Act.120 邂逅再び、法規隊とブラッドシェイド

 全く、気が休まる事がないとはこう言う事を言うんだろうね。

 ララァさんとの再会の最中に舞い込む緊急事態。

 それは私達も全く想定していない事態が、アウタークなディクター氏から放たれたのです。


「て言うか、それは真実なのかい!? すでに保釈が決まっていたはずの、あの狼男氏が極刑に処されるなんて! それに——」


「アグネス首都にあのブラッドシェイドが紛れ込んでたなんてのも、今しがた知った所だよっ! 」


「申し訳ない、ミシャリア卿! フェザリナ卿から事を順序立てて伝える様指示されていたが——どうやらモンテスタ導師派の法術隊は、すでに一部が離反覚悟で動いている様だ! 」


「故のフェザリナ卿への反意とも取れる凶行! 警備隊でもすでに保釈が決まった者を問答無用で極刑に晒す様な、てのひら返しの法は持ち合わせてはおらん! 」


 すぐに事が進む状況ではない様子に、ディクター氏の推論ではかのブラッドシェイドの頭目さんを誘き出す算段だろうと結論。

 しかしそれが実行されれば術師会に警備隊は愚か、それを擁するアグネス国家にさえ打撃を与えん緊急事態。

 万一そこへブラッドシェイド頭目が考えなしにノコノコ現れたなら、国家激震は避けられない。


 そこまでの最悪の状況を見据えつつ、足早に向かうはその狼男さんの処刑場と目される場所。


 しかし——

 導師に勘付かれぬためにテンパロットの認識阻害を用いているとは言え、私達まで迂闊に飛び込んでしまえばもはや彼らの悪事を暴く所ではなくなります。


「なんやほんま、ミーシャはんは騒動に好かれとりますなぁ。」


「こう言う時に冗談はよしてくれるかい、ティティ卿!? 流石に私もこんなに混迷を極めた事態は初めて——」


「いえね? アレ……もしかしたら、その騒動の要因か思いまして。ちゃうんおすか? 」


「はっ? 一体何の話を……っ!? 」


「ミーシャ、伏せろっ!! 」


 そんな中……場を読んでいないのかと思えたティティ卿の弄りに、困惑に揺れる思考のまま返答し——ようとした刹那。

 卿の言葉の意味を悟るが早いか、同じタイミングで響いたテンパロットの声。

 二人が察知した突如飛来するそれを辛くも回避した私。

 歩を進めるここが人気もない裏路地であったのは幸い。

 避けた先が、無残に切り散らかされたのです。


 それを見るや、脳裏をかすめ——


「ちょっ……よりにもよってあの人、こっちを狙って来た訳かいっ! ブラッドシェイドの——」


 すかさず私を守る様に囲むテンパロット、オリアナ、ティティ卿に……ディクター氏。

 その視界の先で目撃してしまったのは——怒りを双眸に宿した、あのブラッドシェイドの頭目さんでした。


「法の番人とやら……てめえらはちとやり過ぎちまったようだな! こちらが黙って法に従った上でガルキアを引き取ろうとしたそれを……テメエらの都合でてのひら返しされちゃあ、黙ってはおけねぇ! 」


