Act.111 新たなる依頼は大事の予感

 殿下が現れてからの小一時間は、正直胃が痛くなりそうな苦痛を覚えたものです。

 それは殿下や、ましてやジェシカ様がどうこうと言う事ではなく……語られた内容——そこへ使が絡んでいた点に起因します。


「あの、ミーシャ? さっきからこう……眉間が大変な事になってるわよ? 」


「ああ……これはすまないねオリアナ。けど今の私にはあまり余裕がないからね。からそのつもりで。」


「こ……怖い事言わないでよ(汗)」


 そんな大嫌いなチート精霊使いの絡みで相当顰めっ面になってたのか、オリアナが問うて来たけど口にした通り今の私にはそんな余裕などありません。

 けれどチート風情の内容で大切な仲間に当たり散らしたくはなかった私は、念の為と白黒さんへ忠告待った無しだね。


 現在フェザリナ卿が当面の目標としたオリアナの件で、依頼上の報酬清算完了後――

 ディネさんが当ててくれていたお部屋で遅い夜をと戻った所、後日アグネスへ同行する卿とは別室で……且つ女性陣と男性陣に別れての今です。


 気を効かせてリド卿とティティ卿はさらに別室を当ててくれていた様なのですが——

「そんな気は効かせんでよいわっ! 」って、顔を真っ赤にしながらジィさん怒ってたね。

 きっと別の意味での真っ赤だろうけど。

 流石は年の功。

 照れ方も年季が違う。


 ともあれ私達の部屋には私、ヒュレイカ、オリアナ、ペネ。

 そしてティティ卿が振り分けられたのですが……本来そこに追加するはずだったフレード君が——

 「じょ……女性のお部屋は、恥ずかしい……なの! 」とか言って、今までにない恥じらいを見せて男性陣部屋に篭ってしましました。

 ある意味何の不自然もないのだけれど、これはあのブライダルの際かなり勇気のいる神父役をこなしたのが原因なのでしょうね。

 ふぅ……これが若さか。


「ミーシャー、シャワー上がったよ~~。ティティ卿は如何でしたか? 」


「もう……ヒュレイカはんまでいやおすわ~~。ウチとはもっと気兼ねなしに話してくれたらと——」


「いやあの——ジェシカお姉様から、卿へ粗相がない様にとの指示を受けてますので……(汗)」


 そこまで思考した私の視界に、今までお宿付きのシャワーを浴びに行っていたヒュレイカとティティ卿が映ります。

 お部屋の扉を開けて程なく、湯上り後の香りが漂って来ました。


 しかしそこへティティ卿が混じっていた事で、いつもの様な百合の花園思考が浮かばなかった訳で——


「じゃあ次は私達のシャワータイムな感じね? オリアナさん、行く感じ? 」


「ええ……って、覗かない様にっ! 」


「ええっ!? 覗いちゃダメな——」


「ああ、行ってくるといいよ。」


「「「……あれ?? 」」」


 直後の、事に……百合チャンスと意気込んでいたヒュレイカ含むメンツが一堂に首を傾げる様な――



 素っ気い返事を零す私がそこにいたのです。



∫∫∫∫∫∫



「ねぇ……ミーシャの雰囲気が異常なんだけど。あなた何か知らないの? その——ミーシャの宮廷術師会時代の事とか。」


「オリアナさんの言う通りな感じね。ミーシャさん、重症な感じだわ。」


「……って言われてもね~~あたしはミーシャの過去に精通してる訳でもないし。テンパロットだって、ミーシャが口にした事以外は極力問い質したりもしないしね~~。」


 白黒令嬢オリアナオサレなドワーフペンネロッタが揃ってシャワータイムを終え、珍しいほどに神妙になるツインテ騎士ヒュレイカが合流した頃——話題は自然に桃色髪の賢者ミシャリアの話へと移り変わっていた。

