Act.121 シュタットゴート家の忘形見、ルヴィアス

 闇の冒険者ブラッドシェイドにとっての家族とも言えるドレッドヘアーの人狼、ガルキア・ベレンツキーの救出を条件に――

 ブラッドシェイド頭目の優男……本名をルヴィアス・シュタットゴートと称する彼は、法規隊ディフェンサーとの和解の後会談に臨んでいた。


 とは言えドレッド人狼ガルキアの処刑がチラついている今は無用に時間も取れぬと、術師会の警戒が届かぬ場をアウターク騎士ディクターが用立て……早々の交渉をと進めていく。


 ハイゲンベルグは正統魔導アグネス王国首都の名に相応しい街並みを持つ反面、未だ国家主導による区画整備が行き届かぬ場所も多く……しかしそういった場所こそが格好の隠れ蓑となりえた。

 チート精霊使いを称する者達はそういった俗世を見下し、さらにその様な場所への人道的支援などはもはや概念の外。

 すでに彼等の存在意義にさえ、疑念が投げかけられてもおかしくは無い状況であった。


「会談にこの様な場所しか準備できぬが、ご容赦願いたい。」


「この様なだなんて……それはむしろここに住まう方々に失礼だよ? ありがとう、ディクター氏。君には会談の間の警備を依頼するよ。」


「心得た。では……。」


 区画整備の行き届かぬ裏路地からさらにはずれた廃屋。

 だがそれなりに見られる様は、居住者がそこを空けて時を置かぬ感が見て取れる。

 が……流石に椅子やテーブルは朽ち果て役目を成さぬとそれを取り払い、法規隊ディフェンサー闇の頭目ルヴィアスは思い思いの場所へ腰掛け会談に臨む。


 当然そこに悠長に構えている時間などないのだが。


「早々に話をまとめたい所だが、俺らはまともな名すら交わしちゃいないな。……って事で、正直気乗りはしないんだが――俺の名はルヴィアス・シュタットゴート。まあ性はお前らでも聞き及んだ事ぐらいあんだろう。」


「ああ、驚いたね。まさかあの今は衰退の一途を辿るオリエルト公国――その没落した子爵家の名が飛び出すなんて。私はミシャリア・クロードリア……少なくとも、君の家族なドレッド男さんを極刑に処そうなんて事は考えてないからね? 」


「俺はテンパロット・ウェブスナー。素性はそちらの方がよく知ってるだろうが。ミーシャ……ミシャリアはあんたの家族に不当な刑を課した奴らとは別口、つーか本来はこちらが正統な立ち位置だろう宮廷術師会の本局を信望する者だ。」


「ウチは新参おすえ。先の名乗り通り……今はでお願いします~~。」


「えっ? マジでそれで行くのティ——ゴホン!? ティーにゃんは……。はぁ……私は名乗るまでもないわね。」


 交わされる名乗り。

 その中でせっかく上げた偽名名乗りを台無しにしかけた白黒令嬢オリアナ

 またもや剣の卿ティティの視線で脅される。

 それを聞き及んだ闇の頭取ルヴィアスが嘆息し、事の本質へと踏み込んで行く。


「て、事はあれだな。そっちの賢者……ミシャリアの信望する奴らとは異なる術師会の派閥が、ガルキアの処刑などと凶行に走り――」


「そこへお前さんらが……って所か。それが危うく俺の勘違いで、助けに来た勢力とぶつかりガルキア救出の希望すら手放すとこだった――と。」


「ご明察、いい洞察力だね。やはり君は、敵対すれば末恐ろしい事この上ないのが理解出来たよ。」


 切り返しの鋭さに冷や汗を覗かせる桃色髪の賢者ミシャリア

 それはかつて白黒令嬢奪還と言う依頼上の戦闘で見せ付けられた彼の素養——それを再び垣間見た故である。

 少なくとも賢者少女としても、闇の頭目にチラつく素性に有能なる貴族的な何かしらを感じ取っていた手前……同時に自分達の推察通りの結果が導かれた事で生まれた冷や汗でもあった。


