Act.105 法規隊暗躍、二人の妖精への贈り物

 私達にとっても、長く厳しい戦いの1日が過ぎ去り……ようやくの安らぎをベッドの上で迎えます。

 まあ、そこまでビックリするぐらい熟睡した私を背負ってくれてたジーンさん。

 先の戦いでのダメージも癒えぬ中での活躍に、もう彼には足を向けては寝られません。


 そんな私は長い熟睡からの目覚めを迎えたのですが——


「う……ん?おや、朝か。」


「せやで~~朝やで~~。ミーシャはんも早よ起きて——」


「しーちゃんっ!?身体は大丈夫かい!?存在が消えかかったりは!?」


「ちょっ!?アカン、ぐるじ……ミーシャはんギブギブ……。」


「あっ……すまない。でも——本当に大丈夫だね?」


 煌びやかな窓から差し込む朝日。

 まずは最初にそこがどこかと言う疑問が浮かびそうな状況で、視界に映ったどこぞの残念さんの姿に……思わず我を忘れて飛びついてしまいます。

 そしてせっかく事なきを得たはずの残念さんを、危うく握り潰してしまう所でした。


 ……霊量子体イスタール・バディに変化できる彼女は、その程度では消えたりしないのですが……


「ウチはお陰様でご覧の通りやねん。それよりも、肉体に限りのあるミーシャはんの方が心配やっちゅう話やで?ホンマ。」


 視界にヒラヒラ舞う彼女は、それはもう今まで見た事のないぐらいに安堵を浮かべ——

 それだけでも彼女が私の事を案じてくれていた事実に辿り着いたのです。


精霊力エレメンティウムの回復したシフィエールは、お嬢が回復するまでそばを離れなんだのだぞ?」


「ちょう!?ジーンはん、それは内緒て——」


「しーちゃんにしちゃあ、焦りまくった顔してたよな。」


「テンパロットはんまで!?余計な事は——」


「余計も何も……しーちゃんはミーシャを大切に思ってくれてたんでしょ?別に恥ずかしがる事じゃないんじゃない?」


「ヒュレ——はぁ……もう好きにしいや。」


 その彼女をここぞとばかりに弄り倒す古株の法規隊ディフェンサーメンバー。

 けど何より声を上げた彼らは、しーちゃんとの付き合いも長い訳で……そんな事は百も承知のしーちゃんが顔を紅潮させてしどろもどろとなってしまいます。


「凄いね、あんた達。アタイの人生で、こんなにも精霊とひと種が打ち解けた光景を見られる日が来るなんて……。世の中何が起こるか分かったもんじゃないさね。」


「キキッキキッ。」


 身体を起こした私は古株メンバーに混じり、今回協力してくれた輩なネェさんとマスコット精霊さんを発見し……一部メンバーが席を外している現状を確認。

 さらに遅れて思考に浮かんだ疑問符を併せて提示します。


「皆には心配をかけたね。それはそうと……他のメンバーはどこに行ったんだい?それに今まさに私が熟睡してたこのお宿は——」


 窓の装飾や風景からも、先にいた運河の物見櫓と別の場所と察しつつ首を傾げる私へ……その場所が案内役であっただろうディネさんから告げられます。


「ああ、他のメンバーはヤラレた衣服の代えや武器云々が必要な彼女——ティティ卿の買い物に同行してるさね。何——」


「金銭に関しては、リドのジジィが懐を快く開いてるから気にしなさんな。そんでもって、ここは物見櫓から西に行った現在の運河街……〈南アヴェンスレイナ〉の一角のお宿さね。」