「皆……これはマズイ! 完全に勘違いされてるパターンだよっ!? ここで足止めを食ってしまったらそれこそ後の祭りだ! 」


 状況的には最悪。

 すでにやる気満々なブラッドシェイド頭目さんを前に私は叫びます。

 私を囲む護衛プラス騎士さんにその意が伝わる様に。



 何とか頭目さんとのかち合いの中で、こちらの真意を明かすため。

 こんな事態を引き起こしたチート術師の悪行より、彼の家族たる狼男さんを救い出す。

 であれば彼らブラッドシェイドとの、共闘さえも視野に入れていると言うその旨を伝えるために――



∫∫∫∫∫∫



 影より誰に悟られる事なく事態終息の目処を付けていた法規隊ディフェンサー

 それが……己が家族への屈辱的な仕打ちに怒り狂う闇の頭目ルヴィアスとの遭遇によって、もはや練り込んだ策の瓦解寸前が迫っていた。


 先に死霊の支配者ネクロスマイスターより買い取った超振動ブレードの刃が、魔導的な炎で一行を襲う。


「くそっ……! いつぞやの厄介なブレードは絶賛装備中かよ、あのヤロウ! これじゃ俺の〈風鳴丸かなきりまる〉でも——」


「下がりなはれや、テンパロットはん! 」


 故に、かつてそのブレードとやり合った経験が先立つ狂犬テンパロットは距離を取らざるを得ない。

 が——

 彼を下がらせ躍り出たのは、かの剣の巫女ソードシスター ティティ・フロウである。


 すると闇の頭目が振るう超振動の煌めきを、振り抜く片刃刀剣の一薙ぎが受け止める。

 あの……である。


「……っ、超振動ブレードを止めるだと!? この武器は……いやこの御技はかのアカツキロウの! 随分と名のある手練れが味方に付いたじゃねぇか、法の番犬共っ! 」


「あら、残念おす……! 生憎と超振動を含めた技術の元祖は、アカツキロウおすからな! 封じの手立てぐらいは備えとりますゆえ、お気の毒——」


「そして初めまして……ウチは——ウチは、おす! 」


「ちょっ……!? 何て名前を名乗ってるんだい!? まあ、この状況下では致し方——」


「って、それ所じゃないっ! ブラッドシェイドの頭目さん、武器を納めてくれないか! 君が言うのは誤解なんだよ! 」


 どさくさにとんでも偽名を放つ剣の卿ティティ

 万物を切り裂く勢いの超振動ブレードを受け止めるは、妖刀を失った彼女が新たに手にし——

 だが闇の頭目はその得物以前に、反応した。


 言わば、桃色髪の賢者ミシャリアが生んだ精霊共振装填の原点でもあるそれ。

 所有者である種族の魂が発する霊量子イスタール・クオンタムほとばしりを纏う秘技——闘気装填フォーディス・ドライブである。

 超振動が生む物質分断の刃に真逆の霊振動を叩きつけ相殺する御技それは、科学と魔導融合を生んだ原点とされる〈アカツキロウ〉発祥の対抗技。

 その地にて最強のその上を行く、サムライと呼ばれる剣豪が生み出した究極の研鑽の極みを剣の卿が繰り出した。


 それを自然に纏う〈アカツキロウ〉の剣豪こそを、赤き大地ザガディアスでは知る人ぞ知る剣の巫女ソードシスターと呼び表すのだ。


 闇の頭目とて一度は剣を交えた相手。

 その実力の高は知り得ていた。

 だが……新たに法規隊ディフェンサーに所属せし者は、その知見を大きく上回る。


 それが彼に、僅かな心の冷静さを呼び戻す。


「誤解とはどう言う事か、是非お教え願いたい所だな……番人共!」


 想定外の御技を纏う片刃刀剣と鍔迫つばぜり合い、超振動相殺から来る火花を散らして弾く様に後退した闇の頭目ルヴィアス

 生まれた間合いを視線にて牽制する剣の卿は、正しく剣豪——正眼と呼ばれる位置に愛刀を構えた姿には一切の隙など存在しなかった。


 サムライと称される剣豪が誇る剣技の真価は

 赤き大地ザガディアスで多くの手数が主流の剣技を、隙あらば瞬撃にて打ち倒すと恐れられる。

 呪いに蝕まれていた際の卿を厄介たらしめていたそれは、味方となるや頼もしき攻防一体の戦力と化す。


 それを肌身で感じ取った闇の頭目も、やはり手練れ——隙が見当たらぬ剣豪を前に力押しから一転……冷静に間を取り直す。


「ミシャリア卿、今が和解のチャンスですぞ! 」


「言わずもがなだよ、ディクター氏! ブラッドシェイドの頭目さん、まずはこちらの話を聞いてくれるかい!? こちらでも君の家族が処される件については把握済み——」


「むしろ私達はそれを止めるために、今を急いでいる! よければそちらの情報提供を求める! どうだい!? 」


「お前らがウチのガルキアを助けるだと!? そんな戯言が通用すると思っているのかっ!? 」


 未だ警戒を解かぬ両者の

 しかし闇の頭目の脳裏に過るは、法規隊ディフェンサーとの最初の邂逅。

 そこで彼女達は少なくとも、敵対者であったはずの白黒令嬢オリアナを救出するため己らと対峙した事を思い出す。


 ちょうど助け出された当人もこの場に居合わせ、もはや大切な家族の如く自分を警戒する様を目撃していた。


 そこまでを思考で整理した闇の頭目は、思い出した様な言葉を口にした。


「……お前達は確か、最初に俺達とやり合った時言っていたな——。まさかって訳か?」


 桃色髪の賢者としては予想外の言葉の羅列。

 が——そう言う言葉の綾を折り込める闇の頭目には、共闘するに足る理知が宿る事も理解した。


 それこそが和解の決め手となると踏むや言い放つ。

 したり顔で、口角を上げて——


「よく覚えていたね、そんな言葉。ああ——確かに今の状況は、それが打って付けと言えるね。もし——」


「そちらが情報提供に応じてくれるなら、こちらも知り得る情報を出し惜しみはしない。そして——君の家族を助けるための共闘すらも……ね? 」


 ただの我の張り合いなどではない……火花を散らし、街灯まばらな闇夜を照らす。


 そして——


「いいだろう、了解した。お前達の感謝するこった。それだけでもその言葉が信用に足る。……話を聞こう。」


 未だ警戒心は残るも、闇の頭目は鋭き洞察力で頭に登った血を抑え込む。

 ここで判断を誤れば己の家族を失う事になると——



 そうして武器を納めた闇の頭目と法規隊ディフェンサーとの情報交換の場が、人知れず設けられる事となったのだ。

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