 しかしそこまで思考し、それが今は協力者となる事態と切り替えた賢者少女は、彼と法規隊ディフェンサーが有する情報交換へと早々に進んで行く。


「では改めて。ルヴィアス……言い辛いね。へこちらの有する情報を提供して行くよ。呼び名はそれで構わないかい? 」


「呼び方なんざどうでもいいが……聞かせてもらおう。」


 どうでもいい——

 そう口走った闇の頭目は、昔を懐かしむ様に双眸を細めて情報提供に耳を傾ける。



 御家が存在していた頃、父であった存在が情愛を込めて呼んだ名と同じ愛称に……少しだけ過去を思い出した様な雰囲気で。



∫∫∫∫∫∫



「(ルーヴよ。我がシュタットゴート家は、すでに責を取っての解体が決定した。だがその定めを恨むでないぞ? )」


「(ふざけんなよ、父上! 元はと言えばあの宮廷術師……奴があんなおぞましい魔導実験さえ行使しなけりゃ——)」


「(このたわけが。確かに魔導実験はおぞましきものぞ。が……その犠牲になったのは公国のために忠誠を誓った若者達。それをおとしめる様な物言いはつつしめ。)」


 俺の人生はあの時一度、幕を下ろしていた。

 オリエルト公国に有望視され、生涯仕えると誓い子爵家に上り詰めた我がシュタットゴート家は……よりにもよって身内から出たサビによって浸蝕され崩壊した様なものだった。


 子爵家内でも危険視していたお抱え宮廷術師。

 そいつがいにしえの魔導研究にのめり込んだ結果の凶行。


 それは魔導科学と言われる分野に於ける、

 今でこそあのアーレス帝国が、その類に対する世界的な共通の法規制を敷いた事で大半が姿を消したが……残念な事に我が御家で事態が発覚したのは規制前だった。


 言うに及ばず、それは御家転覆の引き金となってしまう。


 そこへ伯爵家の一部権力者まで噛んでいた事が災いし、まさかの伯爵家と子爵家が共倒れとなる端末を辿ってしまった。


 だが——当の伯爵家を治めていたエルバイン・レフリード伯爵卿は、亡き父との間柄が兄弟の様だった事は幼い俺も脳裏に刻み込まれていた。

 そんなレフリード伯爵卿は、父カザイン・シュタットゴートと共に責を取る意思を固めて俺に告げた。


 今生こんじょうの別れとなる言葉を。


「(オリエルト公爵卿は厳正であるが、寛大な御方だ。故に斬首にて責を取らねばならぬ大罪が、離島の刑と言う減罪を経て我らに課せられる事となるだろう。もしそれ以降お前……ルーヴが我らの意を継ぐと言うなら——)」


「(この公国の事など忘れ、あの宮廷術師の傲慢の餌食となった若者らを……我らに忠誠を誓いし未来達の人生を助けてやってはくれまいか。)」


 語られた想いを受け継いだ俺は程なく首都を後にする。

 その後実験台となった若者らを探し求めて公国全土を渡り歩く内、いつしか闇に紛れるのも苦ではなくなった頃——

 堕ち貴族狩りとも取れる夜盗の餌食となり掛けていた奴らに出会ったんだ。


「(ち……ちくしょう! 俺達は化け物なんかじゃ……ねぇ! 俺達は——)」


 人体実験の果てに生み出されたあいつらは、通常生まれる事はない人工的に生み出された偽亜人種フェイク・デミ・ヒュミア

 通常亜人種デミ・ヒュミアはアルテミスの月の月齢が満ちた日に獣人化し——しかし真昼のひと種の状態でもそれなりの身体能力を有するのは、魔導科学でも実証済みの生体的特長だ。


 だが奴らは違った。

 である奴らは、耐久力こそ優れていたが真昼は人となんら変わらぬ程度の能力。

 そこに来て、落ち延び……満足な食事も取っていないあいつらはもはや甚振いたぶるに容易い弱者まとでしかなかった。


「(これがあの宮廷術師が招いた惨劇の結果かよ……! クソッタレがっ!! )」


 視界に映る夜盗を湧き上がる怒りのままに刃で斬り伏せ……恐れをなして散った残党など放置して——


 俺は目の前で弱者と成り果てた、哀れなる被害者たる化け物達へ宣言した。


「(テメェら、あんなカス共にいい様にされて悔しくはねぇのか! 悔しいだろ……だったら俺と共に来い——)」


「(俺の名はルヴィアス・シュタットゴート! だがもう御家は消滅しちまった。なら失う物は何も無ぇ! 俺はお前らを引き連れ闇夜を渡り歩いてやる! お前ら、この俺に着いて来やがれっ!! )」


 俺の宣言を聞いた奴らは歓喜し、涙した。

 化け物と呼ばれて明日とも知れぬ命だったそれを、俺が救い上げると宣言したから。

 御家の名声なんかじゃない、俺の宣言にこそ奴らは涙したんだ。


 血塗られた御家騒動。

 そんなくだらねぇ事を考える奴らを尻目に、俺達は後に〈ブラッドシェイド〉を名乗り世界へと打って出た。



 闇夜でうごめく法で裁けぬ者共を駆逐する、闇の裏稼業の世界へと足を踏み入れたんだ——

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