 ディネさんの言葉で納得の行く私。

 つまりは私が力を使いすぎて眠りこける最中、皆してあの崩壊した街からここまで運んでくれたと言う事です。


 信を置ける仲間だと羨望を送る一方……ずっと間抜けな熟睡顔を見られてたかと思うと——

 流石の気恥ずかしさに、今度は私が顔を紅潮させてしーちゃんの如く視線を泳がせてしまうのでした。



∫∫∫∫∫∫



 現在魔導機械アーレス帝国領地の南東地方繁栄を象徴する街〈南アヴェンスレイナ〉。

 かつては〈北アヴェンスレイナ〉も含めた繁栄を指していたが……暫く瘴気にまみれていた迷いの森メイジアを含むそれを除いても、繁栄度合いが見劣りする事などなかった。

 それはひとえに、東西イザステリア海を繋ぐ運河の存在こそが大きく関係する。

 港街独自の繁栄と淡水河川流域の特徴が融合する事で生まれた、帝国でも一・二を争う産業街である。


 赤き大地ザガディアスの歴史文献においては、河川や海洋が近い場所ほど遠方――それも周辺島々や近隣大陸との交流が盛んとなり繁栄を築き易いと記される。

 古くさかのぼれば、そういった流域に人類の文化が最初に根付くとさえ言われているのだ。


 しかし、赤き大地ザガディアアスと言う世界を理論的に解釈した帝国第二皇子……かのサイザー・ラステーリはそんな文献の中に眠る着目した。

 それは詰まる所――いにしえの科学見地を一切含まぬ時代線に於いては、世界に訪れる災厄の大半は神の怒りや祟りであり人に抗う術はなしと伝えられる。

 が……彼が提唱した科学的見地からすれば、魔導機械アーレス帝国を襲う厄災の殆どがと位置付けられた。


 その大規模災害の中でも帝国に致命的なダメージを与える物。

 領地内で今も活発に活動する活火山ラドニスを起源とする大規模地震災害に大規模火砕流といった噴火に伴う災害。

 さらには……山々から流れ出る河川が集まって形成された大河が局地的な豪雨によって齎す、河川の大規模氾濫が上げられる。


 アヴェンスレイナと言われる街は特に河川の氾濫が直撃する、危険な災害と隣り合うのが日常の立地条件である。

 しかしそこへ科学的な理論に基づいて考案された街の構造と、水の精霊による精霊的な加護を加えた防災モデルを提唱した泣き虫皇子サイザー……現皇帝であるゼィーク・ラステーリがそれを聞き届けた事で、帝国が誇る街並みが生み出されていた。

 結果、そこは帝国所か世界に置ける防災モデル街の先駆けとして名を馳せる。


 理論形体を研究し、それを駆使して街を生み出していく皇子殿下の……思想が詰まった新時代を生きる街の代表格であるのだ。


「これはアタシからの提案なんだけどさ。良かったら賢者ミーシャも乗ってくれないかい。」


「唐突だね。それで何を提案すると言うんだい?。」


すら省くのかい!?」


「冗談だよ。いいから、そのディネさんの提案とやらをお聞かせ願えないか?」


 目覚めと共に体調回復を確認した桃色髪の賢者ミシャリアは、アヴェンスレイナのお宿——野に咲く花々を集め飾り立てた庭園で有名な〈ハーピュネス・ガーデナー〉広間に移動していた。


 朝の連星太陽が照らし出す庭園を一望できる、ドワーフ製装飾が煌びやかなオープンテラスは知る人ぞ知る絶景スポット。

 帝国遠方は元より、運河を渡って来る旅人や冒険者でさえそこを一目見ようと訪れると言う……街一番の観光名所でもある。


 そんなオープンテラスのテーブルを囲み座した法規隊ディフェンサー古株一行へ、輩な水霊が真摯なる提案を持ちかける。

 しかし恒例の鮮やかな弄りが炸裂し、輩な水霊ディネも手篭めにされた感は拭えなかった。


 もはや弄りに突っ込むのが当たり前の水霊は嘆息。

 そして口を開いた彼女の意見に……そこにいる一同が賛同待った無しの状況へと向かって行く事となる。


「提案と言うのはリドのジジィとティティ卿の事さね。アタシも彼らの仲については自分で見た程度の事しか知らないけど……幾つかはあの火蜥蜴サラマンダーに聞いて得た情報もある。」


「リド卿とティティ卿の?ほう……それは興味深いね。今まさに望んだ結末を得た彼らに対するものなら、協力も惜しまぬ所だよ。」


 桃色髪の賢者としても先の今。

 ようやく悲劇の巫女である剣の卿ティティを救う事が叶った手前、その彼女との再会を何より待ち続けた英雄妖精リドが絡むとなれば——そんな面持ちで身を乗り出していた。


「実はウチらや、今ティティ卿に同行しとる皆にもすでに概要は話しとるんやけどな?やっぱりこの法規隊ディフェンサーとしては、ミーシャはんの決定が重要言う事で——」


「そうなのよね~~。やっぱりミーシャの決定無しには……ねぇ。」


「何だい皆、思わせぶりに(汗)それにディネさん含めた女性陣の雰囲気が、やけに蕩けてるんだけど?ちゃんとした説明を所望するよ。」


 賢者少女の言う通り——

 輩な水霊所か、残念精霊シフィエールツインテ騎士ヒュレイカの双眸が蕩けているのは目に見えて明らかだった。


 その原因となる概要を水霊が伝えて行く。

 火蜥蜴親父サラディンから聞き及んだ点を含めた提案の全容を。


「リドジジィがティティ卿を好いてるのは、火蜥蜴サラマンダーも知ってるさね。そんでもって……その仲が最早誰も入り込めぬほどの睦まじさを振りまいてる事も。けど——」


「ジイさんと卿が、そんな仲になった矢先に悲劇が二人を引き裂いた——火蜥蜴サラマンダーはそうも言ってたさね。自分は卿を好いてるが、所詮は霊位妖精ハイエルフと精霊であり……その仲を割く訳にはいかないって事も。」


「……勿体振るね。つまりは何なのさ。」


「——あー。ここにいる皆知ってるが、サプライズにしたいから……ちょっと耳貸しな。」


「仕方がないね。何々?……ふんふん——フォッ!?そ、それは——」


 輩な水霊が齎した提案に……桃色髪の賢者までもが蕩けそうになる。



 それは……奇跡の再会を果たした高貴なる二人への——ささやかな贈り物の概要が語られたからであった。

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