 さしもの一行女性陣も、賢者少女の異様な塞ぎ込みように業を煮やし……剣の卿ティティも連れ立ち宵闇を精霊灯が照らすオープンテラスに足を向けていた。


「ティティ卿も申し訳ありません。あたしらも、ミーシャがあそこまで考え込むのは初めてでもあるので——」


「その辺は私からお話させて頂きます。皆様お時間よろしいですか?」


 気を使うツインテ騎士が状況への謝罪を卿へと述べんとした時、テラスの廊下暗がりから銀色の御髪を揺らして現れた影——美貌の卿フェザリナが詳細説明を申し出た。


「フェザリナ卿……。えと、私達は全然構いませんが。」


「そうおすな~~。ウチもお世話になる部隊を纏める彼女——まだ詳しくは知りまへんよって。ちょうどええ機会おす。」


 すでに一行に馴染む感の白黒令嬢に剣の卿が、残る二人と首肯しあうと——美貌の卿が情報公開に移って行く。


 美貌の卿の傍らで、

 かの宮廷術師会 本局統括者にして大賢者グレート・セージである、レボリアス・バラス・レイモンドが切に語ったあらましを。



 、桃色髪の賢者が法規隊ディフェンサーに属する以前の……術師会 支局に甘んじざるをえなかった苦き過去の一端を——



∫∫∫∫∫∫∫



 少女はある日、己が魔導の道を極めんとそこへ足を運んだそうだ。

 まだ桃色の髪が肩までさえ伸びきらぬ姿。

 雰囲気は幼さばかりが目に付く、到底術者としての威厳など皆無であった彼女。


 ミシャリア・クロードリアと言う少女が宮廷術師会の門をくぐったのは、彼女がまだひと種年齢換算で十にも満たぬ年頃の事だった。


「ああ、君が先日ウチで入門の実技テストを受けた賢者志望の少女……だったかい? 」


「はいっ! あの……私はミシャリア・クロードリアと言う——」


「いいよいいよ、分かってる。これから追い出す人間にいちいち説明するのは面倒なんだが。」


「へっ? あの……今なんと——」


「聞こえなかったのかい? 先日君のテストの内容は見せて貰ったけどね……正直言って困るんだよ。。」


 だが彼女は……入門実技テストを受けた後日、結果を待たずに門前払いと言う理不尽極まりない仕打ちを受けていたのだ。


 当時彼女は宮廷術師会に二つの局がある事を知らず、——

 たった1日で夢を奪われる結果となってしまった。


 絶望に暮れた少女は正統魔導アグネス王国首都である〈ハイゲンベルグ〉の街を彷徨い歩いていた。

 己の無力さと……世に名高き名門と称された宮廷術師会の、耐え難いほどに歪んだ現実に涙しながら。


 そんな少女が虚ろな双眸でフラリと通り掛かった一軒家。

 何処にでもある、王国由来の木と漆喰のおもむきある二階建てのそこ。

 フラフラ歩く少女を目で追える庭先で、険しい風貌の男がその足取りを目撃していた。


「(この様な場所でこんな幼子が……? それもこの先は宮廷術師会 支局の——)」


 険しい風貌の男は思考へ術師会支局の名を浮かべ、少女の正体に予測を立てていた。

 すると……男は庭先に立てた幾つかの魔導式機械杖を手にしつつ、少女を呼び止める。


「そこな少女よ。ここは宮廷術師会通りでも危険が多い。すでに日も落ちかけていることだ——」


「この私が警備隊へ連絡を入れる故、しばしこの家でその身を休めるが良い。」


 機械杖の男は、少女の面持ちが只ならぬほどに落ち込んでいた事を見抜き……且つ眼前の通りが夜な夜なチート共の出歩く無法地帯である事を知りえたため呼び止めたのだが——


「……ひっく。すびばせん。」


 そんな労わりの言葉を受けた少女は、打ちひしがれた心がたがを外した様に嗚咽に塗れ——

 機械杖の男に呼ばれるままその家へと招かれて後、一頻りそこで嗚咽に塗れる事となる。


 一夜明けた頃——

 落ちこぼれ少女は王国警備隊所掌の詰所に身を預けられていた。

 しかし泣き腫らした双眸は未だ真っ赤に染まり……それを案じた機械杖の男が様子まで見に訪れていた。


「あの! 先日はお見苦しい所を……その上、見ず知らずの私のために尽力して頂き何とお礼をしてよいか——」


 男の姿を見つけた落ちこぼれ少女は、慌てて詰所内の席から立ち上がると……こうべを垂れると共に心からの謝意を送った。

 その姿を見やる機械杖の男は双眸を細め……おもむろに口を開く。


「あ奴らの非礼や横暴ばかりを目にしていた故、この様な礼節に溢れた真摯さはもはや久しい所だな。いや……元気になって何よりだ。時に娘よ——」


 機械杖の男は細めた双眸から少女の高を見定めていた。

 先日の少女の足取りが術師会支局からの帰路と予測していた男——そこに天啓の様な導きを感じ、それを口にした。

 眼前の少女から大した魔導の力を感じた訳でもなく、それ以外の卓越した能力を垣間見た訳でもない。


 ……たったそれだけの理由で——


「お主……その気があるならば、私の元で魔導の研鑽を積んで見ぬか?何、難しい事など押し付けぬ。誰もが通る基本を中心とした物事の基礎を学べばよい。」



 落ちこぼれの少女は泣き腫らした面持ちから一転、煌めく双眸で頷いた。

 それが己にとっての……運命の転機となる出会いだと知る由もなく——

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