く。

 それも致命傷とならぬ様、足元をかすめる様に。


 それを視界に入れた闇の頭目は嫌な汗と共に、己がかつて攫おうとした少女への畏怖の言葉を漏らす。


「オイオイ……(汗)この暗闇でここまで正確に、しかも跳弾を使って狙撃だと? あの武器商人——実は相当な玉だったのか? 」


「今じゃ俺達の重要な戦力であり……仲間だ。っと——テメェものんびりしてたら、獲物を掻っ攫われるぜっ!? 」


「フッ……。こんな奴らじゃ復讐の足しにもならねぇが――帝国の番犬……精々俺の援護を熟して見せろよっ!? 」


「抜かせ! んじゃま、さっさと片付けてトンズラかますぜっ! 」


 光と闇の世界に生き、さらに知見に於いてはその真逆の世界も知る者同士。

 互いに絵も言われぬ共感を抱く二人が……宵闇を舞う暗殺者の如く手にした得物を振り翳す。


 そして宵闇の疾風と化したそれが、駆け付けた術士隊を半分以上片付ける頃にはドレッド人狼も剣の卿ティティ護衛の元その場を逃げ果せ——



 その背後では……呻き声さえ上げられぬ術士隊が、手を組んだ光と闇を生きる者達に次々と屠られて行った。

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