Act.81 レーベンハイト家のお家事情

 白黒少女オリアナが帝国に所属する者達に連れられて、由緒正しき名家へ迎えられんとする中。

 法規隊ディフェンサー一行でも隠密行動の叶う精霊二柱が姿を不可視化させ……事の成り行きを観覧せんと興味本位でふわふわ三人を尾けていた。


『しかしアレやな~~。ようもオリアナはんを、公爵家へ組み込むやなんて暴挙に出たなサイザーはんも。』


『キキッ~~キッ!』


『そこは同感、やて?せやろ?——ふんふん。レーベンハイト家はすでに二人の義理娘を養子に……ほうほう——って、すでに二人もおるんかい……(汗)』


 英雄妖精リドから得た情報を我がもの顔で語る蝙蝠妖精シェン

 彼女から放たれた事実に残念精霊シフィエールもツッコミを辞さない。

 法規隊ディフェンサーとの冒険が日常である残念精霊にとっては帝国の情勢など範疇の外——が、知識を体現する風である彼女も情報収集に余年は無い。


 飛び出た些細な公爵家のお家事情も、恐るべき勢いで吸収していた。


 ふとを目にした残念精霊。

 さしもの彼女も不可視の身体ながら驚愕を双眸へと浮かべる。


『待ちなはれや……これはウチも想定してへんかったわ。つかレーベンハイト家言うんは、一体どれだけ帝国に貢献しとる名家やちゅうねん。』


を想定したウチの度肝を抜いて来るとは——これ、もはや城やんか(汗)』


『キッキキー。』


『いや何でシェンはんが、自慢げに胸張っとんねん……。』


 してやったとばかりにドヤ顔を見せ付ける蝙蝠精霊。

 残念精霊も嘆息のままに項垂れ……ふいに慣れぬ気配がその公爵のお城を包んでいるのを察した。


『あかんわ、これ。流石は帝国御用達のお家や……この〈もはや城〉全域に張り巡らされとる。確かに帝国御用達だけの事はありまんな。』


『キ~~……(汗)』


 巨大なる城兼店舗であるそこを包むは不審なる侵入者を拒む魔術的な防備。

 残念精霊が視認した距離ですでに感じる堅固な術式は、対物理の範疇を超え対魔導術式への防壁が合わせて展開されており——

 そこまでは理解の外であった蝙蝠精霊も嘆息のまま項垂れる。


 その精霊らが察知した点を見ても、防備に一切の余念無きレーベンハイト家居城。

 そこには帝国に長年仕える名家故の事情が至る所に見え隠れしていた。


『しゃーないな、ウチらはここで待ちぼうけや。事が済めばミーシャはんが引き連れて出てくるやろ……、まさかの逆転劇でをな。』


『キキ~~。』


 止む無く待ちぼうけに興じる二人も、女性に属する精霊らしくほうける様に妄想する。

 逆転劇がもたらす、落ち延び……孤独な乞食寸前であった少女の人生の輝けるシンデレラストーリー。

 その華やかなる顛末を——



∫∫∫∫∫∫



 オリアナが思考した事を真似する様でアレなのですが、これは本当に武器屋さんなのでしょうか?

 と——迎えられたお部屋の造りの豪華さに目を白黒させれば、隣の白黒さんはポカンと口を開けて呆けているね。

 一瞬私の驚く姿にツッコミが入るかと警戒したのですが、今のこの子にそんな余裕はない様で安心したよ。


 と油断していたら——


「ミシャリアよ……お主今、この城と見紛う——否、城その物の豪華部屋に驚愕しておったじゃろ?」


「……ば、バカを言わないで欲しいものだねリド卿。私がこの程度で動揺するとでも——」


「ワシへのいじりが不発の様じゃが?」


「ぬぁっ!?」


 あろう事か、黒ジイさんサイドよりの突っ込みが強襲して来たのです。


 いつもの仕返しのつもりか、それはもうしたり顔の歯がいましい事——完全に英雄と呼ばれたダークエルフに貫禄を見せ付けられた形となった私でした。


「待たせた様で申し訳ない、客人方——ふぅ……思った程は緊張の糸が見えない様で安心したよ。」


「おう、アルベルト卿……これはご無沙汰じゃな。」


「ええ、リド卿も息災で何より。して……そちらのお方が賢者様で隣の——どうやら、殿下からお達しのあった……——」


 そんな油断しまくりな私達の眼前——豪勢な客間の大扉より現れたのは……忘れた頃にまた驚愕がぶり返すほどのでした。

 リド卿の言葉で私達が面会するために訪れたお方……レーベンハイト家の公爵様に間違いはないとの確信は得た所ですが——

 顔が引き攣った私は慌てて……それはもう首がもげる様な勢いで、隣り合うおバカさんへと向き直ります。


 そしたら案の定私の視界へ……まさかのお口あんぐり状態から回復していない、を捉えてしまったのです。


「ばっ……こら、オリアナ!公爵卿の面前で、を晒しているんだい!?」


「……え?ふおっ!?何この超イケメンっ!!え、今何がどう——イッターーい!?」


 そして事もあろうに正気に戻るや否や、公爵卿へ向けて超イケメンとかブっこく始末。

 いや確かにそうなんだけど、相手が相手……失礼の度合いが明後日の方向へブッチする様な発言に——

 もはや私は無言のを、そのおバカな後頭部にかますも待ったなしだね。


「ははっ……これはいい。かのヴァファルからの亡命——さらには黒の武器商人ヴェゾロッサの跡取りであったはずの少女と聞き……もっと物々しい対面を想像していたが——」


「実に明朗快活、ユーモアもあり魅力的だ。この様な華やかしい娘が当家に増えるとあれば、私も奮起せざるを得ないというものだ!」


 そんな私達の無礼千万なおバカやり取りにも関わらず……まさかの公爵卿がこの上ない賛美を贈呈しれくれます。

 さすがにちょっと信じられない事態で、おバカを演じた二人して呆気に取られた所——

 、豪勢なお部屋に吹き荒れたのです。


「どうじゃ、アルベルト卿。これがかの泣き虫弱虫と嘲笑された第二皇子サイザーの見定めた、世界でも稀に見る偉業へと立ち向かう勇士達じゃ。」


「昨今――世界で跋扈する己が欲にまみれたチートを名乗る似非えせ冒険者など、遥か旧時代へ置き去りにする者達。——皇子の秘蔵中の秘蔵……帝国の未来を背負う精鋭らじゃて。」


「ちょっ……!?リド卿、持ち上げすぎだよ!?私はそもそも見習いの域を出ない落ちこぼれだからね!?」


「そうよ!私だって、叔父さんに手加減されて手も足も出なかった未熟者……そんなに上げたてまつられたらどんな顔していいのか——」


「——ほれ、この通り。自分達の未熟もよく弁えており……それでいて力無き弱者に手を差し伸べる勇士じゃ。でもあるぞ?」


 どこまでも褒め上げられて自分を見失いそうになった私の耳へ、「卿にとっての好機」との言葉が響き…… 一連の称賛が卿の持つ何らかの事情に関わる物でもあると気付きます。


「……リド卿、公爵卿にとっての好機とは?」


 真顔で聞き返した私を一瞥し——

 そして再び公爵卿を見据えたリド卿の視線が物語る真相……それに反応した卿が客間テーブルにあつらえられた椅子へと座し、私達と対面します。


 その双眸に宿っていたのは、武器商人にはあるまじき揺るがぬ野心に満ちた炎。

 聞く所四十代と言う話だそうだが——その双眸に若き新鋭の如き躍進に満ちた意思を感じたのです。


「なるほどまさに、殿下より聞き及んだ洞察力——僅かな言葉の羅列で瞬時にその先を探り出す。そしてそんな賢者様を護衛すべき精鋭として部隊編入するのが……これより我がレーベンハイト家に迎えるオリアナ嬢、か。」


 羨望に満ちた目が私とオリアナを一瞥し——

 もはや異論を挟む余地などないとの面持ちで、待ち詫びた言葉が放たれたのです。


「これはもう文句の付けようも無い。ではオリアナ嬢——これよりあなたの名をオリアナ・レーベンハイトと改め……我が義理の娘として法規隊ディフェンサーへ出向——」


「アーレス帝国へ……そしてサイザー第二皇子殿下への奉公を、お家を代表して勤め上げてくれ。この通りだ……。」


 そして——

 最後を締めくくったのは……切なる願いを込め深々とこうべを下げられた卿の姿。

 その光景がレーベンハイト家の秘めたる実情を乗せたものと悟るのに……大した時間も要する事はなかったのでした。

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